お姉さんは料理が出来ない

177話



 誠実はバスに乗って、恵理の家に向かっていた。

 右手には海に行った際のお土産を持ち、太陽の下を猫背で歩く。


「あっつ……」


 先ほどまでクーラーの効いた自室で寝ていたせいか、外が以上に暑く感じる。

 早く行こう、そう思いながら誠実は足を進める。

 ようやく恵理の家のアパートが見えて来た。

 誠実は、もう少しでつきますと恵理にメッセージを送り、歩みを進める。

 後数メートル、そんな時だった、誠実のスマホが音を出して鳴り始めた。


「なんだよ……恵理さん?」


 スマホをポケットから取り出し見てみると、電話の主は恵理さんだった。


「もしもし、なんですか?」


『あぁ、誠実君? 悪いんだけど、暑いからアイス買ってきて~』


「………」


 誠実はその言葉に、炎天下の中の道路の真ん中で立ち尽くす。

 あと数メートルで目的の場所だったと言うのに、まさかのこのタイミングで買い物を頼まれてしまった。

 コンビニは、今居る場所から道を引き返して、約五分。

 それほどの距離では無いが、この暑さでしかももうすぐゴールと言うところで簡単にそう言われると腹が立つ。

 しかし、急にお邪魔して良いかと聞いたのは誠実だったので、ここは怒りをグッと堪える。

「わ、わかりました……何が良いですか?」


 誠実は買ってくるアイスの種類を恵理から聞いて、道を引き返してコンビニに向かう。


「何がイチゴ系のアイスだよ……全く」


 誠実はアイスを買い終え、再び恵理の家の前まで来ていた。

 これでやっと休める。

 そう思った誠実の元に、またしても恵理からの電話が来る。

 嫌な予感がしながらも、誠実は電話に出る。


「もしもし?」


『あ、誠実君? ごめん、ちょっとお茶も買って来てくれない?』


「oh……」


 まさかの言葉に、誠実は思わず口から言葉がこぼれる。

 本当にこの人には一言言ってやろうかと思ったが、誠実はまたしても怒りをグッと堪える。

(いや、他に買ってくる物が無いかを聞かなかった俺が悪いな……)


「わ、分かりました……」


『ごめんね~、お願い』


 誠実は電話を切り、スマホを握って再びコンビニに戻って行く。

 

「あの店員……また来たのかこの人、見たいな目で見やがって……」


 誠実はお茶を購入し、再び恵理の家の前に戻って来ていた。

 しかし、誠実はなんだか嫌な予感がした。

 念のためスマホの電源を落としておこうと、誠実はポケットからスマホを取り出す。

 誠実がスマホを取り出した丁度そのとき、再び恵理から電話が掛かってきた。


「………」


 誠実は静かにスマホをしまい、深呼吸をした後で恵理の家の前までダッシュする。

 無言で恵理の部屋のドアの前に立ち、インターホンを鳴らす。


「は~い」


 恵理の声が聞こえた後、部屋のドアが開き、恵理が姿を表す。

 その瞬間、誠実は叫ぶ。


「いい加減にして下さいよ!」


「うわ! ビックリしたぁ~……何を怒ってるの?」


「アンタが何回も俺をコンビニに戻そうとするからだろ! この炎天下の中! さっさと室内に入れろよ! 熱中症で倒れるぞ!」


「え! そんなにお姉さんの部屋に入りたかったの? そ、そんな必死に言われると、お姉さん身の危険を感じちゃう……」


「アンタの体なんかどうでも良いんだよ! 俺は暑いの!」


「な……ど、どう言う意味よ! お姉さんの体より、うちのクーラーが目的ってわけ?!」


「そうですよ! 炎天下の中を何回往復したと思ってんだ!」


「あ、そうそう、ついでにお菓子も買ってきて貰おうと思ってたんだ、買ってきて」


「自分で行け!」


 そんな会話を繰り広げた後、誠実はようやく恵理の部屋に入れて貰った。

 クーラーが効いた部屋、それだけで誠実にとっては天国だった。

 正直クーラーさえあれば、後はどうでも良い。

 女子大生の部屋だとか、モデルの部屋だとかは今の誠実にはどうでも良かった。


「あぁ……生き返る……」


「誠実君、女子の部屋でその言葉が危ないと思うわよ?」


「あ、大丈夫っす、恵理さんになんと思われても気にならないんで」


「そ・れ・は! どう言う意味かな? 誠実く~ん」


「イダダダダ!! ヘッドロックをしながら、ペットボトルでこめかみをグリグリしないで下さい!」


 部屋に入れて貰い、誠実は座ってくつろいでいた。

 恵理の部屋は、女性らしい部屋で、大きな姿見が置いてあったり、化粧台が置いてあったりしていた。

 あまりジロジロ見るのも悪いと思い、誠実は恵理はお茶を準備してくれている間、スマホを弄って暇を潰す。


「まったく、急に来たいなんて言うから、お姉さんビックリしたよ」


「それに関してはすみません。でも、この前の約束覚えてますよね?」


「覚えてるわよ、お姉さんとまたデートしたいんでしょ?」


「違います」


「そんな冷めた目で言わなくても……冗談よ、買い物でしょ? なんで私に付き合って欲しいの?」


 恵理は誠実の正面に座り、麦茶を出す。


「実は、八月って美奈穂の誕生日なんですよ。だからプレゼント選ぶの手伝ってほしくて」


「ほうほう、なるほど~、そう言えばそうだったわね。ちなみに私の誕生日は……」


「じゃあ、お願いします」


「話しを最後まで聞かないのはなんでかな?」


「正直どうでも良いんで」


「お姉さん、急に買い物に付き合いたく無くなって来たかも~」


「………はぁ……この人めんどくさ」


「あ! 今面倒くさいって言った! 年上の女の人に向かって、面倒くさいって言った! 男はいつもそうだよ! 何かあると面倒くさいって!」


「なんすか恵理さん急に……」


「そうですよ~、私はどうせ面倒くさい女ですよ~だ」


「はぁ……謝りますから、相談にのって下さいよ」


 なんとか説得と、謝罪を繰り返し、誠実は恵理の機嫌を戻した。

 相談する相手を間違えたかとも思ったが、今更もう良いですとも言えないので、誠実は恵理と美奈穂の誕生日プレゼンについての話しを始める。


「アクセサリーは? ネックレスとかなら良いんじゃ無い?」


「そう言われても、男の俺には何が良いのかさっぱりで……」


「う~ん……これなんかどう?」


 恵理は女性雑誌を取り出し、アクセサリーの紹介ページを見せる。


「こう言うのが流行なんですか?」


「まぁ、正直無難なところね、これをあげれば、とりあえず女の子は嬉しいっていう商品かな?」


「なるほど……って! この値段なんすか! 四万って!」


「まぁ、普通はこれくらいよ? ブランド物だし」


「却下です! 高校生のお財布事情くらい考えてください! 旅行に行ってあんまり金もないんですから!」

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