100話

「嘘はいつかバレるんだよ。その嘘がバレた時、どのタイミングなら取り返しがつくのか……それは早いほうが良いに決まってる」


「で、でも……」


「お前、本当に綺凜が好きなのか?」


「当たり前だ!」


 誠実の言葉を聞き、駿は鼻で笑う。

 そんな駿に更に怒りを覚える誠実。


「違うな、それは本当に好きって事じゃない…」


「何だと!」


「お前はただ綺凜を甘やかしてるだけだ、そんなの綺凜の為になるわけねーんだよ」


 誠実は駿の言葉を聞き考える。

 甘やかしているのだろうか? それは好きという感情とは違うのだろうか?

 考える誠実に、駿はお茶を飲みながら言う。


「甘やかすのと、本当に好きなのは違う。本当に好きなら、綺凜の事を考えて、綺凜の為になる選択が出来るはずだ」


「お、おれは……」


「勝手に好きな女の幸せを押しつけてんじゃねーよ。んなもん、自分で幸せにしろ」


 誠実は駿の言葉を聞き、不覚にもその通りだと思ってしまった。


「そこまで考えてて、お前はなんであんな……」


「……お前にはわかんねーよ……」


 そこまで綺凛の事を考えておきながら、なぜあんな事をしたのか、誠実は改めて疑問に思う。

 自分と同じくらいに同じ人を好きな相手が、なぜその好きな人を傷つけようとしたのか、過去に何があったにせよ、その理由が誠実にはどうしてもわからない。


「……それに、俺じゃ無理だ……」


「あんなに好かれていたのに?」


「……あぁ、俺じゃあ、あいつとは長く続かない……」


 駿は窓の外を見ながら寂しそうに言う。

 そんな表情の駿に誠実は尋ねる。


「……やっぱり、女が嫌いなのか?」


「あぁ、嫌いだね……だけど……みんながみんな悪い奴ではない気がしてきた……」


 駿はフンと鼻で笑いながら、穏やかな笑顔で窓の外を見つめる。


「俺が許せねーのは、親父を騙したあの泥棒女だ、女全員を目の敵にするのはやっぱり間違いだったよ……」


「そうか……」


 誠実はなんだか安心した。

 確かに憎んでいたかもしれないし、駿のことをうらやましいと思った。

 しかし、本音ですべてをぶちまけた相手が、考えを改め、改心してくれるのはうれしかった。


「俺はいつかあの女を見つけ出して、罪を償わせてやる。今はそのことしか考えてないな」


「じゃあ、山瀬さんとの交流は……」


「あっちがそれを望まねーだろ? それに親父にも今回は迷惑を掛けた、だから今は良い大学に進学して会社を継げるだけの力を付けて、安心させてやらねーと」


「そうか……山瀬さん、寂しいと思うぞ?」


「だから言ったろ? 俺はあいつが嫌いだ、あとはお前が勝手に幸せにするなり、何なり自由にしろ」


「でも……俺は……」


「なんだ? 俺にはあれだけ言ったくせに、自分は出来ないのか?」


「……俺じゃ……あの人を笑顔になんて……」


「はぁ……精々うじうじ考えてろ」


「あ、おい!」


 駿は荷物をまとめ、伝票を持って立ち上がった。


「もういいだろ? 俺は帰る、画像は好きにしろ……それと……まぁ、じっくりやってみれろよ」


「え……」

 

 駿はそう言い残し、会計に向かった。

 誠実は駿の言葉の意味を考える。

 駿は嘘がバレた時の綺凜を心配して、早いうちから本当の事を話し、誠実に自分で綺凜を幸せにしろと言った。

 その言葉のすべてが誠実には、駿が誠実に綺凜を託ししているような感じがした。

 じっくりやってみろ、それは時間を掛けて距離を縮めろと言われている気がした。

 そう思った瞬間、誠実は駿の後を追っていた。


「お、おい!」


 駿の後ろから誠実は声を掛ける。

 しかし、外は人が少し多く、駿は気がつかない。

 誠実は仕方なく名前を呼ぶ。


「ジョン!!」


「駿だって言ってんだろ!! ぶっ殺すぞ!」


 直ぐに駿は気がつき、誠実の方を振り返った。

 誠実はすかさず駿に言う。


「あんた! やっぱりいい人だ!」


「……ふん」


 駿は聞き終えると、鼻を鳴らしそのまま誠実に背を向け元の道を歩き始める。


「……ほんと、気に入らねぇ……」


 そう言う駿の頬はわずかに緩んでいた。





 月曜日、誠実はいつもの通り学校に登校し席に座る。

 テスト期間中なので、クラスの生徒はテスト前最後の確認をしていた。


「誠実、おはよう」


「おう、健おは……どうした? なんか顔色が悪いぞ?」


「……あぁ、ちょっとな……それより勉強はできたのか?」


「あぁ、それなりにな、そっちは?」


「これで赤点だったら、俺は死ぬ」


「なんでだよ……」


 顔色が悪く、なにやら自分の命すらも掛けようとしている健に、誠実は顔を引きつらせながらツッコミを入れる。


「武司も頑張っているようだな」


「あぁ……そうだな」


 武司の方を見ると、武司は最後の最後まで教科書と睨めっこをしていた。

 武司を見ると、ふと誠実は土曜日の事を思い出す。

 健に話すべきかどうか、誠実は迷ったが、武司の口から言うのを待った方が良いという結論に至り、土曜日の武司と志保の話を誠実は健にしていない。


「まぁ、80点は無理でもそれなりの点数を取るんじゃないか?」


「そうだな、しかし武司一人ではやはり問題があるんじゃないか?」


 健にそう言われ、誠実はビクッと反応する。

 そんな誠実に気がついたのか、健は誠実に尋ねる。


「誠実、どうかしたのか?」


「い、いや……何でもないさ……気にするなって」


「……なにか知ってるのか?」


「は、はぁ? な、何のことだよ……」


「………武司は誰かに勉強を教わっているのか?」


「………」


「そうなんだな……」


「なんでそんなしつこく聞くんだよ……」


 バレてしまったのも同然なので、誠実は土曜日に見た事を健に話す。

 本人の知らないところで、あまりこんな話しをしたくはなかった誠実だが、まぁ健なら良いだろうと、勝手に納得する。


「……なるほどな…」


「どう思う?」


「まぁ、色々聞きたい事はあるが、とりあえずはテストが終わってからだ、赤点で補習なんてことになったら大変だ」


 教科書を持ち上げて見せながら、健が誠実に言う。

 確かに、今は赤点を取らないようにすることが最善だと思い、健の意見に誠実も同意する。

「まぁ、そうだな……じゃあ、このことはテストが終わったら本人に聞いてみるか」


「それが一番だ」


「まぁ、お互い赤点だけは取らないようにしよう」


 そう言って健は席に戻って行った。

 とりあえずはテストに集中しようと、誠実と健はそう決め、それぞれ最後の確認の為に教科書を開いて勉強を開始する。

 そして二日目のテストが幕を開けた。

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