第51話

「あの……もう勘弁してくれませんか?」


「もう、彼女なんて諦めたら?」


「な、何もそこまで…」


 美奈穂の言葉に、誠実の精神は最早限界だった。

 買い物に来て、ナンパされているところを助けて、まさか説教されるとは、誠実も思っていなかった。


「はぁ……でも俺、告白2回もされたし……そこまでモテないわけでも」


「2回? どういう事?」


「あ、やべ!」


 誠実は思わず口元を手で隠す。

 美沙から告白されたことを知っているの、健と武司だけであり、それ以外には誰にも話していない。

 なぜか誠実を睨みながら、説明を求めてくる美奈穂に誠実は冷や汗をかいてしまった。


「い、色々あんだよ……お前は知らなくて大丈夫な事だ」


「ふーん」


 美奈穂はドリンクバーから持ってきた、オレンジジュースを飲みながら、誠実の方をジト目で凝視する。

 別に美奈穂にこの間、美沙とあった出来事を話す必要はない。

 誠実はそう思い、食事に戻る。

 すると、美奈穂は自分のスマホを取り出し、何やら操作をし始める。

 誠実は話をそらそうと、何をしているのか、美奈穂に尋ねることにした。


「な、なにやってるんだ?」


「ん、ちょっと連絡」


「誰だ? 友達か?」


「前橋さん」


「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇ!!!」


 思いがけない人物の名前に、誠実は思わず大声を出す。

 なぜ美奈穂が沙耶香の連絡を先を知っているのか、など諸々聞きたいことは山ほどあったが、その前に何を連絡していたのか、誠実は気が気でなかった。

 もし、沙耶香以外の人間から、誠実が告白を受けていたという事実が沙耶香にバレたら、今の状況では非常にまずい。

 事態はややこしくなるし、何より沙耶香に説明をしなければならない。

 最近の紗耶香は何やら積極的というか、いつもの落ち着いた感じでは無い。

 説明をちゃんと聞いてくれるかもわからない、そんな状態で、現在の自分を取り巻く複雑な事情を話すのは極めて困難だと、誠実は考えていた。


「お、おい……一体何を連絡してるんだ?」


 誠実は襲る襲る美奈穂に内容を尋ねる。

 すると、美奈穂は面白くなさそうな表情のまま誠実に言う。


「なんかおにぃが二回も告白されたって、自慢してきましたって」


「待て! 頼むから弁解させてくれ! そしてなぜ沙耶香に連絡をした!」


「どうせ遅かれ早かれ話さなきゃいけないんだから、早い方が良いでしょ?」


「そうだけど! 俺にだって考える時間とか、心の準備ってもんが……」


「前橋さんから電話だけど、出ても良い?」


「早い! 沙耶香早いよ!!」


 連絡を受け、美奈穂のスマホに連絡を入れてきた沙耶香。

 美奈穂は誠実の意見を聞かないまま、電話に出る。


「もしもし?」


『み、美奈穂ちゃん! あのメッセージどういうこと!?』


「えっと、そのままの意味です。おにぃが昨日、また告白されたらしいです」


『だ、誰に!?』


「それは今から私が聞くので、前橋さんは月曜日にでもおにぃからじっくり聞いてください」


『あ、ちょっとま……』

 美奈穂は半ば強引に、電話を切り誠実の方を向く。

 なぜか満面の笑みのまま、美奈穂は誠実に向かって優しく言う。


「で、どうなの? 誰なの?」


「み、美奈穂……なんで怒ってる?」


「怒ってないよ? ただ、ここまで聞いたら、気になっちゃうから、全部聞きたいだけ」


「じゃあ、なんでお前の後ろに鬼が見えるんだよ……」


 誠実は美奈穂から視線を外し、冷や汗をかきながら、背筋をピンとして椅子に座っていた。

 誠実は恐怖からか、美奈穂の後ろに黒い鬼の幻覚まで見え始めていた。


「べ、別に誰だっていいだろ? 俺の問題だ、お前に話すことでも……」


「聞こえなかった? 誰なの?」


「二日前に知り合った、違うクラスの女子です」


 兄の威厳を見せてやろうと、少し強気な態度を見せた誠実だったが、美奈穂の威圧感に勝つことが出来ず、直ぐに自白する。

 なんだか、言う通りにしなければ、あとで社会的に消されてしまうのではないか? 

 などと誠実は美奈穂に恐怖を感じる。


「へ~最近知り合ったばっかりで告白してくるなんて……とんだビッ……」


「美奈穂さん! なんか口が悪いですよ!! それに、俺も急な事で良くわかってないんだって!」


 美奈穂が何かとんでもないことを言おうとしたので、誠実は慌てて大声を出し、美奈穂の言葉をかき消す。

 口は災いの元と良く言うが、今がまさにそれだと誠実は実感していた。


「もう、良いじゃないか、それに今日は買い物に来たんだし、こんな話はやめてショッピングを……」


 言いながら誠実はふと窓の外を見る。

 するとそこには、なんだか最近見たような顔があった。

 ウェーブのかかったショートボブに、茶色の髪。

 間違いなく、今話題に上がっている美沙だった。


「ん? どうかした? 外に何……」


「何もない! 何もない! お前は俺だけを見てろ!!」


 誠実は慌てて、美奈穂を自分の方に向かせ、外を見せないようにする。

 そうすると、なぜか美奈穂は顔を赤くし、少しの間フリーズする。


「な、何言ってんのよ……ば、馬鹿なんじゃ……」


 なんだかよくわからないが、窓から注意をそらせたことに誠実はホッと一安心する。

 しかし、まだ安心ばかりもしていられない。

 いつ美沙がこちらに気が付くかわからない、遭遇すれば間違いなく面倒なことになる。

 幸い、美沙の方は誠実たちに気が付いて居ない、何とか気が付く前にこの場を離れようと誠実は考える。


「み、美奈穂……もうそろそろ行こう、俺行きたい店があるんだ」


「べ、別にいいけど……その前にさっきの言葉ってどういう……」


「よし! 決まった! ほ~らさっさと行くぞー」


「あ! ちょっと何急いでるのよ!」


 誠実は美奈穂の手を引き、ファミレスでお会計を済ませ、外の様子を伺いながらファミレスの外に出る。


「……よし!」


「何が良いのよ……さっきから何か変よ?」


「いや、おにぃはいつもこんな感じだ。良いからおにぃについてきなさい」


「一体なによ……俺だけ見てろとか、ついて来いとか……そんなのまるで……」


「ヤバイ! 美奈穂あっちの雑貨店行こうぜ!」


「あ! もう、なんなのよ!」


 誠実は美沙に注意しながら、美奈穂を連れて雑貨店に入っていく。

 美奈穂は美奈穂で、誠実の急な言動に驚きながらも、美奈穂の手を取って歩く誠実の行動がうれしかった。

 手をつなぐのは少し恥ずかしかった美奈穂だが、なんだか恋人同士のようなことが出来て内心ではドキドキしていた。

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