聖者トルクァート

 港付近から歩いてユーモレスク宮殿へ。

 宮殿周辺にオークの被害らしきものは、まったく見られなかった。

 警備が厳重とはいえ、ここまで無傷とは違和感がある。


 少し進むと女性のエルフ兵が立ちはだかった。


「お前たち、ここは立ち入り禁止だ」

「俺は島国ラルゴのラスティ・ヴァーミリオン。聖者トルクァートに挨拶に来た。オークの件も含めてな」

「……ラ、ラルゴの主様でしたか。これは失礼を」


 エルフ兵は、道を空けてくれた。

 俺たちはそのままユーモレスク宮殿へ入った。


 通路を進んでいき、中庭に入った。

 ここは懐かしい。

 ガキの頃の俺や兄貴たち、そしてスコルと戯れた思い出の場所。

 特にスコルとの思い出は多い。


 そんな中庭に誰か背を向けて立っていた。


 ……あれは?


 その人物はこちらに振り向き――微笑んだ。


 白髪のエルフ……。しかし歳は若いように見える。二十代か……いや、それは人間から見ての話し。エルフの実際の歳なんて分からない。長寿命だから百歳を超えていてもおかしくはない。


「ようこそ、ラスティさん。いつ来るかと身構えていました」

「あなたが聖者トルクァートか?」

「いかにも。大神官アルミダの後を継ぎ、私はこのエルフの国ボロディンの聖者となりました。現在は“法王”とも呼ばれております」

「それは分かった。で、外のことはどう思っているんだ?」

「外のこと? ああ、オークですね」

「そうだ。そのオーク共がエルフを襲っているんだぞ! このままでは国はメチャクチャになるぞ」


 俺は必死に訴えかけるか、トルクァートは不気味にも微笑んだ。……コイツ!


「それは大変です。ですが、生き残れないのならボロディンに必要のない者。そう、自然淘汰なのですよ」


 まるで弱者はゴミ同然だと言いたげな視線と口調だった。俺は怒りがこみ上げ、今にも感情が爆発しそうになった。

 けれど、スコルが止めてきた。

 ……そうだな、ここは抑えて。


 だが、セインが声を荒げてしまった。


「聖者トルクァート様! 我が名はセイン。現在は島国ラルゴの騎士をしています。ですが、ボロディンの出身であり、故郷はこの国。同胞が……民が苦しんでいるのですよ! なぜ助けないのですか!」


「セインとか言ったな。お前はエルフではない。ハーフエルフだ。そんな中途半端な存在が私に意見するなどおこがましい。ここは混血が立ち入って良い場所ではない。聖域から出ていけ……!」


 衛兵がセインを取り囲み、連行していく。



「セイン!!」

「……すみません、ラスティ様。僕は外で待っています。後は……お願いします」

「分かった。こっちは任せろ」



 ちくしょう……今度は差別とはな。

 このトルクァートってヤツはトップに相応しくない。俺はそう感じた。


「トルクァート、さっきセインが言った通りだ。オークが攻めてきているんだぞ。このユーモレスク宮殿だってきっと危ない!」

「知りませんね。弱者は放っておけばよろしいのですよ」

「ふざけんな! 民あってこその国だろうが!」

「強者だけが残れば、強い国が出来上がる。それがなぜ分からないのです?」


 首をかしげるトルクァート。コイツ、本気で言っているのか。だとすれば、全て間違っている。

 こんなのが聖者を名乗り、ボロディンを救うでもなく、ただこの中庭でのんびり過ごしているとか……トップの器ではない。


「あの、ラスティさん……。このままでは」

「分かってる。スコルからも言ってくれないか」

「そうしますね、もう我慢なりません」


 前へ出るスコルは、トルクァートをにらむように見つめた。


「これはこれは聖女スコル様。お久しぶりですね」

「エルフを助けてください! そしてオークと戦ってください。お願いですから……」

「聖女様のお願いであろうとも、それは聞けません」

「なぜ!」

「この国は私のモノ・・・・です。なので、ボロディンをどうしようと私の勝手。滅亡するのであれば、それも運命なのです」

「そんな酷い! どうしてそんなことばかり言うんですか!」


 さすがのスコルも怒っていた。

 これほど叫ぶように訴えかけるスコルを見るのは初めてだ。


「いいですか、弱ければ死に、強ければ生きる……弱肉強食なのです。それが真理でしょう。そう、弱者はこの世に不要。消え去るべきなのです!」


「…………」


 スコルは、静かにてのひらをトルクァートに向けた。ま、まさか……!?

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