182話
「え? なんでここでバイトしてるかって?」
「はい」
「どうしてそんな事を?」
「えっと、なんとなく気になって……ですかね」
綺凜は掃除から戻ってきた木崎に、なんでここでバイトしているかを尋ねてみた。
「まぁ、当時は仕事をやめたばっかりで、早く次の仕事先を見つけたかったからって感じね……」
「そうなんですか。でも、最初はここにお客さんとして来てたんですよね?」
「そうだけど……なんで知ってるの? あ! 店長でしょ! もう、かってに人の話しを……」
綺凜は店長から聞いた話を踏まえて、木崎さんに尋ねる。
「まぁ、この店に来たのは偶々よ……」
「そうなんですか?」
「まぁ、あの日は……色々あってね……」
「?」
そうこうしているうちに、お客さんが来てしまい、この話は中断された。
綺凜はどんどん気になり始めていた、木崎がなぜここでバイトをすることにしたのかが……。
「お疲れ様です」
「はい、お疲れ~」
その日のバイトの時間が終了し、綺凜と木崎は着替えを済ませてお店のテーブルに座って休んでいた。
「あぁ~今日も疲れたわね……」
「そうですね、毎回こうやって終わった後に店に入り浸ってもいいんでしょうか……」
「良いのよ、どうせこの後お客さんなんてそんなに来ないし」
綺凜と木崎は、店内の一つのテーブル席に座って談笑するのが、最近では日課になっていた。
女の子に、あまり遅くまで働かせるのは良くないと、店長が言い、二人を早めにあげているのだが、その二時間後には店が閉まるので、二時間くらい誠実と店長だけでも大丈夫なのだ。
「そう言えば、なんでここで働く事にしたのか、聞いてきたわよね?」
「あ、はい。何か特別な理由でもあるんですか?」
「う~ん……まぁ……ちょっとね……」
*
私は就職した会社が合わなく悩んでいた。
仕事に行けば、上司に謝ってばかりの毎日。
社会人二年目になり、私は心が病んでいた。
理不尽に怒られ、その度に怒号をあげられ、ストレスが溜まる一方だった。
「はぁ……今日が終わった……でも明日も仕事……」
仕事が終わっても、寝て目を覚ませばまた仕事。
今日は早く帰れるが、明日はどうかわからない。
休日出勤は当たり前、残業だってない日が珍しいくらいだ。
「明日……休んじゃおうかな……」
私はそんな事を考えながら、自宅へと足を進める。
社会が厳しい事はわかっているつもりだった。
だけど、正直わからなかった。
これが世に言う社会の厳しさなのか。
ミスをする度に怒鳴り散らす上司。
セクハラをしてくる部長。
強制参加の飲み会。
すべてが嫌だった。
私はそう考えた瞬間、明日は休んでリフレッシュしようと心に決めた。
このままでは、自分はいつかどうにかなってしまう。
そう考え、これからの自分について考えようと思った。
「はぁ……休みの連絡に二十分もかかるなんて……」
休みの連絡も大変だった。
なんで休むの?
風邪でも大した事無かったら来て!
君が休むと、その分誰かが苦しむんだよ?
なんて言う説教をされた。
簡単に休みも取れない……正直辛い。
「外にでも行こう……」
私は財布とスマホだけを持って家を出た。
散歩をしながら、これからの事を考えようと思った。
考え事をしながら歩くと、人は長い距離を自然と歩けてしまう。
私はいつの間にか、二駅離れた街の商店街に来ていた。
「あ、結構歩いたんだ……」
折角だから、どこかお店に入ろう。
私はそう思って、喫茶店やファミレスを探す。
しかし、なかなか見つからない。
諦めかけたその瞬間、民家に紛れて分かりにくいが、真新しい喫茶店を見つけた。
正直民家と区別がつかず、ドアの脇に掛けてある「OPEN」の札が無かったら気がつかなかっただろう。
「いらっしゃいませ」
私は中に入り、カウンター席に座った。
店内には、三十代前半位の店員さんが一人だけ立っていた。
他にお客さんはおらず、静かで、店内にはクラシック音楽が流れていた。
私は近くのメニュー表を見て、メニューを選び始める。
飲み物の種類が多く、値段もそこまで高く無かったので、私はとりあえずコーヒーを注文する事にした。
「じゃあ、コーヒーで」
「はい、かしこまりました」
店員さんはニコッと笑みを浮かべると、私の目の前でコーヒーを作り始めた。
本格的な道具を使い、コーヒー豆もどことなく良さそうなのを使っていた。
私は普段インスタントコーヒーしか飲まないので、良くわからないが、かなり手間を掛けてコーヒーを淹れていた。
「お待たせいたしました」
「どうも……」
出て来たコーヒーは、見た目は普通のコーヒーだった。
しかし、インスタントよりもなんだかちゃんとしたコーヒーの匂いがする。
そんな気がした。
「あ、おいしい」
一口飲んで私がそう思った。
今まで飲んでいたコーヒーがただ苦いだけの黒いお茶だとしたら、この店のコーヒーは本物だ!
私はそう思い、もう一口、もう一口とコーヒーを飲む。
そんな私の姿に、店員さんも嬉しそうだった。
「おいしいですか?」
「はい! とっても! こんなに美味しいのに……なんで……」
なんでお客さんが居ないのだろう?
そう言いかけたが、失礼にあたると思い、私は口を閉じた。
店員さんは、柔らかい笑みを浮かべながら私の飲みっぷりを嬉しそうに見ていた。
そして丁度飲み終わった時、店員さんが笑顔で尋ねてきた。
「もう一杯いかがですか?」
「はい! いただきます!」
私はもうおかわりを注文した。
店員さんはニコニコしながら、私の空になったコップを取り、別な綺麗なコップにコーヒーを淹れる。
「どうぞ……それと、こちらも美味しいので、お試し下さい」
そういって、店員さんはおかわりのコーヒーと一緒に、小皿に生クリームを乗せて私に差し出した。
「あの、これは?」
「コーヒーに入れる生クリームです。コーヒーに生クリームを入れると、ウインナーコーヒーという、また違ったコーヒーになるので、よろしければ」
「へ~そうなんですか……ありがとうございます」
「いえいえ」
私は早速ウインナーコーヒーとやらを試す。
苦みが緩和され、クリーミーな味わいのコーヒーが喉を伝っていく。
これも美味しかった。
「この飲み方も美味しいですね」
「それは良かった、失礼ですが、随分お疲れのご様子でしたので、糖分をと……」
「あぁ……やっぱりそんな顔をしてますか?」
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