第9話


 現在、家庭科室には二人の生徒の姿があった。

 一人は学校で少し噂になっている、90回以上の告白をした男。

 もう一人は、そんな告白を断り続けた美少女。

 状況は極めて気まずい状況だった。


「な、なんでここに……」


「あ、貴方が来ないから……でしょ……」


 お互いに顔を引きつらせながら、この状況についてどう説明したら良いかを互いに考えていた。


「え、えっと……遅れて悪かったよ」


 最初に口を開いたのは誠実だった。

 気まずい空気の中、まずは自分が約束の時間に遅れてしまった事を謝罪する。


「そ、それにしても……なんでここに?」


 誠実は今、そのことが一番気になっていた。

 誠実達が今現在いる家庭科室は二階のしかも南校舎だ。約束していた四階の空き教室は、四階で、しかも東校舎にある。

 かなり距離があるにも関わらず、なぜ綺凛がここに来たのかを誠実は知りたかった。


「そ、それは……貴方が来ないから、探しに来て、そしたら料理部の方々と会って、気が付いたらここで……」


「のぞき見をしていたと……」


「……う、うん」


 再び沈黙が訪れる、今さっき告白まがいの事をされた誠実と、今から告白されようとしていた綺凛。

 非常に複雑な状況の中、次に口を開いたのは綺凛だった。


「……告白、されてたわよね?」


「……た、多分……」


 誠実は、やっぱりそこかと思った。

 それもそうだ、先ほどの出来事をのぞき見とはいえ、見ていたのならば、誰だって先ほどの状況は気になってしまう。

 誠実の短い答えに、綺凛は再び口を開く。


「可愛い子……だったわね、クラスメイト?」


「……そ、そうです………一緒のクラスで、仲良い唯一の女友達です……」


「返事は……どうするの?」


 誠実は綺凛の問いに対して「この人何いってんだぁぁぁ???」と心の中で叫んでいた。

 答えは決まっている。誠実の好きな相手は、今自分の目の前にいる綺凛だ。

 それは綺凛本人も知っているはずだ。

 なのに、なぜそんな答えにくい質問をしてくるのか、誠実は分からず、頭が混乱していた。


「え、えっと……そ、それを山瀬さんが聞くんですか?」


「あ、そうよね……答えにくいわよね……」


 綺凛の質問によって、さらに二人の間の空気は重たくなる。

 そこで誠実は、さっき沙耶香から言われた言葉を思い出す。


「あの! 山瀬さん!!」


「は、はい!」


 誠実に突然呼ばれ、驚く綺凛。

 最後の告白、本当にこれでダメなら諦める。

 誠実は今日、そう決めて綺凛を呼び出したのだ。先ほどまでは、今日の告白に対してやる気が持てなかった。

 どうせ振られて終わる。そうとしか考えられなかったからだ、でも今は違う。

 沙耶香に言われ、誠実は気が付いた。

 確かに振られ続け、結局は駄目かもしれない。

 でも、そのために頑張って来た今までは決して無駄ではない。

 最後を適当に済ませるのではなく、最後までしっかりする。そうしなければ、誠実自身が自分の今までの努力を否定することになってしまう。


「俺は……山瀬さんの事が!!」


 これを言ってしまえば、もうあとには引けない、振られたらそこで終わり。

 それでも今の誠実に悔いは無い、綺凛のために頑張って来たことは、決して無駄ではないのだから……。


「好きです!! 付き合ってください!!」


 今までで一番シンプルな告白だった。

 綺凛は正直驚いた。こんな状況で告白するのもおかしいと思ったが、誠実にしてはシンプルすぎる告白だったからだ。

 しかし、綺凛の答えは決まっている。


「……ごめんなさい」


 言われた瞬間、誠実はなぜか体が軽くなるのを感じた。

 体についていた重りが取れたような、不思議な感覚だった。


「……そっか………わかった」


 誠実は無理やり笑顔を作り、綺凛に答えた。


「なんで、このタイミングで告白したの?」


「……なんか、今なら素直に言えそうだったから……」


 綺凛の問いに、誠実は引きつった笑顔のままで答える。

 それを見た綺凛は、もう彼と二人でいない方が良いことに気が付き、家庭科室を後にしようとする。


「じゃあ、私行くね……」


「あ、うん。ありがとう、山瀬さん」


 綺凛は直ぐに家庭科室を後にした。

 残された誠実は、いつも以上のショックを隠しきることができなかった。


「あぁ……終っちまったなぁ~」


 自分の目から流れ落ちる涙を拭いながら、誠実は一人になった家庭科室で、今までの告白の事を思い出す。

 分かってはいた事だが、誠実は正直辛かった。

 しかし、どこか心は晴れやかだった。


「……部長の方は……どうしよ……」


 悩みが解決したと思いきや、またしても大きな悩みを抱えてしまった誠実。

 今まで良い友人として接してきたため、誠実は沙耶香の事を恋愛対象として見た事がなかった。

 しかも、思いっきり他の女子が好きだと公言し、あろうことかアドバイスまでもらっていた。

 知らなかったとはいえ、誠実は自分が沙耶香を傷つけていたかもという事実に気が付く。


「はぁ~、明日からどんな顔して会えばいいんだ……」


 ため息を吐き、誠実は机の上に突っ伏す。

 告白する前に、告白されるなんて誠実にとっては予想外過ぎた。

 ようやく綺凛の事に一区切りがついたと思ったら、今度は沙耶香の告白まがいの発言について悩まなければいけない誠実。

 しかし、この沙耶香の発言はこれから始まる、誠実の騒がしい高校生活の序章に過ぎなかった。

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