160話

「美沙……それは明日にしよう」


 誠実は美沙の方を向かづに答える。

 そんな誠実の言葉に、美沙は短く答えた。


「……わかったわ」


 誠実と美沙は、その後無言で皆のところに戻った。

 なんとなく気まずくなり、その後誠実は美沙とはあまり話しをしなかった。

 やがて、日も暮れだし、そろそろ旅館に向かはなければならない時間となり、誠実達は準備をしていた。


「にしても、あそんだなぁ-」


「武司、随分焼けたな……」


「あぁ、真っ黒だ、そう言う誠実はそこまでじゃないな…」


「まぁな、健は……当たり前だが、全く焼けてないな」


「あぁ、なるべく日陰に居たからな…」


「海に来てんのに、何をしてたんだよ……」


 男子三人で、海の家から借りたパラソルを片付けながら、お互いの肌を見て、そんな話しをしていた。

 真っ赤な夕焼けが、海を照らし、真っ青だった海を真っ赤に染める。

 そんな景色を見ていると、誠実は少し離れた場所で、同じく海を眺める綺凜を見つけた。


「何してるの?」


「あ、伊敷君。ちょっとね……」


 綺凜の隣に行き、誠実は尋ねる。

 夕日に照らされた綺凜の横顔に、誠実はドキドキしながら、何か話さなければと考え込む。


「きょ、今日はどうだった?」


「楽しかったわ、こんなに楽しいのは、初めてかも……」


「そっか、良かった……」


 綺凜の表情を見て、誠実は安心する。

 綺凜も綺凜で楽しんでいた様子で、連れてきて良かったと誠実はホッとする。

 

「お母さんがね……海が好きだったの…」


「そっか……」


「子供の頃は、お母さんとお父さんと、夏になると必ず海に来てたの……でも、最近はお父さんも忙しくて、さっぱり行かなくなっちゃって……」


「じゃあ、海も久しぶり?」


「うん。本当に来て良かった……」


 綺凜は笑顔でそう言い、それ以上は何も言わなかった。

 そんな綺凜を見た誠実は、海を見ながら綺凜に言う。


「また、これるよ……きっと……」


 そんな誠実の顔を見て、綺凜はどこか安心したようにうなずく。


「そろそろ行こう、皆まってる」


「うん、そうだね」


 そう言って、綺凜は皆が居るところに戻っていった。

 一方の誠実は、綺凜の後を見送り、遠目から友人達を見つめて呟く。


「……来年は……これるのかな?」


 そう呟く誠実の目はどこか寂しそうで、どこか悲しそうだった。


「おーい! 誠実!! さっさと行くぞ!」


「あぁ! 今行く!」


 武司に急かされ、誠実はその場から動き出す。





「あぁ~疲れた~」


「早く風呂に行こう」


「ちょっと待て、スマホ充電してからにしようぜ」


 誠実達は旅館にチャックインを済ませ、それぞれの部屋に居た。

 誠実達男子三人は、部屋に着くなり倒れ込み、遊び疲れた体を休ませていた。


「ここの温泉混浴とかじゃないの~」


「武司、そんな温泉を俺が選ぶと思うか? それに女子が半数を超えてるんだぞ、そんな温泉は却下される」


「まぁ、予想はしてたけど……じゃあ行くか!」


「行こう、俺も疲れた」


「健、お前は何もしてないだろ?」


 三人はガバッと起き上がり、着替えの浴衣を持って温泉に向かう。

 平日と言うこともあり、客は少ないが、それでもちらほら客がいた。

 

「ねぇねぇ、知ってる? この温泉って、お見合い風呂っていうのがあるんだって~」


「何それ? 混浴って事?」


「混浴は混浴でも、男女一人づつしか入れないんだって、しかも混浴って言っても、男子と女子で浴槽が分かれてて、その間が大きなガラス張りになってるだけなんだって!」


「じゃあ、裸でお話出来るだけ?」


「だからお見合いなんじゃ無い、アンタなに考えてんのよ~」


「良い男がいたら、食べようとおもって」


「え! アンタ入りに行く気?」


 誠実達とは反対方向から歩いてくる女子大生らしき二人組が、そんな話しをしながら誠実たちの横を横切る。


「俺ちょっと忘れ物……」


「待て、武司。お前行く気か?」


 振り返って、部屋に戻ろうとする武司を健が止める。


「止めておけ、そんな事が女子連中に知られたら、明日帰るまで気まずくなるぞ?」


「それでも興味はあんだろ! 俺は行きたい! いや、行かなければ男じゃ無い!」


「おい誠実、お前も何か……」


「へ?」


「お前もか……」


誠実も武司同様、部屋に戻ろうとしていた。

 さっきまで自分で言っていた事を思い出してみろ、そう誠実に言ってやりたい健だった、呆れて何も言う気になれない。


「武司! 俺が先だ!!」


「お前には前橋と笹原がいるだろ! ここはモテない俺に譲れ!」


「先に行くからな…」

 

 健はそう言って、二人を置いて先に風呂に向かう。


「全く、何を考えてるんだか……」


 呆れた様子で、健はのれんをくぐり風呂に向かう。

 しかし、そこで違和感に気がつく。

 着替えを入れるスペースが一つしか無い。

 それに風呂も異様に狭い気がする。


「お客さん、今空いてるから、おすすめだよ」

 

 丁度掃除をしていた従業員の男性にそう言われ、健はついでに尋ねる。


「すみません、この風呂は一人用なんですか?」


「えぇ、そうですよ。景色も良いですし、お勧めですよ~」


「あ、そうですか、なら……」


 大勢で入るのも良いが、一人でゆっくり浸かるのも悪くない。

 健はそう思い、服を脱いで浴槽に向かった。


「ほう……良い眺めだ」


 風呂は露天風呂で、目の前に海が見えた。

 浴槽は一人用にしては大きめで、十分足が伸ばせた。

 

「大分湯気が多いな……しかし、良いきもちだぁ~」


 健は、浴槽に入り外の景色に見入る。

 間違えて一人用の風呂に来てしまったが、これはこれで正解かも知れないと満足し、健は風呂を楽しむ。

 すると、健は再び違和感に気がついた。

 浴槽は何故か、ある一部分だけがガラス張りになっていて、壁に張り付いているような形になっていた。

 しかも、そのガラスの向こうにも浴槽が見えた。

 そこで健は、ようやく理解した。


「ま、まさか……この風呂は……」


 お見合い風呂。

 壁には大きくそう書かれ、注意事項が書いてあった。

 健はしまったと思い、浴槽から上がろうとしたが、遅かった。


「あれ? 誰か居るの~?」


 隣から声が聞こえて来た。

 しかも、聞き慣れた女性の声に、健は激しく動揺した。

 その声の主とは……。


「あ~健君! なに~女の子の裸が見たくてこのお風呂に来たの~」


 そこに居たのは、ニヤニヤと笑みを浮かべる、鈴の姿だった。

 健はそんな鈴の姿に、顔を真っ青にして思った。


(最悪だ……)

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