75話

「ぐっ! お、お前!」


 誠実の拳はそのまま駿の頬に直撃する。

 しかし、駿にダメージはほとんどなく、一方で殴った方の誠実は息を荒くしながら、フラフラとその場に立っていた。


「ふん!」


「ぐあっ!!」


 駿は誠実を睨みつけ、誠実を殴り返す。

 誠実は再びその場に倒れてしまった。

 駿は、誠実を見下ろし、そのまま誠実の頭を踏みつける。


「お前みたいな馬鹿見てると、本当にムカついてくるんだよ! 昔の馬鹿な自分を見ているようでなぁ!」


「う…うぅ……」


 誠実は地面に顔をこすりつけながら、それでも再び立ち上がろうとする。

 しかし、誠実にはもうそんな体力残っておらず、立ち上がるはおろか、その場から動くこともできない。


「お前に良いこと教えてやる。今、綺凛がこっちに向かってるからよぉ、お前のぬれぎぬ晴らしてやるよ……ま、でもお前の大好きな綺凛は相当傷つくだろうな~、信じていた相手に裏切られて、利用していた男から助けられる。最高にわくわくする展開だなぁ!」


「ぐふっ……」


 駿は言葉の後に、誠実の腹部を思いっきり蹴り飛ばす。

 誠実がもう動けない事を悟った駿は、健の方を向いて歩みを進める。


「さ~て、そろそろ終わらせようか……あとはそこのイケメン君だけだしな」


 誠実が健の方を見ると、健も息を荒くし、立っているのがやっとの様子だった。

 先ほどまでは無傷だったはずなのに、今の健はボロボロだった。


「はぁ……はぁ……や、やれるもんなら……やってみろ」


 ボロボロに無りながらも、ヤンキーたちに敵意を向ける健を見て、ヤンキーたちは恐怖を感じていた。

 そんな中駿だけが、恐怖を感じず健に近づいていく。


「おいおい、この数相手にまだ勝てると思ってるのか? お前はこの件に一番関係ないだろ? なんでそこまでするのかね~」


「……同じ……馬鹿だからだ……」


「は?」


「お前は……俺たちを舐めすぎてる……お前も自分自身自負するなら、覚えておいた方がいい……行動的な馬鹿ほど……」


「うぉりゃぁぁ!!!」


 健と駿が話をしているスキに、早々に倒れた武司が立ち上がり、駿に向かって思いっきり飛び蹴りをしてきた。

 そして健は、そんな武司の様子を見ながら、口元をにやりと歪ませて言葉を続ける。


「……厄介な奴は居ない」


「がはっ!! な、なんでお前が……」


「あんなパンチ一発で、俺がやられるわけねーんだよ! 通信空手舐めんな!」


 武司は、頭から流れる血をふき取りながら、地面に倒れる駿に向かって言う。

 残っている敵の数は駿を含めて五人。

 健も誠実もボロボロだが、武司はまだ余裕がありそうだった。


「頭がクラクラして少し休んでたけど、もう大丈夫だ! おい、誠実! お前もいつまで寝てんだ! 早く起きて、こいつらをかたずけねーと、山瀬さん来ちまうぞ!」


 武司は駿達に囲まれながらも、決してあきらめたは居なかった。

 それどころか、余裕の笑みさえ見せながら、ヤンキーたちに拳を振るっていた。 

 誠実は武司の言葉に、笑みをこぼし、体を無理やり起こして立ち上がる。


「寝てねーよ馬鹿! ちょっと休憩してたんだっての!」


「なら、そこで倒れてるサル山の大将は任せたぞ! 俺と健はこの髪型しか個性のないモブ共の相手をすっからよ!」


「なんだとおらぁ!!」


「テメェ死にてーのか!」


 武司がヤンキーを刺激し、自分に注意を向ける。

 怒りに身を任せ、ヤンキーたちは武司に一斉に殴り掛かってくる。

 武司は四人を相手にしようと、構える。

 しかし、殴り掛かたヤンキーのうちの二人は早々に倒れてしまった。


「通信空手、カッコつけすぎだ……俺もまだいけるぞ」


「無理すんなっての、はぁはぁ言ってるくせによ。あと通信空手って呼ぶな!」


 健は武司に遅い掛かったヤンキー四人のうち、二人を持っていたペンライトで思いっきり殴ったのだ。


「誠実! 早くしろよ、山瀬さんが来ちてしまうからな、こっちは俺と通信空手が抑える」


「だからやめろっての!!」


 健と武司はそう言い終えると、再びヤンキーたちと対峙する。

 四対二という状況に加え、健の疲労が激しいうえに、武司もそれほど強くない。

 状況の悪さは変わらないが、健も武司も負けるなんて思っていなかった。

 その理由は簡単で二人は同じことを信じて疑わないからだ。

 それは……。


(誠実が山瀬さんの事で負けるわけがない!)


 健も武司も、ずっと誠実の告白を近くで見てきたし、その思いの強さも知っている。

 誠実は綺凛の為に色々な事をしてアピールしてきたことも知っている。

 だからこそ、二人は誠実を信じられた。

 山瀬綺凛の為に戦う伊敷誠実という男は、絶対に負けないという事に……。


「まだ、立ち上がれるのか……なんでだ、なんで勝てないのにそこまで頑張る? なんで綺凛の為にそこまでできる! なんでだ!」


 駿は立ち上がり、誠実と対峙しながら、声を荒げて誠実に言う。

 すると誠実は、拳を構えながら駿を睨み、ゆっくりとその理由を言う。


「好きだからだよ!」


 そう誠実は言った瞬間、素早く駿の懐に潜り込み、駿の顎めがけて拳を振り上げる。


「ぐはっ! この…こいつ!」


「がはっ……ま、まだまだ!!」


 誠実と駿は交互に殴り合った。

 顔面・腹・脇・腕、あらゆるところをに拳をぶつける。

 しかし、お互いに倒れずギリギリのところで踏ん張り、倒れまいとしていた。

 そういうルールなど存在しなかったが、お互いが同じことを思っていた。

 倒れたら、それは敗北と同じだと。


「ふん!」


「ぐ! このぉ!!」


「が! 調子に乗るな! この野郎!!」


「が……あ……ふん!」


 駿に殴られ、一瞬倒れそうになる誠実。

 しかし、誠実は耐えた。

 負けたくない、綺凛の為にも負けたくないと、強く思って居たからだった。

 そして、お互いに限界が近づき、殴り合うペースが落ちてきたころ。

 誠実と駿は肩で息をしながら、互いを睨み言葉を交わす。


「い、いい加減……倒れろ……」


「お、お前…こそ……早く……しないと……山瀬さんが……」


 自分の体力の限界を誠実も駿も感じていた。

 次の一撃で、勝負が決まる。

 二人はそう感じていた。

 

「一つ聞かせろ……なんでお前は……綺凛が好きななんだ……」


「はぁ……それを話すとなると、一時間以上かかる……それでも良いか?」


「いや……もういい……」


 駿も誠実も動かないまま、話を続ける。


「じゃあ……教えろ……なんで俺に喧嘩を吹っ掛けた!」


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