121話

「はいは~い」


 ドアを開けた先に立って居たのは、中村だった。

 顔が赤く、少しフラフラしており、なぜかニコニコしていた。

 誠実はそんな様子の中村に、なぜか嫌な予感がした。


「せいじく~ん、ちょ~っと来てもらえるかしら~」


「あ、あの……何か……」


 アルコールの臭いを漂わせている事から、誠実は中村が酔っ払っている事に気がつく。

 兎に角あまり深く関わると、色々と面倒くさそうなので、お誘いを丁重にお断りする。


「す、すいません…そろそろ寝ようと思っているので……」


 そう言って部屋の扉を閉めようとする誠実。

 しかし、そのドアを足と手で中村は押さえ、無理矢理誠実を引っ張り出そうとする。


「大丈夫よ! まだ10時よ! ちょっと付き合ってくれても良いじゃな~い」


「勘弁してください! 中村さんの目がなんか怖いんです!! 絶対変な事するでしょ!?」


「大丈夫よ! 何もしないからいらっしゃい! 本当に何もしないから!」


「いかがわしい勧誘みたいになってるじゃないですか! 嫌です!」


「お願いよ! 一番若い男は誠実君だけなんだから!」


「今一番危ないワードが出ましたよ!! 一体俺に何する気ですか!!」


「ちょっと新しい世界の入り口にご招待を……」


「美奈穂ぉぉぉぉ!! 助けて! お兄ちゃんがオネエちゃんになっちゃうぅぅ!!」


 誠実が部屋の中に居る美奈穂に助けを求める。

 しかし、美奈穂は一切誠実の方を見向きもせず、スマホに目をやったまま一言だけ言う。


「そしたら兄妹の縁を切るだけよ」


「だから助けろってぇぇぇ!!!」


 助ける気のない美奈穂に、誠実は必死で助けを求める。

 しかし、美奈穂は一切動こうとせず、部屋でくつろいでいた。

 やがて誠実の力は、中村に負けはじめ、徐々に部屋の外に連れ出される。


「さぁ行きましょ~、朝まで一緒に新世界の扉を開きに!」


「いやだぁぁぁぁ! この歳でそんな世界知りたくないぃぃぃ!!」


 必死に部屋のドアにしがみつき、誠実が抵抗しているとそこに救世主が現れた。


「中村さん、あっちの方に可愛い男の子がいましたよ?」


「え! 本当? 直ぐに行かなくちゃ!!」


 そう言って中村は、誠実の手を離し、廊下の向こうに消えて行った。


「大丈夫? 誠実君」


「あ、恵理さん」


 助けてくれたのは恵理だった。

 ラフな格好で、廊下にへたり込む誠実を見下ろし、優しくほほえんでいる。


「すいません、ありがとうございました」


「中村さん、酔っ払うと見境無しに男の子を襲い始めるから、気をつけた方がいいよ?」


「身にしみてわかりました……」


 気がつくと誠実は、部屋の外に出されており、部屋の扉は閉まって居た。

 助けてくれなかった美奈穂に若干の恨みを感じつつ、誠実は部屋に戻ろうと部屋の鍵をだす。


「あ、ちょっとまって、今少し時間あるかしら?」


「え? まぁ、大丈夫ですけど」


「じゃあ、少し私に付き合ってくれる?」


「良いですけど、何をすれば?」


 恵理の頼みは、コンビニへ行くのを付き合って欲しいと言うものだった。

 夜の22時は確かに女性一人で出歩くには危ない、そう誠実は思い、助けてもらった恩もあるので、恵理の頼みを快く受け入れる。

 そして、二人はホテルから歩いて数分の場所にある、コンビニ向かって歩き始めた。


「それにしても、中村さんも困ったものね……」


「本当ですよ……俺は危うくあっちの世界に連れて行かれるところでした……」


「ウフフ、誠実君は可愛い顔してるもんね~」


「今はそれを言われてもうれしくありません…」


 先ほどの中村の必死さを思い出すと、背筋がぞっとする。

 人間として、中村さんのことを誠実は尊敬しているが、あまりそう言う事をされると、少し尊敬して良いものか、考えてしまう。


「そういえば、こんな時間にコンビニに何をしに?」


「ちょっと買い物だよ。大学生って自由だから、夜にコンビニに行く事が日課っぽくなってるんだよね~」


「そうなんですか? まぁ、俺も偶に夜にいくしなぁ……」


 誠実と恵理は、二人でコンビニに向かい、目的の商品を探し始める。

 せっかく来たんだからと、誠実も飲み物とお菓子を買って帰ろうと、商品を選び始める。


「あ、これ新商品だ」


「CMやってたよね? 私も食べてみようかな?」


 そんな会話をしながら、誠実と恵理は買い物をし、コンビニを後にする。

 帰りの道すがらも誠実と恵理は楽しく談笑しながら、ホテルに向かって歩いていた。


「……それで、どういう訳か俺がその役を…」


「それは災難だったね~」


 今日出会ったばかりなのに、誠実は恵理とこんなにも簡単に打ち解けられた事がうれしかった。

 正直、このバイトは誠実にとって完全にアウェイな状態だったので、一人でも打ち解けられる相手が居た事に安心感を覚えた。


「誠実君と話すのは楽しいなぁ~、どんどん面白い話ししてくれるから、飽きないし」


「俺の話で良いなら、いつでも話しますよ。それに俺も、恵理さん見たいな綺麗な人と話せてうれしいですから」


「あら、褒めても何も出ないわよ?」


「別に期待してないんで、安心してください」


「言ったなぁ~、このこの~」


「ちょっ! 脇をつつかないでくださいよ!」


 他人から見れば、カップルと間違われてもおかしくないほどに、誠実と恵理の距離は近くなって居た。


「あ~あ、良いのかなぁ? 妹ちゃん放っておいて、こんな女と一緒にいて~」


「急にどうしたんですか? それに美奈穂は美奈穂でやりたい事だってあるだろうし……」


「はぁ~、ダメだよ? 鈍感過ぎる男の子は嫌われちゃうぞ?」


「大丈夫っす! 俺は鈍感じゃないですから!」


「うん、みんな大体はそう言うんだよ~?」


 恵理はがくっと肩を落として、引きつった笑顔を浮かべる。

 

(これは、美奈穂ちゃんももうちょっと頑張らないとダメっぽいなぁ~)


 なんてことを考えながら、恵理は誠実と共にホテルに戻って行く。

 

「そういえば、恵理さんって彼氏と居た事ってあります?」


「急にどうしたの? もしかしてお姉さんの事好きになっちゃった?」


「いや、それは大丈夫です」


「おいお~い、それはそれでお姉さん傷つくぞ~」


 誠実の急な質問に、恵理は笑いながらそう言う。

 誠実は誠実で、付き合った場合の女性の意見と言う物が聞いて見たかったので、恵理にそう尋ねた。

 告白の返事をする際の参考になればと、誠実は考えていた。

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