76話

 駿は息を切らせながら誠実に聞いた。

 考えてみれば、誠実が駿に勝ったとしても、何も得は無い。


「お前が俺を倒したとしても……俺が婚約を解消しなければ……何も変わらない……なのになんで………お前は俺に……向かって来る」


「あぁ……そういえば……そうだよな……はは……考えてなかった……」


「嘘……ついてんじゃねーよ……答えろ! 俺の事を綺凛に話て、自分に好意を向けさせようとしてのか? それとも!」


「ちがうよ……」


 駿の言葉に、誠実は自分の言葉を重ねる。

 疲労と相手からの攻撃のダメージで、もう立っているのも辛い。

 そんな状況で、誠実は笑いながら駿に言う。


「あんた……本気で恋ってしたことねーだろ………」


「当たり前だ……女は……嫌いだ!」


「じゃあ……わかんねーよ……本気で好きな相手の為なら……なんだってできるんだよ……俺は……」


「……はぁ……はぁ……」


 誠実の言葉に、駿は何も返さない。

 誠実はそのまま話を続ける。


「ただ好きな人が……ひどい目に合わされようとしている……そう聞いただけで……そいつをぶん殴りたくなっちまう……それが惚れた側の心理ってもんだ!」


「お前は……それだけで……俺を殴りに来たと……そういう事か……」


「あぁ……別に山瀬さんが誰と付き合おうと……誰と婚約しようと……俺にそれを止める権利は無い……でも! 目の前で好きな女の子が泣かされそうって時に……俺はじっとなんてしてられないんだよ!!」


 誠実は息を整え、再び駿の方を向いて構える。

 それを見た駿も同時に構える。

 両者が思った。

 これで勝負が決まると……。


「くたばれこのクズ野郎ぉぉ!!」


「黙れ! このストーカー野郎ぉぉ!!」


 誠実と駿は、互いの顔をほぼ同時に殴った。

 お互いに出せる、渾身の一撃を相手にぶつけた。



 誠実たちが、駿たちと戦っている丁度そのころ、山瀬綺凛は学校に居た。

 自分が何をしたか、それは十分に分かっているつもりだった。

 だから、誠実に言ったのだ。


「……なんで……やっぱり私が悪かったのかな……」


 一人になって教室で、綺凛は一人膝を抱えて悩んでいた。

 なんでこうなってしまったんだろう、やっぱり誠実を騙していた自分がすべて悪いのだろうかと…。


「伊敷君……そんな人じゃないと思ってたのに……」


 あまりいい話では無いが、綺凛は誠実が良い人だから、利用していた。

 しかし、罪悪感が無い訳ではない、むしろこうなってしまった今は、誠実にもっと早くこの事実を伝えて、諦めてもらえばよかったと後悔している。

 駿から話を聞いたのは昨日の夜だった。


『伊敷という高校生の男が、自分に急に突っかかって来た』


 この話を聞いた時、綺凛は信じられなかった。

 あんなに優しい彼が、そんな事をするわけがない、そう思っていた。

 しかし、綺凛は駿が嘘をつくような人間にも見えなかった。

 しかも、駿がこんな意味のない嘘をつく理由もないと思っていた。


「なんで……またなの……」


 綺凛は中学時代を思い出して顔を伏せた。

 告白を断り続け、男子からはあるはずもな噂を流され、女子からも反感を買い、そのせいで友達もあまり居なかった、あの頃を……。

 そんな綺凛にとって、駿は唯一の安らげる場所だった。

 綺凛は考えていても仕方無いと、立ち上がり帰宅しようとする。

 すると、綺凛のスマホが音を立ててなり始めた。


「あ……駿…」


 スマホの画面には駿からのメッセージが映し出されて居た。

 内容はこうだった。


『今からここに来れないかな? 面白いものが見れるよ』


 メッセージには位置情報が添付されており、綺凛は何だろうと疑問に思いながら、位置情報を確認する。

 場所は少し離れた廃工場だった。

 綺凛はなぜこんな場所に自分を呼ぶのか気になり、メッセージを返す。


『行けますけど、なにかあるんですか?』


 メッセージを送信し終え、綺凛は昇降口に向かい、靴を履き替えて帰宅しようとする。

 すると、そこに帰ったはずの美沙が現れた。


「あれ? 帰ったんじゃなかったの?」


「うん、帰ろうと思ったよ。でも、ちょっと綺凛に言いたいことがあってさ~」


 美沙はいつもの感じで、綺凛に接してくる。

 もしかして噂の事だろうか?

 綺凛はそうだろうかと考えながら、美沙の言葉を待つ。


「あのさ、誠実君ってなんであんなに女の子に好かれてると思う?」


「え……急にどうしたの?」


「良いから、良いから~」


 いきなりのそんな質問に綺凛は困ってしまった。

 考えて見れば、彼はなぜあんなに好かれているのだろう、正直に言ってしまえばルックスは普通だし、スポーツが特別特異なわけでもない、なのになぜあんなに好かれているのだろう?

 考えても答えのわからない様子の綺凛に、美沙はゆっくり話始める。


「これは私の予想だけど、誠実君が優しいからだよ」


「……優しい…」


「そう、少なくとも私は誠実君の優しいところが好きだよ。それに、その優しさって、誠実君は誰に対してもなんだよね……」


 それは、綺凛も知っていた。

 だから、彼を利用したのだ。

 でも綺凛は分からなくなっていた、誠実が本当に優しい人なのかどうかが……。


「私はさ、綺凛より少し前から誠実君を知ってるし、入学してからずっと好きだったから、綺凛とは見方が違うのかもしれないけど、私は誠実君があんな酷いことしないッて信じてる。だって……あんなに恋に一生懸命だった彼が、好きな人を悲しませるようなことするなんて、考えられないもん……」


 言われて綺凛は考える。

 美沙の言う通りだった。

 誠実ほど真っすぐに自分を思ってくれる人は、今まで居なかった。

 そんな彼を信じたかった。

 しかし、それでは駿を疑うことになってしまう。


「綺凛……私は綺凛の恋人の事なんてわからないけど……私は誠実君を信じるわ」


「そう……」


 綺凛は美沙の言葉を聞き、自分が正しいのかますますわからなくなっていた。

 しかし、ここで誠実を信じるという事は、駿を疑う事になる。

 綺凛はそれが怖かった。

 もし、駿が嘘をついていたとしたら、それはそうしてだろう、なんでそんな嘘をつくのだろう?

 今まで唯一信じてきた人が、なぜそんなつまらない嘘をつくのか、綺凛にはわからない。

 だから誠実を悪者にして、納得したかったのだ。

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