幻影スキル・インセプション

 依然としてイリュージョンの姿は分からない。

 手が不気味に浮かび上がり、それが襲ってきた。俺はヴェラチュールで対応し、身長を超える大きな右手の攻撃を防御。


 激烈すぎる衝撃に火花が散る。なんて馬鹿力だ。まるで魔法のブーストが掛かっているような。多分そうだ。



「……ぐっ!!」

「ラスティくん、私はイリュージョンの左手を対処します!」

「分かった。みんなも頼む!!」



 なんとかしてイリュージョンを引きずり出さないと!

 このままでは一方的にやられるだけだ。



「大変なのだ、兄上!」

「どうした、ハヴァマール?」

「あの手を分析してみたのだが、あれこそがイリュージョンなのだ!」

「なに!?」


 手の猛攻撃を受け流しながらも、俺は驚いた。この両手だけの存在がイリュージョンだというのか! まさかの本体。マジかよ。



『そうさ、この手の形こそが私そのものなのだ。幻影に相応しいだろう?』



 不気味に笑うイリュージョンは、更に手を加速させて攻撃を何度も加えてきた。な、なんてスピードだ。これを受け続けなければならないとは……。しかも、反撃ができない! ルドミラも防御で精一杯だ。


「なるほど、イリュージョンの由縁はこれか」

『ああ、そうとも。ところで少年、お前は何者だ? この私の攻撃を防御するとは、並みの人間ではなさそうだな』


「俺はラスティだ。覚えなくていいぞ!!」


 無人島開発スキルを使い、余った材料で足場を拡張させた。これでもっと動けるようになった。



『な、なんだ……足場が増えただと? なんだこのスキルは……見たことも聞いたこともないぞ』


「これが俺の十八番でね。こんなこともできるッ!」



 更にスキルを発動し、鉄製チェーンを生成。それを手に巻き付けた。



『……ぐあぁッッ!!!』



 そうだ、最初からこうして縛ってしまえば良かったんだ。これで反撃ができる。そう思ったが、イリュージョンは無理矢理チェーンを破壊した。この馬鹿力……。



「ちっ……」


『この程度で私の自由を奪えると思うなよ。いやしかし、スキルには驚かされた。だが、それだけだ。我がスキルを上回るほどではない」


「なに?」


『幻影スキルの本当の怖さを知るがいい……!』



 両手が退いていくと、掌を広げた。これは嫌な予感がする。まずいな、一旦隠れた方がいい。そんな危機感をヒシヒシと感じた。



「みんな、退却だ!!」



 けれど、もう遅かった。



『永遠の幻を見るがいい……インセプション!』



 白い光に包まれ、俺たちは……俺は意識を失った。



 * * *



「――――ラスティ。いつまで寝ているのだ、この愚か者が!」


 声がした。

 どこかで聞き覚えのある低くて図太い声だ。

 男が俺の名前を何度も連呼して呼ぶ。

 怒りさえ滲ませて。

 なぜそんなに俺を呼ぶんだ?


 朦朧もうろうとする意識の中で、俺は視線をその人物に当てた。


 すると、そこには嘗ての親父・アントニンがいた。ドヴォルザーク帝国の皇帝陛下だけど、俺の親父でもあった。……あれ、なんだか若いな。


 てか、俺の背……縮んでね?


 って、俺なんか子供っぽいぞ!?


 驚いているとドラゴン族にして親父の専属護衛・ロイヤルガーディアンであるスケルツォが姿を現した。彼女は激昂する親父をなだめていた。



「陛下、恐れながらラスティ様はまだ十一歳であります。第三皇子ゆえ、力もご兄弟の中では非力……ですが、可能性は十分に秘めているかと」


「この甘ったれに可能性が? 困ればアルフレッドを頼る小僧に過ぎん。今のうちに皇子としての根性を叩き直さなければ、愚息は堕落する一方だ」



 ま、まてまて……スケルツォのヤツ、今なんて?

 俺が十一歳だって?


 そうか……この身長差、マジで俺は十一歳の頃のガキらしい。でも、なんで? どうして俺は子供になってしまったんだ?


