279話


「はぁ~あ、疲れた」


 誠実は体育の授業を終え、さっさと教室に戻ってきていた。

 早く戻らないとクラスメイト(男子)に何をされるか分からなかったからだ。

 一目散に更衣室に逃げて着替えを済ませ、誠実は教室に戻っていた。


「あ、誠実く~ん!」


「ん? あ、山瀬さんと美沙か……」


「さっきまで体育だったでしょ? 見てたよぉ~。良かったねぇ~良い思いが出来て」


「み、見てたのかよ」


 美沙は笑顔だったが言葉には棘があった。

 そんな美沙の言葉に誠実はなんと答えて良いか分からず話題を反らそうと別の話題を考える。


「そ、そう言えばそっちは赤軍(せきぐん)だったっけ? 応援団とかもう決まった?」


「うん、この前の集会でね。てか聞いたよ、誠実君達応援団するんでしょ?」


「あぁ、もう他のクラスにまで噂が……」


 どうやらこの前の青軍での健の言動は他のクラスにも伝わっているようだった。

 茶化すように言って来る美沙とは対照的に綺凛は誠実に笑顔を浮かべながる。


「でも伊敷君にはピッタリだよ。頑張ってね」


「あ、ありがとうございます!」


 諦めたと言っても元は好きだった人からの応援に誠実は頬を赤らめながらそう応える。

 

「やっぱり綺凛と私とじゃ反応違うよねぇー」


「それは仕方がない、諦めろ」


「うわぁー差別だ差別だぁー!」


「うるせぇ、お前は俺をからかって遊ぶだけじゃねぇか!」


「それは愛情の裏返しっていうかさー」


「うっ……そ、そうかよ」


「あぁ~今照れたでしょ~?」


「照れてねぇよ! 俺もう行くからな!」


「はいはーい、体育祭は負けないよぉ~」


 そんな美沙の言葉を聞きながら誠実は教室に戻って行く。

 すると、今度は向かいから栞がやって来た。


「あら誠実君」


「あ、先輩。移動教室ですか?」


「いえ、貴方を探していたんです」


「え? 俺を?」


「はい、先ほどの体育の授業が丁度教室から見えて」


「あ……」


 そう言われた瞬間、誠実は栞の背後に何かどす黒いオーラのようなものがまるで炎のように燃え上がっているのを感じた。


(てか、先輩目が良いな……二年生の教室って確か四階だろ?)


「随分前橋さんと楽しそうでしたね」


「あ、あれは二人三脚の練習で仕方なくですね……」


「別に怒ってはいませんよ? ただのヤキモチです」


「正直に言うんですね……」


「えぇ、隠しても恐らく誠実君にはバレてしまいますし、なのでこうして貴方に会いに来たんです」


「な、何をする気ですか……」


「体育祭、確か誠実君は青軍ですねよ? 私は残念ながら黄軍(おうぐん)なんです」


「は、はぁ……」


「こう言うのはどうでしょうか? 体育祭で勝った方が負けた相手になんでも一ついう事を聞かせられるというのは」


「え!?」


(そんなの軍同士の戦いなんだからほぼ運見たいなもんじゃないか! でも先輩なら無理な命令はしないだろうし……うーん、ここまで言うくらいだ、黄軍には何か勝作戦があるのか? てか、栞先輩は俺に何を命令する気なんだ?)


「あ、あのあんまり無理な命令はしませんよね?」


「そうですね……流石に出来る範囲に限ります。例えば……一日中私のメイドになるとかどうでしょう?」


「え……執事ではなくて?」


「誠実君の女装姿と言うのも見てみたいですね」


「あ、あはは……先輩は冗談が上手ですね」


「いえ、冗談ではありませんよ。ではそう言うことでよろしくお願いします」


「え!? いや、先輩? 俺まだ了承してませんよ! せんぱーい!!」


 そう言って栞は速足で自分の教室に戻って行った。

 残された誠実は思った。


(これは負けられない体育祭になってしまった……)




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