第17話

 食事を終えた誠実と美奈穂は、お会計を済ませ、帰路についていた。

 会計の時、店員が誠実ではなく、美奈穂が金を出したため、若干誠実を見て笑っていた。

 そんなことがあり、誠実の今日の精神的ダメージは大きく、もう限界に近かった。


「なんだよあの店員……まぁ、確かに男の俺が払わないのは情けないけど……」


「もう、良いでしょ? 気にするだけ無駄よ、早く帰ってお風呂入んなきゃ…」


「そうだな…俺も今日は色々あったから、ゆっくりしたい……」


 そんなことを話しながら、帰り道を並んで歩く誠実と美奈穂。


(今日はびっくりする事とか、面倒な事とか、嫌なこととか、色々あったけど……まぁ、良いか)


 誠実がそう考えるのは、最後にこうして美奈穂と、前のように普通に会話できているからだ。

 言ってしまえば誠実の勝手な勘違いだったのだが、勘違いと分かったことが、誠実にとってはうれしかった。


「ねぇ……おにぃってさ……」


「ん?」


「彼女って……居た事あるの?」


「はぁ? んなもんあるわけねーだろ。今日も振られたし……」


「だ、だよね~、おにぃってモテなさそうだし~」


「うっせぇ!」


(こいつ……また俺をからかって遊んでやがる……)


 そんな事思いながら、誠実は何とか反撃出来ないものかと考える。


「お前はどうなんだ? 好きな奴とか居ないのか?」


「は、はぁ?! い、居るわけ無いでしょ……」


(お! 動揺したぞ!! これはもしや…)


 怪しい反応をする美奈穂に誠実は、さらに追い打ちをかける。


「怪しぃなぁ~、もしかして俺の知ってるやつかぁ~?」


「うっさい! バカ! ストーカー負け犬男!」


「ぐはっ!! お、お前……言ってはならない……事を……」


 誠実は追い打ちをかけるどころか、美奈穂からカウンターを受け、精神的に大きなダメージを負った。

 もう美奈穂をからかうのはやめよう、誠実はそう思いながら、再び自宅までの道を歩き始めた。







 夜の九時過ぎ、私はいつものように部屋で読書をしていた。

 私はこの静かな時間が好きだった。

 誰からも何も言われず、一人で落ち着いていられる、この時間が……。


「はぁ……終わっちゃった……」


 本を読み終え、私は背中を伸ばして立ち上がる。

 ふと窓の外を見ると、星がきれいで、なんだか穏やかな気分になれた。


「今日の告白は……なんだかいつもと違ったわね……」


 私はいつものように、伊敷君からの告白を受けた。

 しかし、今日は事情が少し違った。


「まさか……あんな現場を見ちゃうなんて……」

 

 伊敷君は家庭科室で、とある女子生徒から告白まがいの事を言われていた。

 そんな現場に私は居合わせ、二人きりになったときは、思わずなんと言って良いやら、分からなくなってしまった。


「はぁ……ほんと、なんで私なんかを……」


 私は訳あって、男性とお付き合いができない。

 そのため彼の告白もすべて断って来た。

 前から良く告白されることはあったが、99回同じ人からの告白というのは、初めてだった。


「まぁ、普通に考えて異常よね……」


 しかし、私は99回の告白を受け続けることで、多少なりとも彼の性格を知っていた。

 彼の告白に付き合った理由の一部は、そこにあった。

 彼は決して怒ったり、振られたからと言って、私の悪評を広めたりなどの事をしなかった。

 中学時代は、そのせいで嘘の噂が流れてしまい、ほんのちょっと面倒だった。

 彼は、確かにしつこかった、しかし、同時に優しかった。


「気がついて……ないよね……」


 私が彼の告白を断り続ける大きな理由は、他にある。


「伊敷君がこれを知ったら……怒るんだろうな……」


 私は飲み物を取りに行こうと部屋を出て、キッチンに向かう。

 この家は、私以外には誰も住んではいない。

 両親とは離れて暮らしており、今はこの無駄に広いマンションに一人で暮らしている。

 ハッキリ言って私の家は、結構裕福だ。

 娘一人のために、最新のオートロック機能が付いた、高級マンションを借り、そこから学校に通わせてくれる。

 母は早くに他界し、今は父親だけ。

 その父も別に厳しい人ではなく、温厚で優しい人だ。


「はぁ……明日の彼は、どんな風に告白してくるのかしら……」


 私はそんなことを考えながら、冷蔵庫から出した麦茶を飲み干す。


「きっと……諦めなんて、ついてないわよね……」


 これまでの彼の行動を考え、自然とそんな結論に至る。

 そろそろ彼に本気で私の事を諦めてもらわないといけない。

 そうしなければ、彼は折角の高校生活を無駄に消費してしまう。


「やっぱり……キッツイこと言わなきゃダメかしら?」


 私は麦茶をしまい、部屋に戻って行く。

 部屋に戻ると、私は机の上に充電中だったスマホを手に取り、操作し始める。


「……はぁ~」


 メッセージが来ていないかや、SNSを確認し私は直ぐにスマホを机に戻す。


「伊敷君って……モテるのかしら?」


 自分で振っておいて、何を不思議がっているのだろう?

 まぁ、確かに99回も告白をしてきた相手だ。

 正直気にならない訳が無い。

 しかし、そこに恋愛的な感情があるわけではない、ただ知っている人だから、という理由でのただの興味だ。


「まぁ、私には関係ないか……そういえば、お礼……言えなかったな……」


 本当なら、この前助けたくれたお礼を今日言うはずだったのだが、色々あって結局言えていない。


「明日にでも言おう……」


 私は明日になれば、また言う機会があるだろうと思い、そうつぶやく。

 そんな時、机の上のスマホが音を立てて震え始めた。

 私はスマホを手に取り画面を見る、そこには父の名前があった。


「もしもし、お父さん?」


 お父さんからの電話だった。

 私が襲われた事を伝えたら、心配して電話をかけてきた様子だった。


「うん……多分……え、大丈夫だよ、私は一人で……うん……」


 電話越しに、父からの心配そうな声が聞こえてくる。

 心配をかけてしまったと思いながら、私はお父さんとの会話を続ける。


「え? うん……その話はまた帰ってからしよ……大丈夫だよ。彼氏なんて居ないよ……」


 私はそう言いながら、なぜか彼の顔を思い出してしまった。

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