71話
「んで、行くのか?」
「まぁ、呼ばれたんだし……」
「気まずいね~、あれから話してないんだろ?」
「……まぁ」
誠実は今は綺凛とはあまり話をしたくなかった。
諦めてから、まだ日が浅いというのも理由の一つだが、一番の理由は日曜日に見た、駿と一緒にいるときの綺凛の笑顔だ。
絶対に自分には見せてくれない笑顔を駿には向けていた綺凛。
その光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
「仕方ない、一緒に行ってやるよ。一人じゃ不安だろ?」
誠実の表情を見て、武司はやれやれといった様子でそう言うと、誠実の腕を掴み歩き始める。
「お、おい引っ張るなよ!」
「急がねーと時間すぎちまうぞ、早くしろ~」
誠実と武司は2人で四階の空き教室へと向かった。
空き教室に到着した誠実と武司。
中に入ると、綺凛一人が待っていた。
てっきり美沙も居るものかと思っていた誠実と武司は、思わず綺凛に尋ねる。
「あれ? 山瀬さん一人?」
「てっきり、美沙も一緒かと思ったんだけど……」
「美沙は先に帰ったわ……」
どこか暗い表情で、静かに言葉を発する綺凛。
なんだかいつもと様子が違う、誠実はそう感じる。
きっと噂のせいもあるのだろうと、誠実は勝手に決めつけ納得し、綺凛に呼び出した理由を尋ねる。
「ど、どうかしたの? 山瀬さんが俺を呼び出すなんて珍しいね」
緊張感をなくそうと、誠実は無理に笑って言うが、依然として綺凛の表情は曇ったままだった。
少し間があり、綺凛もゆっくり話始める。
「ねぇ……伊敷君……駿さんと会ったの?」
「……うん」
綺凛の口から、駿の名前が出てきた瞬間、誠実は嫌な予感がした。
綺凛が、駿と誠実が面識のあることをなぜ知っているのか、誠実には二つ予想が出来た。
一つは美沙から事の次第を聞いて知っている。
しかし、この場に美沙は居ない上に、美沙からの報告もない、となるともう一つの予想が的中している可能性が高い上に、そっちの予想は誠実にとっては当たってほしくな予想だ。
「駿さんから聞いたわ……伊敷君酷いよ」
誠実は綺凛の話を聞きながら、嫌な予感が当たってしまったと思った。
「私に婚約者がいるって知って、駿さんを襲うなんて! あなたはそんな人だとおもなかったのに……」
誠実をにらみながら、綺凛はそういう。
大体の状況を誠実は理解したが、武司は出来ていないらしく、アタフタしている。
「そんな事してないよ、逆だよ俺が襲われたんだ」
「嘘よ! 駿さんは昔から優しくて、そんな人じゃないって事を私はよく知ってる! 私もあなたを利用したけど、駿さんに八つ当たりするなんてあんまりだよ!」
涙を浮かべる綺凛に、誠実は強く反論できなかった。
言っても仕方ないという理由もあったが、それ以上に自分のせいで綺凛を泣かせてしまったことが、ショックだった。
事実では無いにしろ、純粋に綺凛の泣き顔は誠実にとってショックだった。
「山瀬! 待てよ、じゃあ今学校中で流れてる噂もお前は信じるのかよ!」
「信じるわよ! だって、こんな事をする人を……私は信じられない」
「ふざけんな! こいつはそんな事する奴じゃない! 山瀬だって誠実に助けられたじゃねーか!!」
「それもどうせお芝居だったんでしょ!」
武司は綺凛のその一言で、何かが切れた。
いつもはへらへら笑っているだけの武司だが、今の武司は違う。
本気で怒っていた。
「いい加減にしろ!! 誠実の事を何も知らねーくせに!! こいつがお前の事をどれだけ……」
「武司、もういいよ……帰ろう」
「離せ誠実! こいつ調子に乗りやがって! 可愛ければなんでも許されると思ったらなぁ……」
誠実は暴れる武司を押して、教室の外へと出ていく。
おそらく何を言っても綺凛は自分を信じてはくれないだろうと思った誠実。
武司を落ち着かせ、昇降口まで引き返してきた。
「クソ!! 人が黙ってればいい気になりやがって……」
「武司、落ち着けよ。さっきも言ったけど、山瀬さんも駿から嘘を吹き込まれてるだけなんだよ」
「だけどよ! ……悪い、熱くなってた。いままでのお前の頑張り見てきたから、なんかさっきの山瀬が許せなくて……」
武司は誠実の表情を見て落ち着きを取り戻す。
誠実の表情が、あまりにも酷く、自分が怒っても何も変わらない事に気が付いたからだ。
本当に声を荒げて文句を言いたいのは、誠実のはずだと武司は気が付いた。
「……誠実、お前はあれだけ言われても、山瀬を助けるのか? 山瀬の為に駿をボコりに行っても、何も変わらないかもしれない、むしろ山瀬のお前への好感度が下がることの方が、大きいんだぞ!」
「……だとしても、俺は山瀬さんをもう悲しませたくない……だから、行くよ」
仮に、駿を成敗したとしても、また駿に嘘を吹き込まれれば終わりだ。
今の綺凛は駿に大きな信頼を抱いている。
そのため、駿が嘘を言ったとしても綺凛はその言葉を真実だと思って疑わないだろう。
逆に、誠実はしつこく告白してくるストーカー、信じてもらえるはずがない。
「……お前ってさ、本当にバカだな」
「良いんだよ。俺はただ、好きになった人には、ずっと笑顔でいて欲しいんだよ……」
ただの強がりだと、誠実自身気が付いていた。
でも、好きだから、ただそれだけの理由で誠実は綺凛を助けたかった。
「仕方ねーな、行くか」
「武司は来なくても……これは完全に俺の自己満足だし…」
「良いんだよ! 俺もお前と同じバカなんだよ!」
「じゃあ、俺を忘れてもらっては困るな」
「け、健!」
健の声が聞こえ、誠実と武司は昇降口の外を見る。
外には学生服姿の健が壁にもたれかかって誠実たちの方を向いてピースしていた。
「俺達は、三人合わせて三馬鹿だろ?」
「お、お前、今まで何してたんだよ」
「ちょっと、人探しをな……昨日の晩に噂を知って、今日は一日その出どころを探していた。噂を流した犯人が、山瀬の婚約者だと知って、山瀬に確かめに学校に来たんだが、どうやら間違いなさそうだな」
「おぉ、流石ドルオタ! ネットを使わせたら、ちょっとしたことは直ぐ調べやがる!」
「神と呼んで構わんぞ」
武司におだてられ、健は調子に乗り、無表情のままそんな事を言う。
「健……お前なんで、こんな大変事を…」
学校を一日サボり、自分の為になぜそこまでしてくれたのか、誠実は不思議だった。
友達だから、という理由だけではかたずけられないほどの事だった。
誠実の質問に、健は無表情のまま応える。
「誠実、困ったときはお互い様だ。気にするな……それに、これで返せたなんて思ってはいない」
「え……」
「なんでもない。それより、さっさと終わらせに行こう」
健の言葉の最後の部分だけ、誠実は聞き取ることが出来なかった。
理由はどうあれ、誠実は健と武司が自分を本気で心配してくれることがうれしかった。
二人には一切関係のないことのはずなのにと、誠実は思った。
(あぁ、そっか……だから今まで一緒なのか……)
本当に信頼できるからこそ、ずっと一緒にいるのだと、誠実はそこで気が付いた。
そして、誠実たちは駿の元に向かった。
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