93話
「だから、怒ってません! ま、全く……人の話はちゃんと聞くものですよ!」
「ほ、本当に怒って無いんですか?」
その割には、顔は真っ赤だし、いつもよりも口調が強い栞。
まぁ、本人がここまで言っているのなら、これ以上は大丈夫だろうと考え、誠実は頭を上げた。
「えっと…先輩も今帰りですか?」
「えぇ、そ…そうです。今はテスト期間ですから、生徒会も無いので」
「そうなんですか、先輩頭良いって聞きましたから、今回のテストも余裕そうですね」
「それはあなたもじゃないの? 前回のテスト、学年一位だって聞きましたよ」
「あ、いや…あれはまぐれって言うか……なんて言うか……」
好きな女子の好みに合わせる為に、必死で勉強したなんて恥ずかしくて言えない誠実。
しかも振られて終わっているため、余計に言いづらい。
「うふふ、実は知ってるんですよ。好きな人へのアピールの為に必死で勉強したんですよね?」
「な、なぜ…それを!」
「とある女子生徒から聞きました」
きっと沙耶香なんだろうなと誠実は思いながら、知っているならと素直に話し始める。
「あはは、まぁそうなんですよ……結局振られましたけど」
「でも、あなたの努力は何らかの形であなたの自信に帰って来ます。だから、無駄だったなんて思ってはだめですよ」
先ほどまでとは違い、優しい笑顔でそういう栞に誠実はなんだかほっとした。
やっぱりこの人は優しくて、いつも自分を励ましてくれる。
良い先輩だな~と思いながら、誠実は栞に言う。
「やっぱり、先輩は優しくて可愛いっすね」
「え、な…何を!?」
誠実の言葉に、元に戻っていた栞の顔がまたしてもどんどん赤くなっていく。
そんな栞に誠実は更に言葉を掛ける。
「先輩と付き合える男性は、きっと幸せですよ」
「そ、そんな……こ、ことは……」
誠実の言葉に、栞は顔を真っ赤にしたまま俯く。
「あれ? 先輩どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」
「ち、違います! せ、誠実君がまた変な事を言うから……」
「え? 俺変なこと言いました?」
「そういうところが誠実君は卑怯です!」
「え? な、どこがですか……」
栞の言葉の意味がわからず、誠実は戸惑ってしまう。
女性の心というのは難しいと考える誠実であった。
「もう、あまり女性に軽々しく、あぁ言うことを言うものではありません!」
落ち着きを取り戻した栞と共に、誠実は昇降口に向かって歩いていた。
なぜ褒めたはずなのに、自分は怒られているのだろうと疑問に思いながら、栞と共に昇降口に向かう。
「でも、俺は本当に先輩は可愛いって思ってますよ?」
「だ、だからあまりそういうことを!」
「お嬢様」
昇降口を出て誠実と栞が歩いていると、蓬清家の執事である義男がやってきた。
いつもの執事服を着て、手には白い手袋をしており、相変わらず動きに無駄がない。
「義男さん、いつもお迎えありがとうございます」
「いえいえ、お嬢様にお仕えする事が私の生きがいですから……お久しぶりですな、伊敷様」
「あ、どうも…一週間ぶりくらいで……」
なぜか誠実にだけ鋭い視線を向ける義男。
そんな義男を見て、誠実は若干距離を置く。
義男は栞に悪い虫がつかないよう、栞の周りの男性には細心の注意を向けている。
この前の出来事で、それを知った誠実は、義男の事が苦手だった。
「お嬢様、お車を校門の前に止めています。ささ、お早く…」
早く誠実から栞を引きはがしたいらしく、義男は栞を押して校門の方に向かって行く。
「え…よ、義男さんどうしたんですか? なにか急ぎのようでも?」
「はい、急がなければあの男から妊娠させられてしまいます。お早く離れてください」
「するか! 人をなんだと思ってやがる!!」
義男の言葉に思わず力強くツッコミを入れてしまう。
そんなツッコミに義男は言葉を返す。
「黙れ、思春期! 男子高校生なんて四六時中エロいことしか考えて無いだろ!」
「な……意外とその他も考えてるわ!」
「嘘をつけ! 今もお嬢様をいやらしい目で視姦しおって!」
「視姦なんてするか!」
「貴様! お嬢様が視姦する価値もない女性だと言いたいのか!」
「そうじゃねぇよ!!」
「やはり変態か!」
「あぁぁぁ! だからどうしてそうなんだよ!」
どんどんヒートアップする誠実と義男。
そんな二人の姿を見ていた栞は、笑顔で二人に向かっていう。
「お二人共……他の人に迷惑ですわよ?」
「しかし、お嬢様!」
「義男さん……わかりますね?」
「は、はい! 申し訳ございません!!」
栞は笑顔のはずなのに、その笑顔が逆に恐ろしかった。
誠実も栞の怒りのオーラを感じ、顔を強張らせながらピンと背筋を伸ばす。
「誠実君」
「は、はい!」
「では、また……」
「ど、どうぞお気をつけて!」
誠実は栞のそんな恐ろしい笑顔に、敬礼で応える。
いつもは優しい栞だが、怒ると凄く怖いと改めて誠実は感じた。
*
土曜日の朝、誠実は図書館に向かっていた。
夏の暑い日に、集中して勉強出来る場所と言えば、町の図書館だと思い誠実は自転車で目的地に向かった。
「あぁ~やっぱり涼しい~」
暑い外から涼しい図書館内に入り、最初に出た言葉がそれだった。
どんどん汗が引いていくのを感じながら、誠実は学習スペースのあいている席を探す。
「結構いるんだなぁ……」
以外と学習スペースに人が多く、席が空いているか心配になったが、無事に席を確保し、誠実は勉強を開始した。
一人の為か、いつも以上に集中して勉強が出来ていると感じながら、誠実はどんどん問題を解いて行く。
「隣、良いですか?」
「え……」
急に声を掛けられ、誠実は驚き声のした方を振り返る。
するとそこには美沙が笑顔で立っていた。
「お前! ……なんでここにいるんだよ」
思わず大きな声を出してしまった誠実だったが、直ぐに声の音量を抑え美沙に聞いた。
すると美沙は誠実の隣に座りながら、話始めた。
「私もテスト絵勉強に来たのよ、別におかしな理由じゃないでしょ? そこに偶然誠実君がいただけ」
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