第48話

「ふざけんなっ!!」


「誰だ!!」


 誠実は叫んだ後に、ハッと我に返った。

 この状況はまずい、見るからにガラの悪い連中に絡まれるのはもちろん、自分が綺凛と知り合いだとバレれば、口止めに何をされるかわからない。


「ちっ!」


 誠実はその場からダッシュで逃げだす。

 後ろからガラの悪い連中が追いかけてくる、誠実は人通りの多い場所に出ようと、必死に走る。

 何とか商店街にたどりついた誠実は、人ごみに紛れ、逃げることに成功した。


「はぁ……はぁ……もう、大丈夫か」


 商店街のベンチに座り、息を整える誠実。

 先ほど盗み聞いた話を思い出すと、誠実は段々腹が立ってきた。

 何とかしなければ、誠実はそう思うが、何をしたら良いかわからない。

 どうすれば、この事実を綺凛に信じてもらえるか、誠実は必死に考える。

 しかし、誠実はとっくに振られた身であり、しかも綺凛からはあまり信用されていない。


「……どうする」


 誠実は一人悩んだ。

 あの最低男が、綺凛の婚約者だとしたら、なんとしてでもその婚約を止めなければならない。

 そうしなければ、綺凛が何をされるかわからない。

 一人悩みながらベンチに座っていると、誠実は誰かから肩を叩かれた。


「君、ちょ~っと良いかな?」


 肩を叩いてきたのは、先ほどの柄の悪い連中の一人だった。

 誠実はそのまま商店街の裏路地に連れていかれた。


「ぐっ!」


「おいおい、マジかよ。こいつ綺凛と同じ学校かよ」


 腹を殴られ、財布を取られた誠実。

 財布の中に入っていた学生証から、直ぐに綺凛と同じ学校という事がバレてしまった。


「駿、どうする? 口止めしとくか?」


「それも良いが、もっと面白いことしようぜ~」


 駿はニヤニヤ笑いながら、倒れ込んだ誠実の髪の毛を掴み、顔を無理やりあげさせる。


「お前、なんだ? 綺凛が好きなのか?」


「だったらなんだ……この人間のクズが」


「あ? フン!」


「がはっ!」


「調子づくな、クソガキ。別にバラしても良いぜ? ま、お前の話を信じる奴がいれば、だけどな!」


 駿を含めた柄の悪い連中が大声をあげて笑い、その場を去っていく。

 殴られ、蹴られ、誠実はボロボロだった。

 駿の言葉の意味がいまいち良くわからない誠実。


「クソ!! どうする……」


 駿のような男に綺凛を好き勝手されるのが、誠実は我慢ならなかった。

 誠実は殴られた腹を押さえながら、家に帰宅する。


「ただいま……」


「ん、おかえ……どうしたのよ!」


 帰宅した誠実を出迎えたのは、美奈穂だった。

 先に帰宅していたらしく、ラフな部屋着姿でリビングから誠実を出迎えた。

 美奈穂は、誠実のボロボロな姿に驚き、急いで駆け寄って来た。


「あぁ、ちょっと公園で友達とふざけてて……あはは」


 誠実は美奈穂に心配かけまいと、嘘をついた。

 しかし、美奈穂はそんな誠実の嘘を簡単に見抜く。

 

「嘘でしょ? なにがあったの?」


 美奈穂の真っすぐな視線に、誠実はため息をついて笑顔で答える。


「心配してくれてありがと、でも大丈夫だ。心配いらねーよ」


 誠実はそう言って美奈穂の頭をなでる。

 美奈穂は、頭を撫でられ、顔を真っ赤にして誠実に言う。


「な、なに言ってんのよ! 別に心配してないわよ! ただ怪我とかして帰ってこられたら、こっちの気分が悪くなるのよ!!」


 誠実はそんな美奈穂を見て笑みを浮かべ、自分の部屋に向かう。

 誠実の事が心配な美奈穂は、後ろからついていった。


「大丈夫だって、おまえ、最近やたらと俺に優しいな」


「そ、そんな事ないわよ! 明日の約束、覚えてるでしょ? そんな体で行けるの?」


「あぁ、大丈夫だって、眠ればすぐに回復する」


「そう?」


 心配そうに誠実を見つめる美奈穂。

 誠実は昔、自分が怪我をして、美奈穂が大泣きした日の事を思い出す。

 昔から何も変わらない、優しくて良い妹だと誠実は思いながら、もう一度美奈穂の頭を撫でる。


「やっぱり、お前は変わらねーな。変わったのは体だけで安心した」


「何それ? セクハラ?」


「褒めてんだよ、ガチでそういう事を言うな、そっちの方が傷つくわ」


 美奈穂は頭を撫でられ、顔を真っ赤にしながら、誠実にそういう。


「あんま無理はしないでよ! 私のせいで体を壊されても困るし……」


「はいよ」


 美奈穂はそう言い残して、誠実の部屋を後にした。

 部屋に戻った美奈穂は、ベッドの上に寝転がり、頭を抱えて激しくゴロゴロしていた。


(おにぃが私の頭撫でた!! 久しぶりだった!! )


 隣の部屋で美奈穂がそんなことを思いながら、ゴロゴロしているなんて思いもしない誠実は、部屋で着替えを済ませて一人考えていた。


「何とかこの事実を山瀬さんに……」


 そう考える誠実だったが、今の誠実と綺凛の関係は最悪だ。

 とても会って話なんてできないし、きっと信じてはくれないだろう。


「あ、そういえば……」


 誠実はそこで、美沙の存在を思い出した。

 美沙は綺凛の友人であり、何かと学校では良く一緒に居るらしい。

 彼女が話せば、少しはこの出来事をわかってもらえるかもしれない。

 誠実はそう思い、直ぐに美沙に電話を掛けた。


『はいは~い、どうしたの? 早速電話してくれるなんて、うれしいことしてくれちゃって~、お風呂入ってたけど、急いで出てきちゃったぞ~コノヤロウ』


「あ、そうか、なら落ち着いてから掛けなおしてくれ~コノヤロウ」


『良いわよ、面倒だし。どうかしたの?』


「あぁ、実はな……」


 誠実は先ほどの出来事を美沙に話す。


『ふ~ん、そんなことがね~』


「あぁ、だから伝えてくれないか? その婚約相手の事をもっと良く調べた方が良いって」


『……伊敷君はさ、利用されてたのに、なんで怒りもしないで逆に綺凛を助けようとするの?』


「は? そんなの……」


 そんなの当たり前だろう。

 そう言おうとした誠実だったが、言えなかった。

 なんで当たり前なのか、わからなくなってしまったからだ。

 前だったら誠実は言えた。

 綺凛が好きだったから、綺凛の為なら何でもできると思っていた。

 しかし、今は違う。

 綺凛は誠実を利用していた。

 しかも他に好きな奴が居た。

 そいつが最低のクズだったからと言って、誠実が綺凛を助ける理由は無い。


『伊敷君、どうなの?』


「そ、それは……」

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