ボソッとつぶやくスコルさん

 幻影ダンジョンへ向かうべく、俺は仲間を募った。大広間に集まるほぼ全員が手を挙げた。


「みんな行きたいのか!?」

「当然なのだ、兄上。余は絶対に兄上から離れるつもりはないのだ!」


 ハヴァマールが身を乗り出し、顔を限界まで近づけてきた。息が掛かる距離で俺は焦った。


「しかし、島を守る者がいなくなったら困る」

「大丈夫なのだ。ルドミラの騎士団がいるではないか~」


 それもそうか。ハヴァマールの言う通り、今や最強とも言える騎士団がいる。

 脅威もそれほどいないし、きっと大丈夫だろう。

 しかし。


「待って下さい、ラスティくん!」


 ルドミラが珍しく声を荒げた。


「ど、どうした……」

「も、申し訳ないです。その……私も幻影ダンジョンへ連れていって欲しいのです」

「へえ、ルドミラから行きたいだなんて珍しいな」

「主の守護が私の使命ですから」


 まあいいか、ルドミラがいれば前衛は安心だ。

 それにこれから向かう幻影ダンジョンは未踏の地。なにが起きるか分からない。

 戦力はあるに越したことはない。


「分かった。ルドミラは加える」

「ありがとうございます」


 スコルとハヴァマールも連れていくとして、あとは船を操れるストレルカ。あとはエドゥかな。



「エドゥ、パーティに入るか?」

「非常に残念ですが、自分は遠慮しておきます」

「そうなのか」

「はい。幻影ダンジョンについて調査したいのです」

「なら、現地を見て回った方がいいんじゃ……。てか、エドゥが作ったんじゃないの?」

「覚えがないのです。だから気になって」


 ということは別の賢者が作ったダンジョンということかな。確かに、それは気になるな。あとはテオドールにも聞いたけど、彼は首を横に振った。


「悪いが、私は嫁の相手をしなくちゃならない」

「そういえば、嫁が三人もいるんだよな」

「ああ、悪い。その代わり、私は島を守るさ」

「頼んだよ、テオドール」


 あとはアルフレッドだが。


「私のことはお気になさらず。この城を守護し、清潔を保っておきます」

「分かった。アルフレッド、この城は任せたぞ」

「御意に」


 これで決まった。

 俺、スコル、ハヴァマール、ルドミラ、ストレルカのメンバーでグラズノフ共和国にある『幻影ダンジョン』へ向かう。



 ――城を出て港へ向かった。



 その道中、スコルが俺の服を引っ張った。


「あの、ラスティさん」

「どうした、スコル」

「幻影ダンジョンへ向かうのですよね」

「そうだよ。トレニアさんの依頼でそこにある『古代の魔法石エンシェントストーン』を取りにいく」


「トレニアさんの為なんですね」


 少し不安気に俺を見つめるスコル。って、なんかマズイ空気。


「誤解するなよ、スコル。冒険者たちの為でもあるんだから」

「そうですよね……。浮気じゃないですよね」


 ボソッとなにかつぶやくスコルさん。なんか怨念が篭もっていたような!?


「な、なんだって?」

「いえ、なんでもありません。皆さんの為にもがんばりましょう」

「お、おう」


 なんか冷や汗を掻いた。

 これは早急にスコルの機嫌を直してやった方がいいな。


「兄上、トレニアからの依頼だったのか」


 耳打ちしてくるハヴァマールに対し、俺は「そうだ」と答えた。すると、ハヴァマールは思っていた通りだと納得していた。そこ、なにを勝手に納得しているんだ!


「どういうことだ」

「トレニアはとても大人びていて美人なのだ。そんな美女が兄上に言い寄っていたら……スコルは心配だろうな」


「そういうものかね」

「そういうもなのだ」


 ジトッとした視線で見られ、俺は悟った。

 そうか、そういうものなのか……!

 ここは安心させてやらないと。


「ちょっと待った、スコル」


 船に乗り込もうとするスコルの手を握った。


「……ひゃうっ」

「驚かせてすまない。話を聞いて欲しいんだ」

「なんでしょうか……」

「スコル、俺はこの島をよりよくしたいんだ。ただそれだけだ」

「本当に?」

「本当だ。だから、ほら」


 俺を手を広げた。するとスコルが飛びついてきた。


「ラスティさん、ごめんなさい。わたし……トレニアさんに嫉妬してしまいました。恥ずかしい限りです」

「気にするな。俺も深夜に抜け出してすまなかった」

「いえ、わたしが悪いんです。ごめんなさい」


 お互いに謝り続けていると、ハヴァマールが咳払いした。


「ゲフンゲフン。夫婦漫才はそこまでにしてもらおうか。さっさと出発するのだ」


「ハヴァマール!」

「ハヴァマールさん!?」


 先に行ってしまうハヴァマール。今、夫婦って……!

 でもおかげでスコルの機嫌も戻った。


「行こうか、スコル」

「はい。この手を離さないでくださいね」

「ああ。さあ、行こう! グラズノフ共和国へ」


 ストレルカの船に乗り込み、いよいよ出発だ。

 久しぶりに島を出て旅へ向かう。

 今回は魔王とか戦争ではない。

 気楽なダンジョン攻略だ。

 難しく考える必要はないはずだ。



 幻影ダンジョン、いったいどんなところだろうな。



 ◆◆◆



 グラズノフ共和国――『幻影ダンジョン』の最果て。



『……フフフ。ルドミラ、ようやく会えそうだ。あの時の復讐を果たす時が来た……』



 蠢く黒い“影”は、古傷を押さえながら不敵に笑う。

 魔王や支配王が消えた今、邪悪な力のほとんどは“影”が支配していた。全てはこの時の為に――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る