支配王ニールセン

 とても強い衝撃波が襲い、全ての窓ガラスが割れた。

 俺はスコルを庇って外の状況を注視した。いったい、何が起きたんだ。



「……ラスティさん、こ、怖いです」

「大丈夫だ、俺が守ってやる」



 スコルの小さな体を支えていると、突然視界が切り替わった。



「ラスティ様、緊急事態につきお許しを」

「エドゥ……いつの間に! てか、テレポートしてくれたのか」


「ええ。上空に、ですけどね」



 よく見ると眼下に街が広がっていた。

 うわぁ、怖っ!

 ていうか、落下しているし。


 どうしてこんな場所にテレポートを?



「このままだと死ぬぞ。エドゥ、別の場所に移してくれ。他の仲間も避難させるんだ」

「承知しております。ですが――あっ! ラスティ様、どうかこの上空にてヤツを止めてください」


「ヤツ!?」



 落下しながら周囲を見渡すと、エドゥが指さした。

 その方向に視線を向けると……そこに人影があった。



 あれは……なんだ?



 禍々しい“黒い煙”が飛翔していた。

 恐ろしい程の魔力を纏わせ、こちらへ猛接近してくる。


 魔力の塊?

 いや、違う。



 あれは……まさか!!!




『――、――――、――』




 黒い塊はやがて空を覆い、渦を形成した。……まて、まてまて。これはいくらなんでも、普通じゃない。異常で異端だ。



「こ、怖い……怖くて寒いです」



 ガタガタと震えるスコルは、小さくなって俺に縋った。あの黒い塊の影響か。



「スコル……俺に掴まってろ」

「……はい」



 俺はスコルの腰に腕を回し、しっかりと掴んだ。この腕を絶対に離さない。



「ラスティ様、テレポートを繰り返します」

「分かった」



 エドゥは何度も上空でテレポートを続けた。あの黒い塊が追ってくるんだ。



『――、――――、――』



 またか。またこの不気味な声。

 まるで不死者ゾンビの断末魔。

 恐ろしいまでの“怒り”を感じる。



 ヤツは黒いモノを放ち、街を次々に破壊していく。くそっ、ついでみたいにやりやがって。



 しかし、この異常な魔力。

 やはり、そうなのか。



 わざわざ単独でグラズノフ共和国に乗り込んできたのか。



『クク……。ククハハハハ……フハハハハハハハハハハハハハハ!!』



 全域に響き渡らせるような嘲笑。

 この男の声。

 多分そうなのだろう。




「ニールセンか!!」


『……ようやく気付いたか、ラスティ』


「俺の名を!?」


『知っているとも。お前は、ドヴォルザーク帝国の……偽の第三皇子……! 私の居場所を奪った憎き男だ』


「復讐しに来たのか!」


『いや、私にもう復讐する気はない。逆に感謝しているくらいさ』

「どういう意味だ」


『どん底と思われていた我が人生だったが、今やこうして世界を手中に収めようとしている。もし、もしドヴォルザーク帝国の第三皇子だったのなら、こうはいかなかった。

 どのみち兄たちが王位に立っていただろう。……あの裏切者の兄共がな! だが、真の王たるはこの私だ』



 ついに黒い渦を解放して姿を現すニールセン。


 歳は俺と同い年だろうか。

 長い金の髪を揺らし、赤い瞳でこちらを睨む。


 賢者のような服に身を包み、どこか荘厳だ。


 ……コイツが、ニールセン。



「あの方がニールセンなのですね」

「そうらしいよ、スコル。ヤツが世界を揺るがしている張本人だ」



 ここで倒してやる。

 そうすれば戦争なんて止まる。


 全てを終わらせてやるんだ。

 俺がな。



「さて、どうしてやろうかな……ラスティ」

「王自ら出てくるとはな、支配王とか言って、結構アホなんじゃないか?」


「ふん、王とは自ら前に出なければ部下がついてこないものなのだよ。かつて古代には征服王がいた。ま、私は伝説の男を踏襲しているのだがね」


「それがどうした」


「まだ気づかぬか、愚か者め。その者こそ『ドヴォルザーク』よ。近年、世界聖書では“魔王”と蔑まれ恐れられているが、その存在も潰えた。

 ラスティ、貴様の力によってな。だが、魔王は滅びぬ! この私が再び世界を支配するのだから」



「お前、どうしてそれを!」

「フフフフフ、フハハハハハハハ……!!! これを見ろ、ラスティ!!」



 ヤツの手には『本』があった。


 それは不思議な力で浮かび上がり、膨大な魔力を放出した。



 あ、あれまさか……!!



「ラスティ様、あれは本物の『世界聖書』で間違いありません!!」



 ニールセンが持っていたのか!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る