188話



「たく……なんで俺が怒られるんだよ……」


 女性服が並ぶ店の試着室の前で、俺こと武田武司はぶつぶつ文句を言いながら、中に居る知人の着替えを待っていた。

 正直、女性服の流行なんて知らないし、何が誰に似合うかなんてわかるわけがない。

 感想を聞かれても、素直に似合うか似合わないかを言う事しか出来ない。

 しかも、女の買い物は長いと良く言うが、服一つ選ぶのに一時間は掛け過ぎだと俺は思う。

「はぁ……なんで俺って買い物に付き合ってんだっけ?」


 元はと言えば、テストの時にこの女を頼ってしまった事にあった。

 色々と勉強を見て貰った訳だし、まぁお礼くらいはしないといけないと思っていたが、まさかこんな形になるなんて……。


「大体なんで二人っきりなんだよ! 他の奴も誘えばいいだろ! それか同じ女子同士で買いに行けっての!」


 そんな感じで、俺がぶつぶつと文句を言っていると、周りのお客さんがクスクス笑って、俺を見ていた。

 考えて見れば、ここは女性服の店。

 男性客はどうしても目立ってしまう。

 あぁ……早くこの場を離れたい……。

 そんな事を考えていると、大学生くらいのお客さん二人の会話が聞こえてきた。


「高校生かしら? 初デートって感じよね!」


「ほんとね、若いって羨ましいわ~」


 デート?

 いやいやいや、まてまてまて!

 俺と古賀が? デート?

 無い! 絶対無い!

 いや、しかし見方によってはそうも見えてしまうのか?

 高校生の男女が、二人で買い物に来る……。

 あ、デートか………。

 そうかぁ……俺の初デートの相手って……古賀なのか……。

 そんな事を考えていると、試着室から古賀が出て来る。


「ど、どうよ?」


 古賀は俺の選んだ、短めのスカートをはいていた。

 純粋に似合っていると思ったのだが、そんな事よりも俺は古賀に言ってやりたい事があった。


「古賀……」


「な、何よ?」


「俺の初めてを返せ……」


「待って、本当に意味分かんない……」







 俺こと古沢健は、現在カラオケ店で仲間と楽しく大熱唱していた。

 まもなく、他の仲間と約束した集合時間になるので、あとは一人一曲づつ歌って、店を出ようと決めており、俺は歌い終わって暇だった。


「あれ? リーダー何所へ?」


「ちょっとトイレだ」


 仲間の一人にそう言うと、俺はカラオケ店のトイレに向かった。

 ゲリラライブの途中で、トイレに行きたくなったら困る。

 早々に用を済ませて、俺は部屋に戻ろうと、元来た道を引き返す。

 そんな時だった。


「ん? なんだ?」


 俺がふと外に目をやると、男五人ほどが女の子を取り囲んでいた。

 狭い路地裏だが、大通りからもその光景は見える。

 しかし、通行人は見て見ぬ振りをしていた。


「……誰だって面倒事はごめんだよな……」


 警察に通報すれば良いだけの話し。

 俺はそう思い、ポケットからスマホを取り出し、警察に電話を掛ける。

 事情を説明すると、警察はすぐにやってくるとの事だった。


「これなら問題ないだろ……」


 そう思い、俺はその場を離れようとした。

 しかし、そのときとある友の言葉を思い出し、俺は足を止めた。


『助けたいって思うなら、人任せはダメだろ?』


 そう言われたのは、もう随分昔の話しだ。


「たく……俺にも馬鹿がうつってきやがった……」


 俺はそう呟き、店の外に出て女の子のところに向かった。

 俺は取り囲む男達に、一言声を掛ける。


「悪い、そいつに用があるんだ」


「あぁ? なんだテメー」


 男達は一斉に俺の方に視線を向けて来た。

 恐らくは同じ高校生だろう。

 しかし、彼らの風貌はとても模範的とは言い難く、どちらかと言うと、ヤンキーと呼ばれる方々だろう。


「そいつが何かしたのか?」


「あぁん! おめぇこの子のコレか?!」


 そう言って茶髪にピアスの男は、俺に向かって小指を立てて尋ねる。

 

「このだのコレだの……主語が無いな、もっと勉強したらどうだ?」


「んだとぉ!!」


 俺の言葉に、今にも殴り掛かって来そうな勢いの男達。

 しかし、俺は慌てる事無く、落ち着いて言う。


「さっき、通行人のサラリーマンが通報してたぞ? 早く行った方が良いんじゃないか?」


「け! そんな嘘に騙されるほど……」


 男の一人がそう言った瞬間、どこからかサイレンの音が鳴り響いてきた。

 タイミングばっちり。

 俺はそう思いながら、半笑いで男達に言う。


「早く行った方が良いぞ?」


「っち!」


 男達は舌打ちをして、そのまま路地の裏の方に消えて行った。

 俺は男達を見送った後、フードを深く被って震えていた女の子に声を掛ける。


「大丈夫か?」


「えっと……は、はい……」


 小さな声で答える彼女。

 歳は俺とそこまで変わらないだろう。

 小柄で、身長は低く、ほっそりとした体型だった。

 しかし、俺はなぜだかこの子の声をどこかで聞いたような気がしてならなかった。


「君……俺と会ったことってある?」


「な、なにを急に?!」


「あ、いや。すまん。聞いた事あるような声で……」

 

 俺がそう言った瞬間、彼女はビクッと方を振るわせた。

 俺は不思議に思いながら、彼女のフードの中の顔を覗こうとする。


「だ、だめです!」


「あ、いやすまない……確かに失礼だった」


「い、いえ……そ、それよりありがとうございました! それじゃあ私はコレで!」


「あ、そこには……」


「きゃっ!!」


 そこにはビール瓶が落ちているから気を付けろ。

 そう言おうとしたのだが、彼女が急いでその場を離れようとして、俺の話が終わる前に、ビール瓶を踏んで転けてしまった。


「う~痛い……」


「はぁ……そんなに焦らなくて……も?」


 俺は彼女に手を貸そうと、彼女の元により手を差し出す。

 その瞬間、俺は彼女が顔を上げたのを見て言葉を失った。


「あ、すみません」


 彼女の声を何故聞いた事があったのか、俺はこのとき理解した。

 そりゃあ聞いた事があって当然だ。

 俺はこの子の声を毎日のように聞いている。

 

「あの……どうかしました?」


「……フード」


「え……あ!!」


 転んだ衝撃で、フードが頭からずれている事を伝える。

 彼女もそれに気がつき、さっとフードを被り直す。

 そして、俺は彼女に尋ねた。


「君……エメラルドスターズのゆきほちゃん?」


 そう……彼女は俺が最近ドはまりしているアイドルグループ「エメラルドスターズ」の綾清(りょうせい)ゆきほちゃんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る