115話
*
「ただいま~」
「あら、お帰り」
家に帰宅した誠実は、改めて財布の中身を確認し絶望する。
まさか本当にたこ焼きを奢らせられるなんて思ってもおらず、誠実の財布はすっかり軽くなってしまった。
このままではやばと感じた誠実は、母に小遣いの交渉を試みる。
「お母様」
「なによ、気持ち悪い」
「ちょっとお願いが……」
「ダメ」
「まだ何も言ってねーよ!!」
内容も聞かないうちに断られてしまい、納得のいかない誠実。
母はキッチンで晩ご飯の支度をしながら、誠実に言う。
「どうせ小遣いでしょ? うちにそんな余裕は無いの」
「頼むよ! 次からはバイトしてなんとかするからさ~」
「じゃあ、そのバイト先を決めたら渡す事にするわ、それまでは我慢なさい」
母に断られ、誠実は肩を落として部屋に戻っていく。
これは早いところバイトを探さなければ、夏休みに遊びに行けなくなってしまう。
そう考えた誠実は、朝の美奈穂の話しを思い出し、詳しい話しを聞く為に美奈穂の部屋に向かった。
「美奈穂? 居るか?」
二回ノックした後に声を掛ける誠実。
なにやら物音がした後に、美奈穂は部屋から顔を出した。
「ど、どうしたの?」
「いや、今日の朝のバイトの話しを……ってかお前何してたんだ?」
「な、何もしてないわよ!」
「いや、でもなんか息が荒いような……」
「気のせいよ! 後でそっちの部屋にいくから、ちょっと待ってて!」
そう言って美奈穂は部屋のドアを閉めた。
誠実は美奈穂に言われた通り、部屋に戻って待っている事にし、自分の部屋に戻って行った。
数分して、誠実の部屋をノックし美奈穂が入って来た。
ラフな部屋着姿で、どうやら風呂に入った後らしく、ボディーソープの良い香りがした。
「お、やっと来たか」
「何? バイトするの?」
椅子に座りながら、誠実は美奈穂の方を見て話し、美奈穂はベッドに座って話しを始めた。
「まぁ、金が無いしな……先立つ物が無いと、遊びにもいけないし」
「万年金欠だもんね、おにぃ」
「ほっとけ!」
美奈穂は中学生だが、モデル仕事をしている為、誠実よりも金を持っている。
その大半は服や化粧品に使ったりしているが、一部は家に入れている。
「で、今朝話したバイトの話しだけど……」
「お、おう……」
「期間は来週の水曜から金曜までの三日間、それで日給が15000円よ」
「おぉ! それはなんとも高額なバイトだな! で、どんな内容なんだ?」
金額を聞いただけで誠実は興奮した。
こんなに割の良いバイトはないかもしれないと、早くもこのバイトをする気満々だった。
「内容は……主に雑務ね…」
「雑用係か……まぁ、技術とか要らなさそうだし良いな! で、どこでやるんだ?」
「海よ」
「そうか! 海か! ……ん? 海?」
場所を聞いた誠実は不思議そうに、美奈穂に尋ねる。
「そ、海。後山かな?」
「え? どういうこと??」
誠実はどこかの会社の雑務のバイトだと思っていたが、どうやら違うらしい。
不安になり美奈穂に尋ねてみると、美奈穂は悪戯っぽく笑いながら言う。
「私の撮影の雑用係よ、2泊3日で撮影だからそのときに一緒について来て、雑用してもらう仕事」
「はぁぁ?!」
まさか美奈穂の仕事の雑用係だとは思わなかった誠実。
しかも泊まりと言うことで、バイト代が高額な事を理解した。
「それはちょっとパスだな、妹と同じ仕事場って言うのはちょっと……それにそんな仕事、募集すれば直ぐに埋まるんじゃ……」
「こういう仕事は、外部から募集すると熱狂的なファンとかが来て、モデルさんの私物を盗んだりするから、極力身内で探すのよ」
「あぁ、なるほど……なら他を当たってくれ」
「良いの? お金ないんでしょ?」
「うっ……」
痛いところを突いてくる美奈穂に、誠実は何も言い返せない。
ここでこんなに美味しいバイトを逃しても良いのだろうか? 今からバイトを探しても、短期のバイトの空きなんてあるだろうか?
そんな事を考え出してしまい、悩む誠実。
「中村さんも居るし、私も一緒なんだからそこまで心配要らないわよ」
「う~ん、しかしなぁ……」
悩む誠実に美奈穂は最後の切り札を使う。
「今なら、プラス5000円って言ってたわよ」
「よし、やろう」
こうして誠実のバイト先が決まった。
誠実の決定に、美奈穂かニヤリと口元を歪める。
*
テストの返却も無事に完了し、誠実達は無事に夏休みを過ごせる事が決定した。
そして終業式の日。
朝から誠実達生徒は体育館に集まり、全校集会の真っ最中だった。
いつも通りの校長の長話を聞き、夏休みの過ごし方などの話しを聞いていた。
「あ~あっち……」
誠実はワイシャツの胸元をパタパタしながら、一人でそんな事をつぶやく。
体育館には冷房設備なんて物は無いので、熱中症になるんじゃないかと言うくらいに熱が籠もっていた。
「早く終われば良いのにね」
「だよなぁ~」
隣に座る沙耶香が誠実に笑顔でそう言う。
並びが主席番号の為、武司と健とは離れてしまった誠実だったが、沙耶香とは隣になり、話し相手がいて良かったとつくづく思っていた。
「そういえば、誠実君はテストどうだったの?」
「おかげさまで赤点は回避したよ、でも前より成績は下がったけど……」
「そっか……武田君は? 全教科80点以上を目指してたはずじゃ……」
「あぁ、それなら初日で終わったよ、でもあいつにしては奇跡的なほどに良い点数だったよ。本人も満足してた」
「それなら、まぁ良いのかな?」
校長の話を聞かずに、誠実と沙耶香は話しに夢中だった。
「あ、あのさ……この前言ったデートの話しなんだけど……」
「お、おう……」
テストが終わった日の放課後、沙耶香は誠実にデートをしないかと話していた。
普段は先ほどのような感じで気さくに話す二人だが、こういう話しになるとどこか気まずくなり、もじもじし始める。
「ら、来週の土曜日なんて明いてるかな? え、映画とか行きたいんだけど……」
沙耶香に言われ、来週の予定を思い出す誠実。
(水曜から金曜はバイトだが、土曜日は何もないな……)
誠実は何も予定がないことを確認し、沙耶香に返事をする。
「土曜日なら大丈夫だぜ、何を見たいんだ?」
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