第36話

「そういえば、あの日誠実と合流した時、あいつ変な事言ってたな……痴漢にあったと何とか」


「そうだっけか? 俺は良く覚えてねぇな」


「誠実と武司は、受験が終わって、テンションおかしかったからな…」


 受験が終わったあの日の事を徐々に思い出す、健と武司。

 そんな2人に、今度は美沙が話出す。


「私は電車で受験に来てたから、帰りも電車だったんだけど、その時痴漢されちゃってさぁ~」


 受験が終わった美沙は、友人と別れ、電車で真っすぐ家に帰る途中だったらしい、その途中の電車で、痴漢に会ったとの事だった。


「俺たちは、早々に学校を出て、笹原が乗る一本前の電車に乗ったんだったな」


「あぁ、確かあの時は、さっさと遊びに行きたくて、駅までダッシュで行ったよな? そこは俺も覚えてるぜ」


「駅について、誠実がマフラー忘れたのに気が付いて、あいつだけまた走って学校に戻ったんだよ。俺と武司は、先に電車に乗って」


 受験の日の状況が段々わかり始め、美沙はその時に誠実と何があったかを説明し始める。

 健と武司は、その話に興味深々だった。


「電車に乗ったらさ~、いきなりお尻触られてねぇ……怖いしきもち悪いしで、声なんて出せなかったのよ。でもそうしたら、隣にいた伊敷君がね~」


『もしかして……痴漢? それともそういうプレイ?』


「……って言ってきたのよ」


 どこか残念そうな表情で美沙がそういう。

 健と武司は、友人がそんな馬鹿な事を女子に電車で尋ねていたとは知らず、顔を手で押さえて呆れていた。


「あいつ、何を聞いてんだよ、しかも女子に……」


「そういえば……誠実って中学時代、痴漢物のそういう動画見るのにハマってなかったか?」


「そう言えばそうだな……俺も貸したわ」


「武司、お前もか……」


 なんだかこの先は容易に想像できてしまいそうな展開で、聞こうか聞くまいか、悩む健と武司だったが、もしかしてという可能性に期待をして、再度尋ねる。


「それで私は伊敷君の足を思いっきり踏んで、そんなわけないでしょっ!! って言ったのよ」


「そりゃそうだ」


「つーかよ、それを聞いた誠実もすげーよな」


 その時の状況が目に浮かぶようで、健と武司は更に先を聞く。


「まぁ、そのあとはおっさしの通り、彼が私を助けてくれたんだけど、その助け方がね……」


 目を伏せて、どこか残念そうな表情の美沙。

 一体誠実はどんな助け方をしたのだろうと、逆に気になり、健と武司は美沙の言葉を待つ。


「いきなり、私のお尻触ってた男の手をつかんで顔を赤らめながら、こう言ったのよ」


『お……おっさん……俺にその趣味は無いぜ…』


 普通に助けろよ!

 そう武司と健は、誠実がこの場に居たら、叫んでいたであろう。

 しかし、この場に誠実は居ないため、この気持ちをどこにぶつけたものかと悩む。


「まぁ、そしたら、痴漢の男も誠実君を気持ち悪がって、直ぐに逃げてったんだけどね……あの時の周りの視線ったらなかったわ……」


「だろうな、あのバカ」


「てかよ、今の話のどこに惚れる要素があるんだ?」


「この後が重要なのよ。結局、私は伊敷君と同じ駅で降りたんだけど、一応助けてもらったから、お礼の一つも言わなきゃと思って、少し伊敷君と話たのよ」


 もう惚れる要素が見当たらない中で、友人がどんな奇跡を起こしたのか、2人は美沙の話に注目する。

 普通に痴漢から助けたのだったら、惚れるのもわかるのだが、助け方がちょっとあれだってので、絶対にそんな要素は無いと、健と武司は確信していた。


「ありがとうございました。って言っただけだったんだけど、伊敷君最後にこう言ったの」


『君可愛いんだから、気をつけなきゃダメだよ? それにあんまり注目されたくないでしょ?』


 誠実はその時、笑顔でそういったらしい。

 その時、美沙は誠実がなんであんな助け方をしたのか、分かった。

 痴漢だと大声を上げるのは簡単だった、しかしパニックになった美沙が注目されないように、アホな事を言って気持ちを落ち着かせてやり、そのあと美沙が注目されないように、痴漢に辱めを受けさせる。

 知らない他人を助けるのに、誠実は助けるときにも気を使っていたのだ。


「その時、この人はただ助けてくれただけじゃない、ちゃんとその後の事も考えて助けてくれたんだなって……そう思ったらなんか……カッコいいなって……」


 頬を赤く染めながら話す美沙。

 そんな美沙を見ながら、健と武司はその話の本当の結末を彼女に話すまいか悩み、美沙に聞こえないようにコソコソ話し出す。


「なぁ、確かあの時確か、痴漢に会ったけど、犯人捕まえると色々面倒だから、そのまま逃がしてきたとか言ってなかったか?」


「あぁ、多分笹原に気を使った訳じゃなく、ただ単に誠実がそのあとの色々を面倒臭がって、あんなアホな事をしたんだろうな……受験が終わった解放感で、あいつのテンション高かったし……」


 美里は違う、本当の真実に気が付き始める健と武司。

 しかし、ここで彼女のそんな甘い記憶に水を刺しても、健と武司には何の得も無いので、あえてこのことは言わない。

 逆に、このままの方が、彼女の夢を壊さずに済むのではないか? 

 2人はそう思って、口を閉じる。


「まぁ、そこでちょっと……気になって……入学して同じ学校って知って、好きになっちゃったって訳! あ、本人には内緒ね! これから私のアピールタイムなんだから!」


「誠実……本命の友達落としてどうすんだよ……」


「報われないな、あいつ」


 武司と健が交互に肩を落として言う。

 そこで2人は改めて、誠実を取り囲む恋愛事情をまとめてみることにした。


「えっと……じゃあ、本来笹原はファミレスの中のあの3人の中に居るべきで」


「そうだね、あの人たちライバルだし」


 笑顔でそういう美沙に、武司はなんでそんなにも余裕なのか不思議に思う。

 次に健が今まで閉まっていたスマホを取り出し、美沙に言う。


「誠実は、完璧に本命の山瀬さんには相手にされて無くて、もう完全に終わりと」


「健、お前って結構キツイことを言うのな」


「でも、あながち間違いじゃないよ?」


 本命からなんとも思われて居ないのに、他の美少女からモテる誠実に、武司は嫉妬するべきなのか、それとも同情してやるべきなのか悩む。

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