240話

「え、えっと……」


「もしかして……迷惑……かな?」


「い、いやそんなことはないよ!」


 寂しそうな表情を浮かべる沙耶香を見て、誠実は思わずそんなことを言ってしまう。

 更に断りずらい状況になってしまい、誠実がどうしようかと悩んでいると教室のドアの影から武司と健がジェスチャーで何かを訴えている。


(なんだあいつら……行けってことか?)


 必死に何かを表現している二人だが、誠実には何の事かさっぱりわからない。


「だ、ダメ……かな?」


「あ、いや……その……」


 結局誠実は沙耶香の押しに負けてしまい、一緒に勉強することになってしまった。

 しか二人きりという状況で……。


「な、なんか誠実君と二人なんて……久しぶりな気がする……」


「そ、そうかな?」


 なかなか会話が弾まない。

 誠実はいまだに沙耶香を振った事を引きづっていた。

 どう接していいかもわからない、いままで通りで良いのだろうか?

 そんな事をずっと考えていた。


「そういえばご飯どうする?」


「あぁ、そういえばそうだな……どこかで食べて行ってもいいけど……」


「あ、じゃぁ……私が作ってあげようか?」


「え、沙耶香が? そんなの悪いよ」


「いいの! いいの! 私もその……アピールしておきたいし……」


「あ……そ、そっか……」


 沙耶香のそんな積極的な言葉に、誠実はそれ以上何も言えなかった。

 

「じゃ、じゃあ頼むよ」


「う、うん!」


 誠実は沙耶香に昼食を頼むことにし、沙耶香の家に向かった。

 沙耶香の自宅は学校から電車で一駅離れた住宅地にあった。

 中々に大きな家に、誠実は少し驚いていしまった。


「さ、沙耶香のお父さんって何してる人?」


「ん? 医者だよ?」


「あぁ、なるほど……」


 どうりでこんな立派な家なんだと思いながら、誠実は沙耶香の家に入る。

 中も玄関先から広かった、誠実の家のように一般的な大きさではなく、玄関先だけでリビングくらいの広さがあるのではないかというほどの広さだった。


「お、お邪魔します」


「大丈夫だよ、今はその……わ、私しかいないから……」


「え!?」


 誠実はてっきり家に沙耶香の家の誰かが居るものだと思っていた。

 まさか二人きりだとは思わず、誠実は急に緊張してきてしまった。


「お、お邪魔します……」


「じゃあ、とりあえずリビングに……」


 誠実は沙耶香に言われる通りにリビングに通され、ソファーに座って待つように言われてしまった。


「簡単な物だけど、直ぐに出来るから待ってて!」


「あ、あぁ……俺も何か手伝おうか?」


「大丈夫だよ! これでは私は料理部の部長ってわぁぁ!!」


「沙耶香!?」


 誠実が沙耶香にそんな質問をした矢先、沙耶香は持っていた卵を落としそうになってしまった。

 本当に大丈夫だろうかと誠実は心配になり、ソファーから立ちあがってキッチンに向かった。


「本当に手伝うぞ? 俺も沙耶香から教えてもらって多少は出来るし……」


「う、うん……じゃ、じゃぁ玉ねぎ切ってもらえるかな?」


「おう、任せろ」


 誠実はそう言うと、手を洗って玉ねぎを切り始めた。

 沙耶香の家のキッチンは二人居ても圧迫感を感じない、広々としたキッチンだった。

 こうやって沙耶香と料理をするのは久しぶりだなと誠実は考えながら、玉ねぎを切っていく。


「そういえば、沙耶香のお母さんは何をしてるんだ?」


「うちのお母さんは料理研究家だよ、いつもは家に居るんだけど、今日はたまたまい居なくて……」


「へぇ~だからこんなに道具もそろってるのか……包丁なんてこんなに……」


「うん……まぁ、包丁は主にお父さんを脅すのに使ってるけど……」


「え……」


 思いがけない返答に、誠実の手は一瞬止まってしまった。

 この話にはこれ以上触れてはいけないような気がした誠実は、話を変えようと沙耶香の姉について尋ねる。


「そ、そういえば沙耶香ってお姉さん居たよな? 確か大学生とか?」


「うん、でも今日は友達の家に泊りに行くって、今朝から出かけちゃって」


「そうなんだ、姉妹仲は良いのか?」


「良い方だと思うよ? お姉ちゃん、たまに強引だけど……」


「何が?」


 どうやらお姉さんと沙耶香の性格はあまり似ていないらしい。

 なんてことを考えている間に、食材を切り終えた二人。

 昼食はチャーハンにするらしく、あとは沙耶香に炒めてもらうだけになった。


「沙耶香が料理好きなのって、お母さんの影響か?」


「それもあるけど……ほとんどは私の興味だよ、昔から道具や食材が身近にあったから」


「なるほどな……通りで高校生の割に料理が上手いわけだ」


「誠実君もかなり上達したじゃない」


「いや、上達して思ったよ、多分俺と沙耶香じゃ根本的な技能に大きな差があるんだって……簡単そうに見えても料理って難しいもんな」


 誠実がそう言うと、沙耶香は頬を赤く染めた。

 その言葉が嬉しかったのか、沙耶香は口元を思わず緩める。


「誠実君は……料理が上手な女の子って……好き?」


「え? あ、あぁ……まぁ……その……好きだぞ」


「そっか、じゃあこれからも私頑張るね」


「お、おう……」


 沙耶香から好きと聞かれると、誠実の心はドキっとした。

 好きと言うワードに最近誠実は敏感になってきていた。

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