152話

「ところで、誠実君」


「はい?」


「いつ頃、我が家に来て下さいますか?」


「あ……」


 誠実はすっかり忘れていた事を思い出した。

 そう言えば、前回は色々あって、結局家にお邪魔したのは数分だった。

 夏休み前に、誠実と父である忠志は蓬清家にお呼ばれしていたのである。


(最近、親父は忙しいし……俺もバイト始めたからすっかり忘れてた……親父と相談しておかないとな……)


「す、すいません、ちょっと夏は色々あって……親父と相談してからでも良いですか?」


「構いませんけど……誠実君のお父様でしたら、休日は毎日のようにいらしてますよ?」


「は?」


「先週は、お母様もご一緒でしたよ? 私は用事があって留守でしたけど…」


 そう言えば、最近土日は朝から晩まで家に居ないなと思った誠実。

 一体どこで何をしているかと思ったら、栞の家に行っていたらしく、誠実はなんだか栞に対して申し訳なくなってしまった。


「すいません……うちの両親が……」


「いえ、そんな事ありませんよ、お母様もお父様も、お二人の事を大変気に入ってしまって」


「あの二人のどこを気にいったんだか……」


 まさかの事実に、誠実はあとで二人に色々問いただそうと心に決める。


「誠実君、昔は良く怪我をして泣いて帰ってきたそうですね」


「う……そ、その話しは……」


「はい、色々とお話を聞かせていただきました! 初恋は幼稚園の先生だそうですね」


「あぁぁぁぁぁ! 止めて下さい! お願いですから! 俺の恥ずかしい秘密を話さないで!!」


「ウフフ……あと、小学生の時に校庭で……」


「止めて! それだけでもう恥ずかしいから! 先輩は俺をいじめて楽しいですか……」


「はい、楽しいです!」


「満面の笑みで何を言ってんですか!」


 両親という、自分の秘密を一番多く知っているであろう人が、学校の先輩に自分の恥ずかしい秘密を漏らしまくっている事実に、誠実は激しい怒りを両親に覚えた。


「いい顔の誠実君も見れたので、そろそろ虐めるのはやめてあげます」


「出来れば、今後もやめて下さい……」


「それはそうと、誠実君。二十二日は空いて居ますか?」


「え? まぁ、今のところは何も無いですけど?」


「そうですか……では、私と一緒に花火大会に行きませんか?」


「花火大会ですか?」


「えぇ、父の会社がスポンサーをやっているんですけど、毎年席のチケットを貰うんです。ですが、今年はお父様もお母様も用事があるようで……良かったら、私に付き合ってくれませんか?」


 誠実は少し考えた。

 二十二日なら、まだ先のことで予定も無い。

 加えて断る理由も無いし、誠実自身も花火が見たかった。

 

