83話
職員室にやって来た誠実達を待っていたのは、お茶を飲む小川だった。
誠実たちは小川の席にまっすぐ向かい、それに気が付いた小川はお茶を置いて誠実たち三人の方を向く。
「来たな、三ば…いや、馬鹿」
「先生、もうそれただの悪口です…」
誠実が肩を落として小川に言うなか、武司と健はいつもの事だと言わんばかりの様子で、ため息を一つ吐いて尋ねる。
「で、なんの用ですか先生? そして、なぜ視線を泳がせる……」
「べ、別に……泳がせてなんか…居ないぞ?」
不自然に視線を泳がせる小川に違和感を感じたのは、武司だけではなかった。
誰がどう見ても、何かを隠しているような感じの小川に、誠実達三人は疑問を抱く。
「先生、そういう態度を生徒にするのはどうかと思うぞ?」
「健の言う通りだぜ? ハッキリ言ってくれよ、気持ち悪いぜ」
健と武司が小川にそういうと、小川は視線をそらしたまま話を始める。
「実はな、お前たちを呼んだのは、これについて聞きたくてな……」
小川が出したのは、誠実が沙耶香にもらったのと同じ校内新聞だった。
それを見た健と武司は言葉を失い、誠実は小川に詰め寄る。
「は、話ってこのことなんすか!! 教師が生徒の噂を鵜呑みにしないでくださいよ!!」
「い、いやぁ…でも、お前らって仲良いし……もしかしたらと思って……」
小川は相変わらず顔を逸らしており、若干誠実たちから距離を置いている。
しかもよく見ると、周りの教職員も誠実たち三人をチラチラ見ていた。
BL好きと噂の小野山(おのやま)先生は、息を荒くしながら誠実達をガン見していた。
その様子に気が付いた誠実は、慌てて小川の誤解を解く。
「先生、俺たちに限ってそんな事絶対ありませんよ!」
「俺はお前たちならありそうだと思うが……」
「どこがですか!!」
「どっからどう見てもだ! お前らいつも大抵一緒に居んじゃねーか、伊敷は振られすぎて、男に目覚めたんじゃないかって言われてるんだぞ」
「俺はちゃんと女が好きです!」
誠実と小川が話をしている間、健と武司はなぜか静かだった。
その静けさに違和感を感じた誠実が、二人の方を向くと、二人はなぜか真っ白になっていた。
「おぃぃぃ!! お前らどうした! なんでそんな白いんだよ!!」
「…ハハ……俺が受け……」
「……なんで俺が……攻め……」
どうやら記事の無いようにがっかりしている様子の武司と健。
「そんなん今はどうでも良いだろ! 今はこの記事が誤解だってことを説明しないと!」
「はっ! 俺は何をしてたんだ!」
「記事がショック過ぎて半分何処かに行っていた……」
「戻って来たか……」
どうやらショックが大きすぎて、健と武司はどこか違う場所に行きかけていたようだった。
正気に戻った健と武司と共に、記事に書いてあることがデタラメである事を説明し、何とかわかってもらうことが出来た誠実達三人。
「あ、そういえば、昨日の件ってどうなったんですか?」
話が終わり、帰ろうとしたところで、誠実がふと尋ねる。
昨日の件というのは、綺凛の事だった。
誠実はそれで呼び出されたのだと内心思っていたため、呼び出された理由が全く違い、自分から話を切り出した。
「あぁ、そのことなんだが、なんでも向こうの勘違いだったらしくてな、今朝謝罪の電話があったぞ? お前にも謝りたいと言っているが、どうする?」
この話を聞いた瞬間、誠実の中で何かが崩れる音がした。
綺凛の親が、昨日の今日でここまで態度を変える理由は一つしかない、それはすべての事実を知ってしまったからだ。という事は、駿はすべてを話たのだろう、そしてもちろん綺凛本人にも……。
「せ、先生……山瀬さんって……今日は?」
「あぁ、なんか体調を崩して休みらしい。だが、よかったじゃないか、疑いが晴れたんだ!」
笑顔で言う小川だったが、誠実は全く笑顔になれなかった。
きっと体調不良なんて嘘だと、誠実は気が付いた。
綺凛はすべての事実を知って悲しんでいるのだと。
誠実たちは、話を聞いた後、もう少しで授業が始まることもあり、職員室を追い出された。
「くそっ! あいつ…なんで……」
自分が甘かったのかと誠実は壁に拳をぶつけ続ける。
結局何もできなかったと、結局自分は好きな人の日常すらも守れなかったのだと、誠実は悔しさでおかしくなりそうだった。
「誠実、俺はこれでよかったと思う」
そう切り出したのは武司だった。
真剣な表情の武司に、誠実は荒々しい声で尋ねる。
「それってどういう意味だよ!」
「そのまんまだ、山瀬さんはどっちみち真実を知らなきゃダメだと思う」
「それじゃあ、あの人が可哀想じゃないか! 今まで信頼してた人から裏切られたんだぞ! 迷惑をかけまいと色々やって! これじゃあ山瀬さんが……」
「誠実!」
大声を上げたのは武司ではなく、健だった。
いつも通りの無表情で健は静かに言う。
「じゃあ、誠実はどうなる?」
「お、俺は……」
正直どうなっても良かったと、誠実は思って言た。
綺凛があの笑顔でいてくれるなら、自分はどうなっても良いと思っていた。
「どうせ、どうなっても良いとかおもってたんだろ? 長い付き合いだ、お前の考えなんてよくわかる」
「だったら…」
「だからだ!」
またしても大声を出す健。
声のわりに表情が変化しないのが、余計に怖かった。
「誠実、俺は嫌なんだよ。お前のそんな姿を見るのが」
健の言葉に、誠実は胸が痛くなった。
「お前が悪く言われるのも、お前があらぬ誤解を受けるのも、俺達は嫌なんだよ」
「健の言う通りだ、お前は少し自分の事も考えろ、それにどっちにしろこうなってたよ……」
「………」
二人の言葉に、誠実は何も言い返せなかった。
「人生は長いんだ、色々ある」
「お前が悪いんじゃない、それにこれは山瀬さんが受けるべき当然の罰だ」
「……罰」
「あぁ、どんな理由があろうと、山瀬さんが誠実を利用したのに変わりはない」
健と武司の言葉に誠実はただ黙る事しかできなかった。
二人の言葉は確かにその通りなのかもしれない、そう感じる誠実だったが心の中では何かがモヤモヤしていた。
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