165話



「酷い目にあった……」


 食事が終わり、誠実は男子部屋に戻り、布団の上に寝そべっていた。

 健の発言によって、その場はまさに修羅場と化した。

 武司は、明日の朝こそはとお見合い風呂に向かう事を決意し、今は布団の上でスマホを弄っている。

 健は、鈴に弄られ続け、心身共にかなり疲労した様子で、早々と寝てしまった。


「ま、誠実は自業自得だよな~」


「うっせ! 男なら、混浴って聞いただけで反応すんだろ!」


「ま、その気持ちはわからんでもないがな……」


 時刻はまだ、二十一時を過ぎた位で誠実も武司も全く眠くはなかったが、女子部屋に行くのは、何か気まずかった。


「俺、ちょっと散歩してくるわ…」


「あぁ、ついでにコンビニ行ってなんか買ってきてくれよ、二人で飲もう……コーラを」


「コーラかよ……まぁいいや、了解」


 誠実はそう言って、部屋を後にしコンビニに向かった。

 夜は夏でも潮風が涼しく、誠実は旅館からすぐのところで、海を眺めていた。


「夕涼み?」


「ん? 綺凜。何してるんだ?」


 海を眺めていると、誠実は綺凜に声を掛けられた。

 優しい笑みを浮かべる綺凜に、誠実も笑顔で尋ねる。


「ちょっと、海を見たくてね」


 先ほどの事もあり、誠実は少し綺凜と話すのが、気まずかった。

 

「海が近いせいか、涼しいな」


「そうね……美沙と沙耶香が、今部屋で荒れてるわよ?」


「う……まぁ、そうだよな……」


 綺凜の言葉に、誠実は言葉を詰まらせる。

 正直、この事は自分の自業自得だと誠実は思っていた。

 女子と一緒、しかも自分に好意を向けてくれる相手と一緒の旅行で、混浴まがいの温泉に誘惑され入ろうとした。


「お、男は混浴という言葉に弱くてですね……」


「それでも、二人の気持ちを考えたら、そんなところに入ろうなんて考えないんじゃない?」


「う……か、勘弁して下さい~、俺はもうあの二人からのお仕置きで……」


「ウフフ、ごめんなさい……そうよね、私は誠実君にそんな事を言う資格なんてないものね……」


 綺凜が寂しそうな視線を海に向けながら、そう言った。

 綺凜は、誠実の好意を利用し、そしてその思いを踏みにじったと言っても過言ではない。

 しかし、そんな事があった後でも誠実は、綺凜と友人として、新しい関係になる事を望んだ。

 綺凜はうれしかった。

 それと同時に、誠実の力になりたいと、常々思っていた。


「二人のうち、どっちを選ぶか決まった?」


「……山瀬さんは意地悪だなぁ~………そんなの決められないよ……それに……」


 誠実はふと綺凜を見る。

 月明かりに照らされた、綺凜の横顔は美しく、やっぱり綺麗だなと誠実は綺凜に見とれる。

「それに?」


「……どっちも俺には釣り合わない、美少女だからな~……それに性格も良いし……本当に…俺の何処が良いんだか…」


「私も、同じような事を伊敷君に思ってたことがあったわ…」


「え……それってどう言う?」


「伊敷君とほぼ同じような理由よ、私は周りに愛想を振りまいてるだけの最低な女……なのに、なんでこんない一生懸命で努力家で……友達からも信頼されてる伊敷君が、私なんかを好きなんだろうって……」


「そんなの、好きだからに決まって……あ!」


 誠実は綺凜の話しを聞いていて気がついた。

 人を好きになるのに、理由は必要だろうか?

 その答えを誠実は知っていた。

 

「好きなもんは……好きだからしょうがないよな…」


「そうよ……思い出した? 私を好きだった気持ち?」


「あぁ……ありがとう、おかげで明日は、ちゃんと言えそうだ」


「え? 何を言うの?」


「あぁ……それは……」


 誠実は真剣な表情で、月を見ながら綺凜に明日、誠実が計画している事を話す。

 それを聞いた綺凜は、何も言えず、ただただ無理な笑顔を浮かべる誠実を見ている事しか出来なかった。





「たく……誠実の奴、何処行きやがった」


 武司は帰りの遅い誠実文句を言いながら、旅館の自販機で飲み物を買っていた。


「あ…」


「ん?」


 自販機の前で、武司は飲み物を買っている志保とばったり出会った。

 食事の時の一件があり、武司は少し志保との間に気まずさを感じていた。


「飲み物買いに来たのか?」


「アンタに関係無いでしょ、変態」


「んな! お、お前なぁ! それは健に言えよ!」


「入ろうとしたアンタも同罪よ、全く……」


 ぶつくさ文句を言いながら、自販機横のベンチ座り、志保はお茶を飲み始める。

 武司も自販機で炭酸飲料を購入し、飲み始める。


「安心しろ、お前の裸になんか微塵も興味はねーから」


「はぁ?! 海で私の水着をジロジロ見てたのは、誰でしたっけ!」


「そ、それはお前の気のせいだ!」


「あら~? 私を見てエロい体っていったのは誰でしたっけ?」


「それは認めよう、しかし興味があるかどうかは別だ!」


「アンタ、やっぱりむかつくわ」


 武司の言葉に、志保は持っていたペットボトルを強く握りしめる。

 志保の怒りに気がついたのか、武司は志保から一歩下がる。


「な、なんで怒るんだよ……興味をもたれても困るだろ?」


「ま、まぁ……そうだけど……」


「じゃあ、なんで怒るんだよ、お前変だぞ?」


「う、うっさいわね! 変態! ドスケベ!」


「へいへい、もう慣れたよ、そう言われるのにも」


 武司は溜息を吐きながら、志保の隣に座った。


「ちょ、ちょっと! 何隣に座ってんのよ!」


「別に良いだろ、それにこんな離れてんだからよ」


 武司はベンチに座りながら、炭酸の飲料水を飲む。


「偶には、喧嘩じゃなく、なんでも良いからちゃんと会話してみたいと思っただけだよ」


「な、なによ? ちゃんとした会話って……」


「……昔、話してみなきゃわからないって、ある奴に言われた事がある……だから、俺はちゃんと話しをして相手の印象を決めることにしてる」


「なによそれ? 意味分かんない」


「わからなくて結構だよ。でも……俺はお前と仲良くしたいと思ってるから、ちゃんと話しをしたい。それだけだ」


 武司は何かを思い出すように志保に言う。

 まるでいつもの武司ではない、別人のような顔をしながら。

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