67話

 そういえば電話すると言われていたと、誠実は今更ながらに思い出し、そのまま電話に出る。


「も、もしもし?」


『あ、もしもし? 誠実君ですか?』


 電話の向こう側から、栞の元気で優しい声が聞こえてきた。

 誠実は、チラチラと美奈穂の方を見ながら、栞に応える。


「そ、そうですけど、先輩は何かありましたか? 」


『はい、久しぶりにお父様が嬉しそうに今日の出来事を話すんです。もう子供みたいに……』


「そうですか、それは良かった」


 なんだかんだで、上手くいっているようで良かったと誠実は感じた。


『伊敷君のお父様を気に入ったようで、それは楽しそうに話すんです。本当に、あんなお父さんを見たのは生まれて初めてで……』


「せ、先輩?」


 よほどうれしかったのか、栞は言葉を詰まらせ、泣いている。

 ちゃんと話せたようで、本当に良かったと誠実は感じながら、あとで忠志にもこのことを伝えてやろうと思う。


『ごめんなさい……うれしくてつい』


「いえ、よかったです。先輩も元気が戻ったようで」


『貴方は誰に対しても優しいですね……』


「いや、そんな事無いですよ。普通ですよ」


『いえ、そうやって謙遜なさるところがお優しい証拠です』


 栞に素直に褒められ、誠実は気恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じる。

 しかし、誠実はハッと思い出す。

 現在誠実の部屋には美奈穂が居る。

 しかも、あんなことがあった後の為、なんだか気まずい。

 誠実は横目で美奈穂を見ると、誠実に背を向けたまま何かをしている。


『伊敷君? 伊敷君?』


「あ、すいません。なんでしたっけ?」


『もしかして、今お忙しかったですか?』


「いえ、そんな事……」


「おにぃ~、そういえばこの巨乳エロ本さ~」


「お! おい馬鹿! 今そんな大声で!」


 誠実が電話しているところに、美奈穂はわざと大声を出し電話の相手にも聞こえるように「エロ本」の部分を強調して言う。

 誠実は慌ててスマホのマイク部分を押さえ、口元に手を人差し指を当て、美奈穂に静かにするように言う。

 しかし、美奈穂は言葉を発するのを止めない。


「それと、さっき私の胸を! 揉みしだいた件について、話が終ってないんですけど~」


「もう帰れよ! お前!!」


 誠実は涙目になりながら、美奈穂に訴える。

 しかし、美奈穂はそんな誠実をあざ笑うかのように、悪い笑みを浮かべて舌を出す。


「あ! せ、せんぱい! これは違くてですね!!」


 誠実は電話の事を思い出し、スマホを耳元に持っていき弁解を始める。


『うふふ、兄妹仲がよろしいんですね……ところで伊敷君?』


「は、はい?」


 前半の方は優しかった栞の声が、後半にはどこか沈んでいた。

 誠実は何か恐怖を感じ、緊張した様子で応える。


『いくら妹さんが可愛くても、胸を揉むのはどうかと思いますわ~』


「い、いや…だからそれは事故で……」


『重要なのは、揉んだかどうかです……揉んだんですか?』


「し、信じて下さい! 違うんです! あれは……」


『揉んだんですか?』


「………はい」


 なぜか急に機嫌が悪くなってしまった栞に、誠実は恐怖を感じ、簡潔に一言そう言う。

 すると数秒の間返答は無く、代わりに何かが割れる物音が聞こえてきた。


「せ、先輩?」


『……そうですか、伊敷君は変態さんですね~』


「いや、だからそれは!」


『もしかしたら、私が今日のお礼をしたいと言ったら、エッチな事を要求されるんでしょうか?』


「し、しませんよ!」


 先ほどの恐怖を感じた口調から一変し、栞は悪戯っぽく笑いながら、誠実にそう言う。

 本心でないとわかっていても、女子にそんなことを言われ、顔を赤く染める誠実。

 しかし、栞はそんな誠実などお構いなしに続ける。


『すみません、残念ながら私はそこまで胸は大きい方では……』


「だからしませんから! からかうのはやめて下さい……」


『うふふ、やはり伊敷君とお話するのは楽しいですね。でも、そろそろ私は入浴の時間なのでこれまでにしましょう』


「からかうのはやめて下さいよ~」


『うふふ、嫌です。だって困った伊敷君は可愛いですから』


「う……ま、またそうやってからかって!」


『いえ、これは本心ですよ。それではまた明日、学校で誠実君』


 そういって栞は電話を切った。

 電話の最後で、栞が自分の事を名前で呼んだことに、誠実は若干驚いたが、別に気にするほどでは無いと思い、スマホを机に置く。

 そして誠実は、もう一つの問題と向き合う。


「……で、お前はなにしてるの?」


「ん? 別になんでも……」


「クローゼットの中を物色しながら言うセリフか!」


 誠実が美奈穂の方に振り替えると、美奈穂は誠実の部屋のクローゼットの中に頭を入れ、中を物色していた。

 まだエロ本を探しているようで、机の下も物色された形跡があった。

 しかし、そんな危機的状況にも関わらず、誠実は落ち着いていた。


「なぁ、もう部屋戻れよ。時期に晩飯だろ?」


「あんたの部屋からエロ本探し出して、全部灰にするまで止めない」


「んなもんもうねーよ」


 誠実の言う通り、誠実の部屋にはもうエロ本は無い、出しっぱなしにしていたエロ本以外を誠実は春の廃品回収で、すべてこっそり処分したのだ。

 高校入学でそっちの方も新規一転しようと、一冊だけを残しその他はすべて捨てた後だった。

 誠実は呆れた様子で美奈穂に言いながら、ベッドの上の誠実唯一のエロ本を回収する。


「ほんとにそれ以外無いの? 毎晩毎晩アンタが自家発電する声が聞こえてくるんだけど?」


「適当な事言うな! 最近はしてねーよ!!」


「あ、やっぱりしてるんだ」


「こ、この野郎~」


 かまをかけられ、誠実は青筋を立てながら、美奈穂を見る。

 そんな中、美奈穂が誠実のクローゼットから、何やら雑誌の詰まった段ボールを発見する。


「なんだ、やっぱりあるんじゃない、一体どんな……」


「あ! そ、それは!!」


 段ボールの中身は、女性向けのファッション雑誌だった。

 美奈穂は最初、カモフラージュか? と思ったが、中を見てすぐにそうではない事に気が付いた。

 そして、なぜ兄が女性向けのファッション雑誌を買って、保存していたかもわかった。

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