エルフの国・ボロディン

 顔を真っ赤にし、がくがく、ぶるぶる震えているスコル。さっき、俺の事を『旦那』とか紹介してから、壊れた人形のようになっていた。動揺しすぎだろ……!



「ち、誓いのキスをしましょうか、ラスティさん」

「お、落ち着けってスコル! ここは式場じゃないっ」



 俺もパニくってスコルの肩に手を置いていた。って、これじゃあ、本当にキスするみたいじゃないか。



 ――いや、冷静になれ俺。



 とにかく、誤解は解けたようだし……エルフ達の敵意もなくなっていた。船への攻撃も止み、ストレルカとハヴァマールの方も無事のようだ。とりあえず、入国できた――のかな。


 改めて周囲を見渡すと、エルフ達がやや怪訝けげんな顔でこちらを見ていた。……アレ。



「なんか距離感おかしくね?」「そうだよな、旦那って割にはラブ度が足りねえ」「本当に愛し合っているのか!?」「偽装結婚……!?」「偽物の愛?」「まさか!!」「怪しいぞ、抱き合うくらいしてみろ!」



 あわわわ……疑いの眼差しが向けられている。今までスコルが行方不明だったんだ。疑心暗鬼におちいるのか。ここを乗り切らないと、いつまで経っても敵認定か。それは困る。


 心を決めた俺は、スコルを抱き寄せた。ぎゅぅっと抱きしめ、他のエルフに聞こえるように『愛している!!』と叫ぶ。これでどうだっ!



「……(チラッ)」



 群衆の反応を見てみると――



「なんだ、やっぱりそういう仲なのか」「あの感じだと結婚は本当らしいな」「ちぇー、ワンチャン無かったかぁ」「さすがに祝福するしかないな」「スコル様の幸せを願おうではないか」「うむうむ」



 ――ふぅ、今度こそ乗り切った。



「危なかったな、スコル。これでもう安心――って……スコル!?」

「あ、あ、あぅ……ラスティさん。わたし、わたし……幸せ過ぎて死んでしまいそうです」


「ど、どうしたんだ! 顔から煙が出てるぞ!?」

「えへへ……♡」



 だめだこりゃ。

 俺にべったりくっ付いて離れようとしない。まあ、なんだか幸せそうだし、このままにしておこうかな。



 ◆



 ハヴァマールとストレルカが船から降りてきた。


「なんとか誤魔化せたな、兄上」

「あ、ああ……おかげで疲れたよ」

「しかし、なぜスコルはそんなに兄上にご執心なのだ……ずるい!」


 ぴょんと飛び跳ね、ハヴァマールもくっついてくる。その波の乗るようにストレルカも。


「って、ストレルカ。君も!」

「い、いいではありませんか。エルフの国は『一夫多妻制』らしいですよ?」



 マジか。ここの法律なら問題ないわけか。いや、ダメだけど! ……さて、それよりやっとボロディンの地に足を付けた。



「ここがボロディンか。懐かしい空気を感じる」



 十年前、親父に連れられて来た。世界聖書を受け取る為だったらしく、兄貴共々、ユーモレスク宮殿へ向かった。そこでスコルと出会ったわけだが。


 しかし、時が経てば風景がそれなりに変化しているな。ぼうっとボロディンの街並みを見渡していると、声を掛けられた。



「君が聖女スコルを連れてきたという少年かな」

「――ん?」



 振り向くと、そこには金髪の青年エルフがいた。腰には剣を携え、貴族のような身なり。明らかに身分は高そうだな。



「やっぱり、そうか。その君が抱えている少女はスコル様じゃないか! 離れろ!!」



 いきなり剣を向けられ、俺はハヴァマールやストレルカをかばいつつ後退した。危ないヤツだな。



「クロード……!」

「知っているヤツか、スコル」

「はい……そのぉ」


 なんだか歯切れが悪いな。

 言い辛い事なのか。

 気になっていると、クロードが声を荒げた。



「スコル様! どうして逃げたんです。俺と結婚する約束だったでしょう!」


「――なッ」



 俺は驚いた。まさかそんな相手がいたとは……。



「ち、違います! ラスティさん。誤解しないで下さい。わたしとクロードには何もありません。婚約だって交わしていないですし、ただの友達・・・・・です」



 ただの友達の部分を凄く強調するスコル。なるほど、そういう関係か。だったら、俺にも守る権利はある。



「さあ、離れて下さい、スコル様。その男は帝国の人間でしょう! そんな最低なクズ人間と付き合うなど……周りのエルフ達がどう思う事か」


「何も知らないクセに、ラスティさんをそんな風に言わないで! それに、そういう差別的な発言は大嫌いです。クロード、あなたの方こそ、そんな発言をする割には第一、第二皇子の方達に影響されているのではありませんか?」


「な、なぜそれを!」



 おいおい、まてまて。あのクロードは帝国を敵視しているのにも関わらず、クソ兄貴共とお友達っぽいぞ。……ああ、なんとなく分かった。さっきエルフ達が狂暴的だったのも、コイツがあおった可能性がある。でなければ、あんな攻撃的になるはずがない。



「こそこそ会って援助して貰っていた事くらい、知っています」

「うぐっ……」



 だめじゃん、アイツ。

 スコルは俺の味方をしてくれるし、ハヴァマールもストレルカもあのクロードを白い目で見ていた。


「兄上、余も帝国は嫌いだが……気分が悪いのだ!」

「わたくしも不愉快で仕方がありません」



「そうだな。無視して街へ行こう」



 俺はみんなを守りつつ、歩き出した。

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