184話



 私があの喫茶店に行った数日後、私は会社の飲み会に来ていた。

 正直来たくなんて無かった。

 しかし、上司に後日いろいろと言われるのが嫌で参加した。

 案の定、私は早く帰りたくてしょうがなかった。

 頼んでも居ないのに注がれるお酒。

 女性社員も居ると言うのに、飛び交う下ネタ。

 最悪な気分の中、私は静かに終わりの時間を待った。

 そして、ようやく時間になり、私は帰ろうとしたのだが、運悪く上司に捕まってしまった。

「木崎ちゃん、二次会いくでしょ? 二次会!」


「え……いや、私は今日はちょっと……」


「良いじゃん、良いじゃん! 行こうよ!」


 上司も相当酔っている様子で、私の肩を抱いてくる。

 正直嫌で嫌で、鳥肌が立った。

 私は上司のおじさんに肩を抱かれたまま、二次会に連行された。

 早く帰りたい……。

 もう、離れてよ! このスケベ親父!

 なんて事を思いながら、私は喫茶店近くの商店街を通って二次会の会場に向かっていた。


「木崎ちゃんは、彼氏とか居ないの~?」


「い、居ないです……」


「ダメだね~、若い内から楽しんでおかないと損だよ~、あっはっはっは!」


「あ、あはは……」


「おじさんが立候補しちゃおうかな~? な~んてね!」


 全く笑えないから勘弁してくれ!

 私はそう言いたかったが、グッと堪えた。

 やっぱりダメだ。

 そう思い、私は上司に意を決して言う。


「す、すいません……やっぱり私、今日は帰ります……」


「え! 何? 俺の酒が飲めないって言うのか!」


「い、いや……そうではないんですが……」


「じゃあ、良いから! ささ! 行こう行こう!」


「い、いや……あの……」


 強引に私を連れて行こうとする上司。

 諦めるしかないのか……。

 そう思った私の手を乗し以外の誰かが掴む。


「あの、この子帰りたいみたいですよ」


「んん? 誰だお前」


 私は振り向き、手を掴んできた人物を見る。

 そこには、あの喫茶店の店員さんが笑顔で立っていた。


「すみません、この方とこれから用がありまして。探していたんです」


「え? 何? アンタ木崎ちゃんのコレ?」


 そう言って上司は小指を立てる。

 そんな上司に、店員さんはさわやかな笑顔のまま上司に言う。


「それは彼女のプライベートの事ですから、貴方には関係ないはずですよ? 例えそれが、会社の上司であっても……じゃあ、行きましょう」


「え! あ、はい……」


 店員さんはそう言って、私の手を引いてその場を後にする。

 私は店員さんに手を引かれ、そのままあの喫茶店の前につれて行かれる。


「ここまで来れば、大丈夫ですかね?」


「あ、あの…ありがとうございました! あの人しつこくて……」


「いえいえ、出過ぎた事をしたのでは無いかと心配になりましたが、その言葉を聞いて安心しました。それじゃあ、私はこれで……」


「あ……」


 そう言って店員さんは、喫茶店の先の通りに消えていった。







「それで……その……その時から……」


「店長の事が好きになってしまったと?」


「ハッキリ言わないでよ! 本人そこに居るんだから……」


 話しを聞き、綺凜は木崎にストイレートに尋ねる。

 木崎はそんな綺凜の口を急いで塞ぎ、注意をする。

 聞かれて居ないかと、木崎が店長の方を見ると……。


「誠実君、コレ新作なんだけど、いけると思う?」


「コーヒーですか? ん……でもなんか変な匂いが……」


「なんと! コーヒーにココアパウダーを入れてみたんだよ! どうかな?」


「普通にココアとコーヒーが別で飲みたくなりました」


 新作コーヒーの研究をしている様子で、気がついていなかった。

 木崎は安心して息を吐き、綺凜の口から手をどける。


「で、その後私は会社を退社して、仕事を探して商店街に行ってたら、何回か店長に会ったのよ」


「それって、偶然を装って会いたかったからですか?」


「そ、そうよ……良いでしょ、別に……」


「お店に行けば良かったのでは?」


「それだと、お客さんとして扱われちゃうでしょ? 私は一人の女として扱われたかったのよ……」


「それで流れで、ここで働く事になって、今も店長の事を狙っていると……」


「ま、まぁ……大体そんなそんな感じ……文句ある!?」


「いえ、なんか納得しました。木崎って必要以上に店長に絡むな~って思ってたんですけど、そういう事だったんですね……」


「え?! そんなに不自然だった?」


「あ、大丈夫です、気がついてるのは私くらいだと思うので」


 綺凜は不思議だった事が納得し、笑みを浮かべて木崎を見る。


「な、何?」


 木崎は顔を赤くしながら、綺凜に尋ねる。


「告白しないんですか?」


「な、そ…そんなの……出来ない……」


「お似合いだと思いますよ?」


「だ、だって……店長は私の事なんて何も思ってないと思うし……」


 木崎はいつもとは違い、顔を赤く染めモジモジしながらそう言う。

 恋をしている人は、こんな顔をするものなのかと、綺凜は思った。

 心なしか、店長の話をしている時の木崎は。いつも以上に可愛らしく見えた。


「うふふ、私応援しますよ、木崎さんの事」


「本当!」


「はい、私に出来る事ならですけど……」


 そう綺凜が木崎に言った瞬間、店のカウンターで誠実が言った。


「そう言えば店長って、恋人とか居ないんですか?」


「あはは、恥ずかしい話しだけど、今そう言うひとは居なくてね。親からも見合いを進められて、今度の日曜日にお見合いなんだよ。ほら、臨時休業にしておいたろ?」


「そう言えばそうでしたね。俺はてっきり恋人でもいるのかと勝手に思ってましたよ」


「居ない居ない、僕ももう31だし、街コンとかにも行ってみようかなって」


「店長なら直ぐに彼女出来ますよ」


 話しは綺凜達の方にも聞こえて来ていた。

 木崎は綺凜の手をガッと握り、早速相談をする。


「綺凜ちゃん……どうしよう……」


 焦る木崎を見て綺凜は思わず苦笑いをする。

 協力するのは今から直ぐになりそうだと感じる、綺凜であった。

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