77話
「綺凛、現実はしっかり見なきゃダメだよ……」
「…どういう……意味?」
「そのうちわかるよ、じゃ、私はこれにて! また明日ね~」
一体美沙は何を言いたかったのだろうか、綺凛はそんな事を考えながら、学校を出る美沙を見送る。
再び一人になり、綺凛は美沙に言われたことを考えながら、駿に呼ばれた場所に向かっていた。
「現実……なんのことよ……」
移動中、綺凛は駿との思い出を思い出していた。
初めて会ったのは綺凛が小学5年生の頃だった。
母親を亡くし、いつも一人でいた綺凛に優しく接してくれた駿。
いつも会える訳ではなかったが、たまに会って話をしたり、遊んでもらったりしていた。
駿も早くに両親が離婚し母親が居ないこともあり、気が合ったのだろう、駿にだけは綺凛は本当の自分を見せることが出来た。
一緒に夏祭りにも行った、海にも行った、冬はスキーにも行った。
そんな相手を疑うことが、綺凛にはできなかった。
バスに揺られ、少し歩くとその場所に到着した。
なぜこんな廃工場に自分を呼んだのだろう?
綺凛はそんな疑問を抱きながらも、廃工場に近づいていく。
『まだ、立ち上がれるのか……なんでだ、なんで勝てないのにそこまで頑張る? なんで綺凛の為にそこまでできる! なんでだ!』
工場内から声が聞こえる。
駿の声だと、綺凛はすぐに気が付き、中に入る。
中に入った綺凛は驚いた。
工場の中では、ボロボロの誠実と駿が対峙し、少し離れたところでは健と武司が息を切らせながら、四人を相手に取っ組み合いの喧嘩をしていた。
一体何があったのだろう? そしてなんで、あの三人ははっぴを着ているのだろう?
そんな事を考えながら、綺凛はとっさに物影に隠れた。
状況がわからず、怖くなってしまったのだ。
『好きだからだよ!』
物影に隠れながら、綺凛は様子を見ていた。
誠実が駿を殴っていた。
やはり駿の言ったことは本当だった、綺凛はそう思い、止めに入ろうとするが様子がおかしい事に気が付いた。
『じゃあ……教えろ……なんで俺に喧嘩を吹っ掛けた!』
今度は駿の声だった。
今まで聞いたことのない、荒々しい声で、誠実に言っていた。
本当に駿なのだろうかと、綺凛はもう一度工場の中を覗く。
そこには、間違いなく駿が居た。
しかし、綺凛には今の駿が別人に見えた。
話の内容がいまいち理解できていない綺凛だったが、駿が誠実に敵意を剥き出しにしている事は理解できた。
『あんた……本気で恋ってしたことねーだろ………』
『当たり前だ……女は……嫌いだ!』
「……!?」
綺凛は驚き、思わず声を出しそうになった。
どういう事だろう?
今までそんな話を綺凛は駿から、聞いた事が無かった。
女が嫌い、それでは自分の事はどう思っていたのだろう?
綺凛はそんな事を考えながら、美沙の言葉を思い出す。
『現実はしっかり見なきゃダメだよ……』
綺凛は嫌な予感がした。
考えている間にも、誠実と駿の会話は続いていた。
『ただ好きな人が……ひどい目に合わされようとしている……そう聞いただけで……そいつをぶん殴りたくなっちまう……それが惚れた側の心理ってもんだ!』
誠実が何を言っているのか、綺凛にはわからなかった。
しかし、誠実の表情や声の感じから、誠実が真剣だという事が伝わってきた。
『お前は……それだけで……俺を殴りに来たと……そういう事か……』
『あぁ……別に山瀬さんが誰と付き合おうと……誰と婚約しようと……俺にそれを止める権利は無い……でも! 目の前で好きな女の子が泣かされそうって時に……俺はじっとなんてしてられないんだよ!!』
綺凛はその言葉を聞いた瞬間、何となくわかってしまった。
だが、まだ信じる事は出来なかった。
そして、誠実と駿はお互いに渾身の一発を互いの頬にぶつける。
*
駿も誠実も相当に強力な一撃を相手の頬にぶつけた。
二人とも、相手の頬に拳をぶつけたまま停止し、動かない。
しかし、一秒ほどの間の後に、誠実が体をフラフラさせながら倒れていく。
「……ぐ!」
だが、誠実は寸前で足を踏ん張り、倒れなかった。
誠実が踏みとどまったのとほぼ同時に、駿が誠実の直ぐ脇に倒れた。
「はぁ……はぁ……まさか……ストーカーに負けるなんてな……」
「うっせぇよ……それに、もうストーカーじゃない……キッパリ諦めた」
「そうか………俺は綺凛が大っ嫌いだったよ……」
「……なんでだよ」
誠実は呼吸を整えながら、倒れる駿を見下ろして言う。
「うざかったんだよ……何が婚約者だ……俺のご機嫌を取ろうとしてる感じが丸見えなんだよ! 俺を見るといつもニコニコしやがって……あの女と……母さんとそっくりだった……」
「………」
「ハッ! 何が……次はいつ会えますかだ……俺はあいつの顔なんて見たくも無かった……母さんを見ているようで……ムカついた……」
「………お前」
「だから、あいつを地獄に落としてやろうと思った! 学校の帰り道、金で雇った奴らにあいつらを襲わせもした! それもお前に邪魔されたんだけどな……」
「やっぱり、あれはお前か……」
「あぁ、本当はあの時に本当の俺をあいつに見せて、絶望させるつもりだった……はは……毎回毎回、お前が邪魔しやがる……」
誠実は駿という男と殴り合い、話をして一つだけわかった事があった。
それがわかった瞬間、誠実はなんだか寂しくなった。
「駿……お前……母親の事も山瀬さんも……好きだったんだな……」
「は…ははは! 何言ってやがる、耳でも悪くしたか? 俺はさっきから何度も言ってるだろ! 嫌いだって!」
「じゃあ、なんでその泥棒女の事をまだ母さんって呼ぶんだよ……」
「……それは……」
「お前は、優しい母親が嘘だったなんて信じたくなかったんだよな?」
「違う! 俺はあの女が憎い!」
「そう思い込みたかっただけだ……お前は、女を憎む事で、その思いを忘れようとしたんだ……そこに、山瀬さんが現れた……」
駿はギロリと誠実を睨み、疲労で動かない体を無理矢理動かし、誠実のはっぴを掴み、怒鳴り声をあげる。
「やめろ!」
「山瀬さんが母親に似て優しかったから……好きになったんだろ? でも裏切られるのが怖くて……またあんな思いをしたくなくて……自分で自分自身に言い聞かせたんだ、山瀬さんが憎いと……」
「いい加減にしろ! 違う! 俺は……」
「違わない! 俺もお前と同じだ!!」
「………」
誠実の声に、駿は思わず黙り込む。
誠実は寂しそうな表情で、駿を見ながら静かに言う。
「俺も……お前と同じバカで……同じ人を好きなんだ……わからない訳がない」
「………だとしたら、どうする………俺はお前の言う通りクズだぞ……」
「じゃあ、もうクズは卒業しろ……そして、あの人を……山瀬綺凛を一生幸せにするって誓え!」
誠実のその言葉に、駿は思わず笑い声をあげる。
「はははは! お前本当にバカだろ! そんな約束、俺が守ると思うのか?」
「あぁ、守るさ……なんたって、同じバカで同じ人に惚れた同士だ」
誠実の言葉に、誠実は笑うのをやめた。
どれだけお人好しなんだと駿は思った。
誠実の表情からは嘘をついている感じは無く、表情も真剣そのものだった。
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