87話

「悪い古賀、もう一度説明してもらえるか?」


「もしかして、早口だったから聞き取れなかった? ごめんごめん、もう一回説明するから」


(あぁ、そうか。早口過ぎてなんか効果音みたいなものが聞こえただけか……)


 正直、自分の耳がおかしくなったのではないかと、誠実は思った。

 数学の問題に、効果音が出てくるはずがない。

 きっと休憩開けで、集中力が切れてしまっていた自分の聞き間違いだろうと思い、集中して志保の説明を聞く誠実。


「ここは、ここをドカーンとしてここにぶっ込んで、そのままふわっとすると、答えが出るのよ」


「………」


 聞き間違い出ないことに気がつき、誠実は志保の壊滅的なまでの説明の下手さに黙ったしまった。

 しかも厄介なことに、本人は自分の説明がちゃんとしていると思い込んでいるようで、自信満々だ。


「どう、わかった?」


「あぁ……えっと……」


 これは武司を責められないなと考えながら、誠実は言いにくかったが、志保に説明がわかりにくい事をいう。


「あのさ……申し訳ないんだけど……正直、わかりにくい……」


「え! ど、どこがわからない?」


「ほとんど全部……」


「ぐ、具体的には?」


「バーンとかふわって言われても……」


「………」


 二人の間に気まずい雰囲気が流れる。

 その雰囲気に気がついたのか、武司と沙耶香が横から助け船をだしてくる。


「な、言ったろ?」


「う、うん……教えてもらってる立場で申し訳ないけど……正直これは……」


「そ、そんなに?」


「「そんなに」」


 誠実と武司に声をそろえて言われ、ショックを受ける志保。

 そんな志保の背中をさすり、よしよしと慰める沙耶香。


「なんて言うか、個性的な教え方過ぎて、俺たち馬鹿には理解できない……」


「そうか? あれは普通に教え方の問題だろ?」


「武司! 少しは気を使え!」


 志保がなるべく傷つかないように言葉を選ぶ誠実に対して、武司は思った事をズバッと言い、志保に全く気を使わない。

 そんな態度の武司が気に入らなかったのか、志保は武司に突っかかっていく。


「なによ! こっちは教えてあげてるんじゃない!」


「その教え方に問題があったら意味ないだろ!」


 仲が良いのか悪いのか、初対面の頃から変わらないこの二人の謎の関係を誠実は不思議に思っていた。


「健、ちょっとお前も止めて……」


 次第にヒートアップする武司と志保の仲裁の手助けを頼もうと、勉強中の健の方を見る誠実。

 しかし、健は健でいろいろと大変な目にあっていた。


「えへへ~、じゃあ次間違えたらなんて言ってもらおうかな~」


「勘弁しろ、この状態も本来なら屈辱だ」


 あのクールで無表情のイケメンである健が、猫耳をつけて勉強をしていた。

 誠実はその姿に目を丸くし、そのままフリーズして健を見ていた。


「はいはずれ~! じゃあ今度は、鈴ニャンさみしかったニャーって言って!」


「んなこと言えるか」


「じゃあ、もうしーらない。補修頑張ってね~」


「す、鈴ニャン……さみしかったにゃー………屈辱だ!」


「キャァァ! やっぱりイケメンのこういうギャップも良いわよね~目の保養にもなるし、耳の保養にも……」


 一体この二人は何をしているのだろうか? 夏の暑さでおかしくなってしまったのだろうかなどと本気で思う誠実だった。

 健もいろいろな意味で頼る事が出来なさそうなので、誠実は沙耶香と協力して志保と武司の仲裁に入る。


「ストップ武司。落ち着けって、せっかく教えてくれてるんだ、その気持ちだけでもありがたいじゃないか」


「志保もだよ。そんな強く言っちゃだめよ」


 誠実と沙耶香に言われ、武司と志保はとりあえず落ち着く。

 

「でもよ、時間が無いのも事実なんだ……俺だって焦ってんだよ」


「常日頃から勉強しないからでしょ」


「何だと! 俺はいろいろと忙しいんだよ!」


 放っておくと喧嘩しかしない武司と志保に、誠実と沙耶香は頭を悩ませる。

 これでは勉強どころではない。


「決めた! 俺は今回のテストで全教科80点取ってやる!」


「やってみなさいよ! この数日で何が出来るか知らないけどね!」


 誠実と沙耶香が考えごとをしている間に、なんだか話がややこしい方向に向かってしまったらしく、武司がやたらと燃えている。


「おいおい、武司。お前って前回のテストも赤点ギリギリだったんじゃ……」


「うっせ!男がここまで言われて黙ってられるか! お前だって本気出して学年一位取ったじゃねーか! 俺もやってやる!!」


 どうしてそんな話になったのか、いろいろと疑問だが、まぁ勉強する気になったのなら結果オーライではないかと考える誠実。


「なんかやる気出してるし、このままでも良いじぇね?」


「そ、そうだね……何であんな話になってるかはわからないけど……」


 こそこそ話をする誠実と沙耶香。

 この先無事に勉強会は進んでいくのであろうかと、そこだけが心配な誠実だった。

 とりあえず、時間も時間なので本日は解散となり、六人で図書室を後にする。


「見てろ、絶対に俺は古賀を見返してやる……」


「私だって、今回は学年一位を目指すわ……」


 ぶつぶつ言いながら、先頭を歩く武司と志保を見ながら、誠実と沙耶香は肩を落とす。

 勉強しにきたはずなのに、後半は二人の仲裁で疲れてしまい、ほとんど勉強が出来なかった。


「武司のやつ、大丈夫か? なぁ、健はどう思……」


「ねぇねぇ、明日も勉強教えて欲しい?」


「お前にだけはもう勉強は教わらん」


「良いの? ただでさ時間無いのに、他に勉強教えてくれるような人探せる?」


「………クソッ! 勉強しておくんだった……」


「それってどういう意味かなぁ~?」


 健に話かけようとした誠実だったが、健は健で鈴にすっかり気に入られ、良い遊び道具になっていた。

 いつもは女子であっても男子であっても、クールな対応の健だが、鈴の事は苦手な様子だった。


「健も大変だな……」


「鈴ちゃん、古沢君がお気に入りなんだね」


「健がからかわれる側なんて珍しいな……もしかしたら島崎って凄いやつ?」


 テストまであと二日、時間の無い中での放課後の勉強会が幕を開けた。

 誠実はテスト以外にも、新聞の一件や綺凜の事など、誠実の頭の中には心配事が山ほどあったが、とりあえずはテストに集中しようと決意を固めて、帰宅していった。

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