「良いですよ、予定もありませんし、一緒に行きましょうか」


「ありがとうございます。それでは楽しみにしていますね」


「にしても、花火大会かぁ……去年は男三人で空しかったからなぁ……」


 去年の花火大会は、受験の息抜きにと、健が誠実と武司を誘い、三人で見に行った。

 見に行って誠実と武司は後悔した。

 周りはカップルだらけで、それだけでも最悪なのに、健が数分おきにナンパされるので、余計に空しくなってしまった。


「今年は先輩と行けるのは嬉しいですよ」


 去年に比べたら、男と一緒じゃない分、凄く嬉しいし、何より綺麗な栞と行けるのだから嬉しい。

 そういった意味のつもりで言ったはずの誠実だったが、栞には別な意味にとらえられてしまったようだった。


「そ、そんなに…私と行ける事が嬉しいんですか?」


「えぇ、先輩綺麗だし、浴衣とか似合うんだろうなって」


 誠実の言葉に、栞は赤面し顔を俯かせる。

 誠実的には、むさ苦しい野郎と見るよりも、見ていて目の保養になる栞と一緒なら、男として嬉しい、そう言う意味だったのだが、栞のとらえ違いは更に増して行った。


「そ、そそそそうですか……で、では私は……こ、この辺で……」


「あ、帰りますか? じゃあ、途中まで送りますよ。今日は歩いて来たんですよね?」


「け、結構です! ひ、一人で大丈夫ですので……」


「ほ、本当に大丈夫ですか? 顔真っ赤ですよ?」


「だ、大丈夫でしゅ! そ、それでは……詳しいことはまた連絡致します……」


 そう言って栞は、早足でリビングを去り、誠実の家を後にしていった。

 残された誠実は、本当に大丈夫なのか、栞が心配になった。

 そして、誠実はすっかり忘れていた。


「あ! 素麺!!」


 昼食の素麺は、お湯に浸かってぐちゃぐちゃになっていた。


「俺の昼飯……」


 また作り直すのも面倒なので、誠実はポットに沸いていたお湯を使って、カップラーメンを作り、それをお昼にした。


「はぁ……なんだかなぁ……」


 今日はついていないんじゃないか、そう思いながら、カップ麺が出来るのを待っていると、再びインターホンが鳴った。


「今度は誰だ?」


 流石にもう来客は無いだろうと思い、どうせ宅急便かセールスだろうと、誠実は玄関に向かい、戸を開けた。


「はい、どちら……って恵理さん!」


「やぁ、モテモテ君」


「さようなら」


「ちょ、ちょっと! ドアを閉めようとしないでよ!!」


「今日俺にした事を忘れたんですか! 俺はまだ許してません!!」


 ドアをこじ開けようとする恵理と、ドアを閉めようとする誠実。

 ドアを開けたり閉めたりしていると、数分ほどで二人の体力は落ち始め、結局誠実が隙を突かれて、恵理を家の中に入れてしまった。


「な、なんの……用ですか……全く……」


「ちょ……ちょっと……タイム……お水頂戴……暑くて……」


 炎天下の中、激しい運動をして、二人は体力を消耗してしまった。


「はぁ~涼しい……生き返る~」


「それ飲んだら帰って下さいよ……全く」


 結局誠実は、恵理をクーラーの効いたリビングに案内し、麦茶を飲ませた。

 

「んで、何しにきたんですか…」


「もう、そんな怒らないでよ~、一応謝りに来たんだからさぁ~」


「謝る人の態度とは思えません」


「悪かったよぉ~、ちょっとやり過ぎたと思ってさ……」


 急にしおらしくなる恵理に、誠実は一瞬驚いた。

 この人もこんな顔をするんだなと、誠実は思いながら、一応謝罪の気持ちがあるのだろうと、条件付きで許す事にした。


「反省してますか?」


「してる! 今なら、お姉さん、お詫びに誠実君の頬にキスくらいならしてあげられるよ!」


「気色悪いので、やめてください」


「酷い!」


 本当に反省しているかどうかは謎だが、この条件を受け入れてくれたら許そうと、誠実は思い、恵理に言う。


「じゃあ、今度買い物に付き合って下さい、そしたら許します」


「え? そんなんで良いの?」


「はい、女性の意見を聞きたいので」


「でも、なんで私? 誠実君モテるよね?」


「モテません、それに……多分来週辺りには、嫌われてるかもしれません……」


「? なんだそれ?」


「それはそうと、許して欲しいんですか!」


「あぁ! うん! 許して欲しいから、お姉さん買い物付き合っちゃう!」


 了解を貰い、誠実は恵理を許した。

 海から帰ってきてから、日にちと時間を見て一緒に買い物に行く事を決めた誠実と恵理。

 しかし、誠実はその前に、海でやらなければならない事があり、まずはそちらに集中しようと心の中で決める。

 そして、誠実は気がつく。


「あぁ! 俺のカップ麺!!」


 カップ麺の麺がスープを吸ってふやけている事に。

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