帝領伯のお屋敷
――準備完了。
いよいよ出発だ。
予定通り、俺、スコル、ストレルカの三人。大広間に集まり、ルドミラ達に見守られながらエドゥのテレポートを待つ。
「では、行ってくる。ルドミラ、エドゥ、テオドール……そしてハヴァマール、島を頼む」
四人とも不安気に俺を見つめる。なんでそんな余裕のない顔なんだか。どうせなら、笑って見送って欲しいものだがな。
「あ、兄上……」
「心配すんな。ちょっと帝国を見て回ってくるだけだ。直ぐ戻る」
「うん。絶対に戻ってくるのだぞ」
「約束する」
手を振って別れ、ついにテレポートが開始した。
* * *
二千年以上の歴史を誇る『ドヴォルザーク帝国』は、あまりに広大。ルサルカ大陸の三分の一が帝国の領土。残る範囲が『グラズノフ共和国』や小国だ。
二つの国家は領土を巡り長い間、戦争を続けていた。
けれど、突如現れた魔王によって戦況は大きく変化。甚大な被害を受けた帝国と共和国は、一時的に共闘。オラトリオ大陸に位置する『エルフの国ボロディン』にいる大神官アルミダを頼り、勇者ルドミラを迎えた。
勇者の活躍により、魔王軍は一気に傾いたのだが――。
「――帝国の歴史は以上ですわね」
俺の頭を優しく撫でるストレルカ。今、俺はなぜか膝枕されていた。どうしてこうなった……?
さかのぼること、一時間前。
エドゥのテレポートでドヴォルザーク帝国に到着早々――
なんで噴水の中に出るんだよぉ!
もしかしたら、クソ兄貴も強制テレポートを食らって、こんな目に遭っていたんだろうか。
おかげで風邪を引いてしまうところだ。そんなわけで、ストレルカのお屋敷に招待され――風呂というか大浴場を借りたわけだ。
「帝国の話をしてくれてありがとう。俺は、どうも帝国に関心がなくって、その辺りの知識が
「これくらいお安い御用です。それより、スコルさんですが」
スコルは今、入浴中で戻ってこない。この流れからして、ストレルカもずぶ濡れのはずだが……彼女は特別だった。
なぜなら『大精霊オケアノス』と契約を交わしているからだ。だから、ストレルカ自身も“水属性”となり、雨だろうが海だろうが服は濡れないし、海なんか海底を歩けるらしい。
ただし、魔力は使うようで長時間は無理のようだけど。それでも便利に変わりはない。なんだか羨ましいな。
その効果のおかげで、ストレルカは着替える必要はなかったわけだ。
俺は先にスコルを風呂へ行かせようとしたが、彼女が拒否した。俺の体の方が大切だからと聞かなかった。
いやいやいや、スコルの体の方が大切だ。だから俺は必死に説得したが――スコルは頑なに俺を優先させた。
で、その結果がこれだ。
見られたら殺されるかもな……。
「ああ、スコルが戻ってきたら街へ戻るか」
「それなのですが、今日はわたくしのお屋敷で過ごしませんか? というより、お父様とお母様に紹介したいんです」
「ストレルカの両親に? でも、俺はもう皇子ではないよ。ただの島の主だ」
「皇子であろうとなかろうと関係ありません。それに、島はいずれ国となるのですから、一国の王様ですよ。そんな王様をご紹介できるのですから、両親も光栄でしょう」
そんな大層なものではないけどなぁ。
でも、普段お世話になっているし……少し会っておくか。なんて思っていると、大広間の扉が開き――ストレルカの両親らしき男性と女性が入ってきた。
「ストレルカ! 帝国に戻って来たか!!」
「この馬鹿娘!! 今までどこに行っていたのです!!」
いかにも貴族な格好をした爽やかなイケメンの男。それと煌びやかなドレスを着る女性。二人とも若っ。
両親は、ストレルカの前に立って早々――彼女の体を羽交い絞めして、往復ビンタを食わせていた。
「ひぃぃいっ!! 痛い、痛いですわ!!」
「ス、ストレルカ!?」
なんて親だよ。
実の娘に容赦なしかよ!!
「まったく、お前というヤツは商船と取引アイテムを横領しおって!! 大事件になっていたんだぞ!!」
バシバシバシバシバシ……と、ビンタが続く。
こんなの暴行じゃないか。
見過ごすなんて俺にはできない。
俺は居ても立っても居られず、父親の腕を掴んだ。
「やめてください、ストレルカのお父さん」
「貴様、何者だ! 私は『ゲルンスハイム帝領伯』だぞ! 気安く触れ……あれ。君の顔、どこかで……」
俺の顔を見て顔色を変えるゲルンスハイム帝領伯。どんどん青くなっていき、ついにストレルカの手を離すと――土下座した。
「ここここ、これは! 第三皇子のラスティ・ヴァーミリオン殿下!! 娘の前でなんて恥さらしを……死んで詫びます」
「死ななくていいし、俺はもう第三皇子ではない。王位継承権もないし」
「……え? そうなのですか? って、なら、ただの平民ではないか!!」
もう、直ぐ態度変える~。
これだから貴族ってヤツぁ。
だけど、我慢だ。
「お父様、止めて下さい。彼は第三皇子ではありませんが、ある島国の王様です! ラスティ様は、わたくしを助けてくれたんですよ」
「な、なんだと……しかしだな」
「わたくしの人生は、ラスティ様に捧げる覚悟です。もし勘当なされるなら、どうぞ」
「なッ! 船もろくに操作できず、船長でもないくせにお前というヤツは!!」
またビンタが飛んでこようとしていたが、俺が止めた。
「お義父さん、それ以上の暴力は俺が許さんのですよ」
「誰がお義父さんじゃ!! ラスティ、貴様はもう第三皇子でもないのなら、関係のないお前は家庭の事情に突っ込まんでくれ! めざわりだ!!」
「関係はおおありだ。ストレルカは、俺の大切な仲間。あの島には、彼女の力が必要なんです。船の操縦も完璧だし、水だって常に綺麗にしてくれている。海が穏やかなのもストレルカのおかげだ。なぜそれを認めない! つーか、お義父さんが認めなくとも、この俺が認める!!」
おや? 一気に言い返したら、帝領伯が言葉に詰まっていた。次第に汗を流し――ついに泣き出した!?
「ぐっ……ぐおおぉぉぉぉぉおぉおおん……!!」
「えええッ!?」
「ストレルカがそんなにも人の役に立っていたとは……お父さんは嬉しいぞおぉぉぉぉぉおおうおうおうおう……」
怒ったり泣いたり、この人、実は情緒不安定なのか?
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