139話
『そ、その代わり! 条件があります!!』
「えっと……無にかな?」
急に声の音量を上げる沙耶香に驚きながら、沙耶香に尋ねる。
『う、海で……私と二人っきりの時間を作ること!』
電話越しでも沙耶香の声が震えている事がわかるほど、沙耶香は緊張していた。
誠実はそんな沙耶香の条件を断るわけにはいかないと考え、すぐさま了解する。
「うん、わかった。じゃあ、また今度連絡するよ」
『う、うん……ねぇ、誠実君……』
「ん?」
『私の事……好き?』
「え……それは…」
『ご、ごめん! やっぱり無し! じゃあまたね!』
そう言われて、沙耶香からの電話は切れてしまった。
誠実はため息を一つ吐き、綺凜の方を振り返る。
「という訳で、日程は後日お伝えします」
笑顔でそう告げる誠実に、綺凜は未だに不安そうな表情で尋ねる。
「私はいかないわよ、その方が空気も悪くならないし…」
「美沙に言っちまったし、それに前に一緒にカラオケ行ったんでしょ? なら大丈夫だよ」
「伊敷君がそう思っても、他の人はそうは思わないわよ」
悲しげな表情で言葉を続ける綺凜に、誠実は笑顔で言う。
「俺、自分の友人には自身があってさ……皆良い奴なんだよ……だから、大丈夫。それに……俺は山瀬さんともっと仲良くなりたい、ちゃんと友達になりたい、だから行こうよ」
誠実が綺凜を海に誘った理由、それは夏休み前の駿の一件で元気が無いであろう綺凜を元気づける為というのもあるが、誠実にはもう一つ理由があった。
それは、これまでの綺凜への気持ちを改める為と美沙と沙耶香の気持ちに返事をするためでもあった。
綺凜とは、本当の意味で良い友人になる為に。
沙耶香と美沙には、今の自分の気持ちを伝える為に。
誠実はだからこそ、綺凜と美沙を海に誘ったのだ。
「それに、美沙にもう電話しちゃったし、あいつの事だから、無理矢理でも山瀬さん連れて来るだろうし」
「そこまで考えてたの?」
「まぁね、それに美沙を連れて行かなかったら、後で色々うるさそうだし……」
「それが本音っぽいわね」
「ま、そういうわけでまた連絡するよ」
笑顔でそう言いながらスマホを持つ手をひらひらと振ってくる誠実に、綺凜は思わず笑顔で答える。
「わかったわ」
「じゃ、俺はここら辺で!」
気がつくと、誠実達は綺凜の住むマンションの直ぐ近くまで来ていた。
誠実は綺凜に別れを告げ、自分の家に帰って行った。
一人になった綺凜は、自分のスマホを操作し、今日追加された人物の名前を呟く。
「伊敷君……何を考えてるのか……」
バイト先が一緒になると言う事で交換した連作先だったが、早速バイト以外の用件でこの連絡先が必要になってしまった。
綺凜はとりあえずマンションの自分の部屋に戻って行く。
*
翌日、誠実は武司と健と共にファミレスに来ていた。
「お前はアホか」
「武司、馬鹿と言った方が合っていると思うが?」
「いきなり失礼だな、お前らは……」
なぜファミレスに集まって居るのか、それは海に行く準備の為に誠実が男性陣の予定を聞いて電話掛けていた時に、健が言った一言がきっかけだった。
「お前ら、海パンある?」
よくよく考えて見れば、誠実も健も武司も学校指定以外で持っている海パンはあるが、どれもサイズが小さくなってしまっており、とても着られるような物では無かった。
健のその一言により、三人は海パンを買いにいき、その帰りにこのファミレスに寄ったのだ。
「んで、話し戻すけど、笹原と山瀬を誘ったってとこだったな……なんで誘ったんだよ、修羅場になるだろうが」
「いや、でもそのメンツでカラオケとか行った事あるらしいし……」
「マジか! 健知ってた?」
「いや、興味無い」
「お前は感心持てよ! 楽しい楽しい旅行なのに、誠実が後ろから刺されるかもしれないんだぞ!」
「なんでそうなるんだよ……」
ドリンクバーの飲み物を飲みながら、誠実と健は武司に短く答える。
「皆良い奴だし大丈夫だって、それに……俺は海で色々と自分の気持ちに蹴りを付けたいんだよ」
「にしても……う~ん……山瀬は良いにしても……笹原と沙耶香がなぁ……」
「良いじゃないか? 別にどっちとも付き合ってる訳じゃないし」
「俺が言いたいのはそう言う事じゃないんだよ! なんか……なんか……誠実のハーレム状態になるんじゃないかって不安なんだよ!!」
「何を言い出すかと思えば……」
「アホだな……」
涙目になりながら訴える武司に、やはり誠実と健は呆れた様子で答える。
「他にも女子は居るだろ? それに現地にだって」
「最近モテるお前にはわかんねーんだよ! モテない男の悲しみが!」
「モテても良いことなんてないぞ」
「黙れイケメンドルオタ野郎」
一通り言い終え、武司はドリンクを飲んで一息入れる。
「誠実なりに考えがあるんだろ? ならいいじゃねーか」
「健……」
「まぁ…確かに誰が行こうと構わねーけど……」
「誠実なりに気持ちの整理をしたいんだろう、それに言い出しっぺは誠実と前橋だ、二人が許可してるんなら、誘われた俺たちは何も言えない」
スマホを操作しながら、健は相変わらずの無表情で武司にそう言うと、立ち上がった。
「じゃ、俺は今からバイトだから」
「お、おう」
「またな」
健はそう言って誠実と武司を残して店を出た。
「はぁ~、一応心配して言ってるんだからな……」
「あぁ、それはわかるよ。でも、友達を遊びに誘うのは普通だろ?」
誠実の言う友達が綺凜であることに武司は気がついていた。
「たく……そんなに好きだったのかよ……」
武司はそう言って荷物を持って立ち上がる。
「何か困ったら手助けくらいしてやるよ……じゃぁな……」
そう言って武司も店を出ようと席を立った瞬間、誠実は勢いよく立ち上がった。
「武司!」
「何だよ、まだ何かあんのか?」
「健……金払っていってねぇ……」
「あのやろぉぉぉ!」
「そう言って追いかけるふりして自分も逃げようとすんな!! 自分の分払えコラぁぁ!!」
誠実は机の上の伝票をもって武司を怒鳴る。
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