246話

「も、もしもし?」


『もしもし?』


「沙耶香? ど、どうしたんだ?」


『え、えっと……き、昨日の事なんだけど……』


「あ、あぁ……」


 一体何を言われるのだろうと、誠実はドキドキしていた。

 自分からも何を言ったら良いか分からず、誠実は沙耶香の言葉を待つ。


『きゅ、急にあんな事してごめん……』


「あ、いや……お、俺は別に……」


 そんな事を言いつつも、誠実は動揺していた。

 あのキスの意味が誠実にはよくわからず、正直言うと今でもなんで沙耶香があんなことをしたか、良くわかっていなかった。


『そ、その……いくら何でも、誠実君の意思を無視しちゃって……わ、私とはその……い、嫌だった?』


「そ、そんな事は……ぎゃ、逆に沙耶香はお、俺となんかで良かったのか?」


『……うん』


 何となくだが、誠実には電話の向こうの沙耶香の顔が真っ赤になっている気がした。

 

(ヤバイ……気まずい雰囲気になってしまった)


 沈黙が続き、誠実は話を他の話題に変更しなくてはと、何か話題が無いかを考える。

 

「そ、そういえば! 沙耶香のお姉さん綺麗な人だったな!」


『え゛?』


 誠実がそう言った瞬間、電話の向こうの沙耶香の声が急に変わった。

 先ほどの弱弱しい話し方とは違い、なんだか怒っているような感じの声だ。

 しかし、誠実はそんな沙耶香の様子には気が付いていない。


『お姉ちゃん、大学生だよ?』


「あ、あぁ! あれか! 大人の魅力ってやつか!」


『……大学生なんておばさんじゃん……』


「え? 何か言った?」


『別に! 誠実君ってなんか年上の女の人に弱いよね!』


「え? そ、そんな事無いと思うけど……」


『どうだろうね! 言っておくけど、私はまだ誠実君が好きなんだからね!』


「あ、あの……沙耶香さん? なぜ怒っていらっしゃられるのでしょうか?」


『怒ってません! それじゃあ! また明日学校で!』


 沙耶香はそう言うと電話を切ってしまった。

 いつもは温厚な沙耶香が声を大きくするのは珍しい。

 しかも、あんなにハッキリ自分の思いを言って来るのも珍しかった。


「なんか……すげー怒ってたな……」


(俺、またなんか変な事言ったかな?)


 誠実がスマホを放り投げて、布団に寝頃がると丁度良く美奈穂が部屋にやって来た。


「ん、もう寝るの?」


「あぁ、お前どうせ勉強するだろ? 起きてたら邪魔だろ」


「別に静かにしててくれれば良いわよ」


「いや、良いよ。俺ももう眠いし……じゃあおやすみ……」


「ん、おやすみ」


 誠実はそう言って、布団に入った。

 美奈穂は部屋の電気を消し、誠実の机の上で勉強を始めた。

 机の上のライトを付け、美奈穂は参考書や問題集に向かい始める。


「………ねぇ、おにぃ起きてる?」


「んあ? なんだ?」


 目を閉じて、少しうとうとしていると、美奈穂が誠実に話かけてきた。


「おにぃはさ……私が本当の妹じゃないって知った時……どんな風に感じた?」


「え? なんでそんな事を聞くだよ?」


「良いから」


「うーん……まぁ、正直そんな事を言われても実感がわかなかったな……お前とはそれまで兄妹として育ってきたし……」


「そっか……」


「あ、でも……お前が美少女なのに俺がなぜこんな不細工なのかは納得したな、血がすべての原因だった」


「な、何言ってるのよ馬鹿!!」


「褒めてやってんだよ、素直に感謝しろ」


「い、いやよ! 気持ち悪い!」


「うっ! い、妹からの気持ち悪いは……結構効くな……」


「一体どこにダメージが行ってるのよ……」


 誠実は美奈穂からそう言われた瞬間、自分の胸を押さえながらそう言った。


「はぁ……そうよね……私はおにぃの妹だものね……」


「あぁ、お前は俺の妹だな……でも……あれだな……」


「何よ?」


「こう言ったらあれだけど……お前の本当の父さんと母さんが生きてたら……俺たちは幼馴染だったんだよな?」


「まぁ……そうかもね……」


「そしたら、俺はお前の事好きになってたのかな?」


「ふぇ!? な、なに気持ち悪い事言ってるのよ! 馬鹿!!」


「うっ! だから気軽に気持ち悪いとか言うな……」


「お、おにぃが変な事を言うからでしょ!」


「いや、だって漫画とかだと幼馴染の事好きになったりするじゃん?」


「アンタと私は今は兄妹でしょうが!!」


「だからもしもの話だっての! お前みたいな美少女の幼馴染とか……それだけで俺って勝ち組だったんじゃないか?」


「そ、そんなの知らないわよ」


「まぁどうでも良いか~、じゃあ俺はもう寝るぞ~」


「はいはい、変な事言ってないで早く寝なさいよ……」


 誠実は美奈穂にそう言うと、目を閉じて眠り始めた。

 誠実が眠りについてから二時間後、美奈穂もそろそろ寝ようと、いつもは誠実が寝ているベッドに寝頃がる。


「おにぃのベッド……」


 美奈穂はうつ伏せでベッドに寝転がると、布団を抱きしめて匂いをかぎ始めた。


「……おにぃの匂い……」


 美奈穂はそんな事を呟きながら、誠実の先ほどの言葉を思い出す。


「幼馴染だったら……私だってこんなに悩んでないわよ……」


 美奈穂はベッドの下でグーグーと眠る誠実を見ながらそう思った。

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