第13話

「はぁ~、もう疲れた……帰る!」


 誠実は不満を言い、そのまま帰ろうとする。

 しかし、それを許さない人が一人いた。


「あ、あの!」


「もう! 何! 俺は帰りたい……の……」


 誠実に声を掛けたのは、先ほどまで絡まれていた少女だった。

 見た目は清楚な感じの少女だった、ロングヘア―の黒い髪にクリッとした大きな瞳。

 誠実の目には、その少女の容姿が、襲われても不思議ではないと、わかるほどの美少女だと思った。


「あの、助けていただいてありがとうございます」


「あ、あぁ……すんません、ちょっと今日色々あって、感情がおかしくなってて……怪我とかないですか?」


「はい、大丈夫です。本当にありがとうございます」


 深々と頭を下げる少女に、誠実は「いえいえ」と謙遜した態度を見せる。

 これが山瀬さんなら、そう思う誠実だが、残念ながら、世界はそんなに優しくはない。


「あの、すいません、図々しいお願いは承知なのですが……人道りの多い場所まで御一緒してはいただけないでしょうか? またこんな事が無いか、怖くて……」


「あ、良いですよ。この先行くと直ぐ商店街ですから、一緒に行きましょう」


「ありがとうございます。貴方のようなお優しい方が助けに来てくださって、よかったです」


 本当は、山瀬さんだと思って助けに来たとは言えない誠実。

 口調や仕草、見た目の感じから、どこぞのお嬢様のような雰囲気の少女。

 誠実はそんな礼儀の正しい少女に対し、自然と敬語で話すようになっていた。


「あの、先ほどのあれはやはり作戦ですか?」


「あれ? あぁ、あの諦め宣言ですか? そうですよ、あぁ言えば、頭の悪そうなあの方々は直ぐに怒って向かって来ると思いまして。すいません、不安にさせて」


「いえ、咄嗟にあのような作戦を思いつくなんて、きっと頭の回転が速いんですね」


(言えない! 半分面倒くさくて、本当に諦めようとしていたなんて……)


 誠実の本当の作戦はこうだ。

 不良たちが誠実に襲い掛かってきたところで、わざとやられ、隙をついて警察に連絡をするという、警察頼みの作戦だったのだが、思いがけず投げ技が決まってしまい、あんなかっこ良い助け方になってしまったのだ。

 誠実たちは歩きながら会話を続ける。


「その制服……もしかして西星高校(セイセイコウコウ)の方ですか?」


「そうですよ、知ってるんですか?」


「知ってるも何も、私もそこの生徒です。今日は一旦帰って、着替えて出てきているので私服ですけど」


「あ、そうなんですか! 学年は……」


「二年生ですよ。貴方は?」


「一年です。先輩」


「そうだったんですか、私はてっきり同い年とばかり…」


 同じ高校の先輩を助けていたことに、誠実は内心驚いていた。

 こんな美少女の先輩がいれば、自分も知っていてもおかしくはないだろうか? などと思った誠実だったが、その答えは直ぐに分かった。


(そうだ、俺は山瀬さん以外を見てなかったんだ……)


こんな素敵な状況でも、やはり思い出すのは綺凛の事ばかり、誠実は思わずため息をついてしまった。


「はぁ~」


「あの、やはりご迷惑でしたか……」


「あ、嫌! 違いますよ! ちょっと今日、嫌なことがあって……」


「そうだったんですか……でも、そんな精神状態でも他人を助けられる貴方は、私は素敵だと思います」


 頬を赤らめながら言う少女。

 しかし、夕焼けのせいで誠実はその様子の変化に気が付かない。


「誰だって同じことをしますよ。貴方みたいな可愛らしい人になら」


「え! か、かわいい?? わ、私がですか??」


「はい、そうですけど?」


 誠実は「何を当たり前のことを?」と言わんばかりの表情で少女に言う。

 言われた少女はさらに顔を真っ赤にするが、相変わらず夕日のせいで、誠実はその変化に気が付かない。

 そんな事をしている間に、商店街についた。


「じゃあ、俺はこれで……」


「あ、待って! 名前……教えてくれるかしら?」


「え? あぁ、誠実です、伊敷誠実。それじゃあ、俺はもう帰るんで、さよなら!」


「あ……行っちゃった……」


 誠実は名前を言うと、すぐに走って帰って行ってしまった。

 残された少女は顔を赤くしながら、誠実が走って行った方向をただボーっと眺めていた。


「伊敷……誠実君……」


 先ほど助けてくれた、ヒーローのような後輩の名前を呼び、少女は何かを決意したように、スマホを取り出して電話をかけ始める。


「お父様ですか? 申し訳ありません、勝手に出歩いて……はい、訳は帰ってからお話します。それと……お願いがございます……」


 少女は通話を終えるとスマホをポケットに戻し、そのまま待った。

 すると物の数十秒で、どこからともなく、執事服を着た男性が、俊敏な動きで少女の元に駆け付け、少女の前で膝をついた。


「お嬢様、お怪我はございませんか?」


「はい、襲われそうになりましたが、ある方が助けてくれました」


「なんと! 襲った者はどのような? どこぞの不良ですか? すぐに探して八つ裂きに……」


「大丈夫です、助けてくれたお方が、痛めつけてくれました。それよりも義雄(ヨシオ)さん」


「はい、お嬢様、なんなりと……」


「西星高校のとある男子生徒について調べていただきたいのです」


「かしこまりましたお嬢様。して、その生徒のお名前は?」


「伊敷誠実君です」


 言われた執事服の男は疑問に思った。

 なぜ特定の生徒について調べなければならないのか、一体その生徒に何があるというのか。


「失礼ながら、この義雄、お嬢様にお尋ねしたいことがございます」


「どうかしましたか?」


「その生徒とは、どのような関係で?」


 言われた少女は再び顔を赤らめ、執事の義雄に向かって、柔らかい笑みで正直に答える。


「気になってしまったんです、彼の事が……」


 義雄は少女の発言に驚き、開いた口が塞がらなくなってしまった。

 首を横に振り、正気を取り戻した義雄は改めて少女に尋ねた。


「お、お嬢様!! ま、まさか……」


「はい、初恋……かもしれません」


 少女の言葉に、義雄は顔を真っ青にしてそのまま固まった。


「誠実君……か……」


 うっとりとした様子で、少女は再び助けてくれた彼の名前をつぶやいた。

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