 まったく思い出せない。

 重要な“なにか”があったはずなのに。



「陛下、どうかお時間を下さいませ。僭越せんえつながら、この私がラスティ様を鍛えてみせましょう」

「スケルツォ、お前の魔女の力は認めている。……出来るのか?」

「まずは可能性を探るところからです」

「良いだろう。お前ならきっとラスティの潜在能力を引き出せるはずだ。良い報告を期待しているぞ」


 親父は俺を睨むと、そのまま何処かへと消えた。相変わらず、子供にも容赦がない。厳しいクソ親父だった。ああ、そうだ……まともな愛情なんて受けたことがなかった。

 俺にとって本当の親父は専属執事のアルフレッドだけだ。


「で、俺はどうすればいい?」

「おや、ラスティ様にしてはやる気ですね」

「親父を見返したいんだ。なんでもいい、教えてくれ」

「分かりました。ではまずはテストします」

「テスト?」

「ラスティ様にどんな能力があり、どんなスキルと相性が良いのか。試すのです」


 それで俺の力を引き出してくれるってわけか。どうせ何も思い出せないし、スケルツォに付き合ってやるか。


 彼女に従い、俺は様々なテストを行った。

 低級魔法スキルを発動してみたり、身体能力を見せたりなど。


「――ふぅ、どうだ?」

「う~ん……これは酷いですね。基礎がなっていませんし、魔法も正確性がない。まるで泥団子を投げつけているようです」


 頭を抱え、青ざめるスケルツォ。おいおい、言いすぎだろ! でも、なんでだろう……上手くいかないや。俺には無人島開発スキルだとか、万能のつるはしである『ゲイルチュール』や『シグチュール』、それに『ヴェラチュール』があるはずなのにな。


 なぜか発動できなかった。



 そんな中、第一皇子であるワーグナーと第二皇子ブラームスの兄貴達がそばで笑っていたことに気づく。



「あはははは! ラスティのヤツ、また失敗してるぞ!」

「ゴミみたいな魔法しかできねぇんだな!」



 アイツ等……ガキの頃の兄貴だけど容赦なくブン殴るぞ。

 しかしその前に兄貴達はぶっ飛ばされていた。



「「ぎゃああああああああああ!?」」



 あれ、なんだ今の?

 スケルツォかと思ったが、さすがに兄貴達には手を出さないはずだ。だとすれば……いったい誰が?



「あ、俺だ!!」



 俺のゴミみたいなスキルが兄貴たちの近くで炸裂して、爆発したらしい。

 あんなクソみたいな魔法スキルでも、兄貴たちを吹き飛ばすくらいはできた。なんだ、やれば出来るじゃないか、俺。


 だけどその後、俺はスケルツォから怒られてしまい、しばらく部屋で反省するようにと閉じ込められてしまった。


 暗い部屋だ。

 真っ暗でなにもない場所。


 ……あれ、これが俺の部屋だっけ。


 心が壊れていくような不安に苛まれる。

 どうして。

 なぜ。


 ここは冷たい。

 冷たい。


 怖い。

 なにもかも失ってしまいそう。


 壊れる音。

 ガラスの亀裂音が響く。



『そうだ、ラスティ。幻に身を委ね、永遠を過ごすがいい……』



 声が聞こえた。

 そうだな、それがいいかもしれない。苦しみも悲しみもない、この平和なこの世界で。


「いけません、ラスティさん」

「……あれ、この声は」

「幻聴に耳を傾けてはいけません。あなたは今、幻を見せられているのですよ」

「スコル……!」


 壊れそうになる世界の中にスコルがいた。破壊されそうになる心を癒してくれる。……ああ、なんて温かい。

 そうか、思い出したぞ。


 俺はイリュージョンのスキルで幻を見ていたんだ。


 でも、スコルが助けてくれた。

 危うく幻の世界に取り込まれるところだった。これが幻影の恐ろしさか……。きっとみんなも幻の中にいるはずだ。


 全員を助けないと!

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