世界ギルド

「お父様、わたくしとラスティ様の関係を認めてくれますか?」


 泣きわめくゲルンスハイム帝領伯に対し、ストレルカは是非を問う。けれど、帝領伯は表情を怒りに変えて激昂。怒り狂った。


「それはこれとは別だ!! ストレルカ、お前と元第三皇子の交際は断じて認めん!! それに、この事が聖騎士ヨハネス殿の耳に入ったら、一大事!」



 すっかり忘れていたが、ストレルカは強引に聖騎士ヨハネスと婚約を交わされていたんだっけな。あれを機に俺たちの仲間になったんだったな。

 そもそも、ヨハネスはどうしているんだかな。最後が思い出せないけど――まあいいか。


 食ったパンの数なんていちいち覚えちゃいない。



「もうヨハネスさんとは婚約を破棄しました。といいますか、わたくしは彼のような方は好みではないと何度も言っていますよね、お父様」


「何を言っている、ストレルカ! 聖騎士ヨハネス殿は、ハンサムで体型もスリム。財力、権力や地位も十分。女性人気も高いと聞くぞ……ただ、浮気の噂は耳にするが、それくらい何だ! 聖騎士との結婚は、この帝国ではブームとなっているくらいなのだぞ。よもや取り合い……ヨハネス殿を取り逃せば我が家の地位は失墜するぞ」


 聖騎士との結婚が流行り?

 それは初耳だな。

 そのブームに乗っかって、ゲルンスハイム帝領伯はストレルカとヨハネスの婚約を強引に交わした――ってわけか。


 って、おい。


 ストレルカの気持ちを完全に無視してるじゃないか。これは俺が何とかしてやろうと腕を捲ったその時だった――。



「お父様!! 容姿だとか財力だとか権力だとか地位だとか……わたくしは、それだけで判断したくない。外見だけでなく内面も大切なんです。それに、わたくしにも意思があります。自分のことは自分自身で決めたいですし、それが将来を約束する相手なら尚更です。だから……」


「そうか、なら家を出ていけ! お前の顔など二度と見たくない」



 そう勘当を言い渡すゲルンスハイム帝領伯。呆然と立ち尽くすストレルカは、次第に震えて涙を零す。いきなりシリアスになりすぎだろ。


 あー…、もう俺はこういう空気が苦手なんだよな。


 こうなっては仕方ない。

 ストレルカを放置するわけにもいかないので、俺は彼女の肩に手を置いた。


「ストレルカ、安心しろ。俺がついているから」

「……ラスティ様、うわぁぁぁん」

「お、おお……よしよし」


 まさか抱きつかれて大泣きされるとは。

 そんな中で母親が向かってきた。ストレルカとそっくりだな。青い髪とか落ち着きのある美貌とか。


「ラスティさん、その子をどうかよろしくお願いします」


 おや、母親はまともっぽいな。

 こんな丁寧に頭を下げるなんて。


「分かりました。ストレルカはお任せください」


 母親は、ゲルンスハイム帝領伯を追い駆けて行ってしまった。入れ替わるようにスコルが現れ――何事かと焦っていた。



「あ、あの……ラスティさん。それにストレルカさん!? ちょ、な、なんで抱き合って……むぅ!!」


「ふ、膨れるなって。これには海よりも深い理由が……」

「海よりも深い理由?」


 俺は、さっきあった出来事をスコルに事細かく説明した。すると、スコルは複雑そうな顔をして溜息を吐いた。


「厳しい人なんですね、お父さん」

「まあ、家の問題だからな。ストレルカには、なるべく帝国で貴賤結婚して欲しいってことかね」


「貴賤結婚って?」


「身分の高い人と低い人が結婚することだよ。ストレルカは、帝領伯令嬢だから……まあ、低い地位ではないけど、帝国は『聖騎士』が特権階級だからね。聖騎士との結婚ブームが来ているのも、このせいだろうな」


「そ、そうなんですね。貴賤結婚かぁ……わたしもそうなるのかな」


 ぼそっとスコルはつぶやく。


「ん?」

「な、なんでもありません! そ、それよりも抱き合い過ぎです!」

「スコル、妬いてるのか?」


「は、はぁ!? ラスティさん、なんでこういう時ばかり、そんな風に言うんですか!! や、妬いてなんていませんよ!! これっぽっちも!! ちっとも!!」


 顔を真っ赤にし、感情を爆発させるスコル。口元がぷるぷる震え、やや涙目。やべ、スコルの地雷を踏んだらしい。


「すまんすまん。それより、この家を出ないといけないらしい。ストレルカ、行こうか」

「……はい。わたくしは、ラスティ様についていきます」



 * * *



 ストレルカの屋敷を出て、再びドヴォルザーク帝国の街へ。歩いて向かうと広すぎるほどの大通り。五十人以上は余裕で横並びできる幅だ。

 そこに多くの人種が行き交っていた。どこまでも雑踏が続き、露店も多く並んでいた。大抵の冒険者はこの通称・露店街を利用するらしい。


「すごい活気ですね、ラスティさん。これがドヴォルザーク帝国なのですね」

「そうだな。俺もちょくちょく顔を出していたけど、また一段と人が増えた気がする」


 恐らく、連合国が崩壊したせいで移民が増えているのだろうな。エルフやドワーフを基本とし、見た事のない亜人や獣人も多い。


 俺が追放されてから経済が傾いたとはいえ、やっぱり帝国は凄いな。……って、感心してる場合ではないな。俺の目的はただひとつ。


 この帝国で我が島への移住者を募る。


 だけど、どうやって募集を出そうか。


 頭をフル回転させていると、通りかかった冒険者パーティの会話が聞こえた。


「――でよ、ギルドで美少女の仲間が入ったわけ!」

「ええ、まじぃ!? 最近、ニールセンからの移民が増えたし、可愛い子も多いよな」

「ちがいねぇ! もっと女を増やしてハーレムギルドでも作ろうぜ」

「名案! 先取されない内に女冒険者を集めまくろう」


 冒険者はニヤニヤ笑い、去っていく。

 ……なるほど『ギルド』か。

 ていうか、さっきのヤツ等、ゲスいな。


 けど、元連合国ニールセンからの移住がやっぱり増えているんだ。



「ラスティ様、これだけ人が多いと難しいですね」



 周囲を見渡し、ストレルカは焦っていた。だけど、大丈夫だ。たった今、俺は策を思いついたのだ。


「安心しろ。ギルドを使おうと思う」

「ギルドですか? あの『世界ギルド』をご利用なされるのですね」


 隣のスコルが「?」と首を傾げた。


「あの、その『世界ギルド』とはなんですか?」

「では、わたくしが教えましょう」


 スチャッと眼鏡を掛けるストレルカ。どこから取り出した!?



 世界ギルド。

 それは、帝国と共和国を拠点とする巨大組織。どのような冒険者も歓迎し、転職やクエスト情報、アイテム情報からダンジョン情報……モンスター情報やら銀行まで取り扱っている専門のギルド。


 中には『ギルド職員』と呼ばれる存在が百名以上所属していており、案内してくれるようだ。



 ――と、ストレルカが説明してくれた。なるほどねぇ、皇子生活が長かった俺からしても新鮮な情報だ。本で知識だけはあったけど、改めて聞くと凄いな。



 となれば善は急げ。

 世界ギルドへ向かってみよう。

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