勇者とスライム一匹

※勇者ルドミラの過去編


「スライム一匹も倒せないとは、なにが選ばれし勇者だ」


 私は『選定』により勇者に選ばれた。

 村のみんなを守るために、剣を握り――不慣れな戦闘を続けた。

 けれど、私にモンスターを倒す力はなかった。


 女の身であったがゆえに、力などなかったんだ。

 だから、みんなの期待を裏切り続けた。


 ひとりぼっちだったけれど、唯一、私を拾ってくれた村長だけは優しくしてくれた。

 名をグラズノフ・エレイソンといい、二十そこそこと若いのに村長をしていた。普通、老人が村長をやるイメージだったけど、この村は違った。


「ルドミラをイジメるのは止めなさい」

「そ、村長……しかし」

「彼女は選ばれし勇者。いずれは魔王を滅ぼし、世界に平和をもたらしてくれる存在ですよ」

「それはそうかもしれません。ですが、ルドミラはスライムどころか、アリ一匹も殺せないんですよ! このままでは魔王軍の幹部が攻めてきて……村はおしまいだ」


 絶望する村人。

 その気持ちは分かる。村は今、魔王軍の幹部が支配して食糧や金品を巻き上げている。『イリュージョン』という恐ろしき幻影使いらしい。


「今は耐える時です。いいですね」

「……分かりました」


 彼の顔は納得していなかった。最後まで私を恨むようにして睨み、去っていく。


「ルドミラ、気にする必要はないですよ。貴女は特別な存在なのだから」

「私が特別……? でも、モンスターを倒せていない。十四歳の私には無理だよ!」

「いいですか、ルドミラ。年齢は関係ありません。守りたい、助けたいという思いが大切なのですよ」


「思い……それだけで本当に強くなれるの?」


「ええ、私は古来からそんな勇者たちを見てきた。エルフの王・ズロニツェも古代の魔王を滅ぼし、あるいは封印をしてきた。だからきっと不可能はないのですよ」


 けど、私は“人間”だ。

 エルフではない。

 彼等のように膨大な魔力があり、魔法が使えたら良かったのに。どうして、ただの人間に生まれてしまったのだろう。


 せめて魔法が使えたら……。


「私はどうすればいいの……」

「努力しなさい。日々鍛錬あるのみです」

「男の子みたいに鍛えればいいの?」

「そうです。まずはそうしましょう。私が貴女を鍛えてあげますから」

「村長が剣を教えてくれるだ」

「もちろん。幸いにも、私は聖騎士だったことがあるんです」


 村長は、私と同じ年の時には既に聖騎士だったらしい。ドヴォルザーク帝国という国で活躍していたと聞いた。

 この村は、大戦争が終わってから作ったという。


「分かった。教えて」

「その前にルドミラ、教えを乞う時は頭を下げ、丁寧な言葉でお願いするのですよ」

「そ、そっか! ごめんなさい」


 頼れる人は村長だけ。だから、私は素直に従った。いや、自分を変える為に努力を始めた。

 その日から厳しい修行が始まった。

 何度何度も走って、素振りをして、血の滲むような努力をした。

 一週間、一ヶ月、半年……一年と時間が過ぎていく。


 魔王の幹部・イリュージョンは、供物の要求だけをしてきた。おかげで、私は体を鍛えることができた。村長から剣技を教わり、モノにしていった。


 スライムを倒せたのは一年経ってようやくだった。



「さあ、ルドミラ。あのスライムを倒してみなさい」

「わ、分かりました」



 村長から貰った『クレイモア』を構え、私は突撃した。

 少し前の私なら、重すぎてこの剣すら振るうことができなかった。けれど、今はもう違う。背中に羽根が生えたみたいに飛び跳ね、私はスライムに一撃を与えた。


 スライムは弾け飛び、消滅。

 ついに撃破に成功した。


「やりましたね、ルドミラ」

「……た、倒しました。倒しましたよ、村長さん!!」


 跳ねて喜ぶ私。本当嬉しかった。モンスターが倒せるなんて夢のようだったから。

 でも、まだ雑魚のスライムを倒しただけ。これでは魔王軍の幹部を倒すなんて、とてもじゃないけど無理……。


 そう思った時だった――。



『最近騒がしいと思って来てみれば……村長、グラズノフ・エレイソンよ。娘を鍛えているのか……?』


「お、お前は……イリュージョン!」



 村長がそう叫ぶ。

 も、もしかしてあの黒い影が魔王軍の幹部……!

 犬のような形をしているけど、全身が真っ黒。

 なんて禍々しい気配。殺気なんだろう。怖い……。



『まさか、そんな貧弱な小娘を育てて、この私を倒そうなど思っておらぬだろうな』

「そのまさかですよ。いいですか、我が娘・ルドミラは選ばれし勇者なんです! いずれ世界に平和を齎す存在だ」


『そうか――なら、死ね』



 口を大きく開けると、イリュージョンは黒い炎を吐き出した。それが私の方へ。こ、こんなの受け止められない。そもそも、こんな大魔法なんて初めて見た。


 どうすればいいの!?


「ルドミラ! 貴女なら出来ます! その黒い炎を振り払い、イリュージョンを倒すのです!」


「わ、私は……」


 けれど、私は足が震えて動けなかった。

 このまま炎に飲まれて終わる。

 きっとそうなると運命を受け入れた時だった。



「やめろおおおおおおおおおおおおお!!」



 誰かが私を守った。



『……なんだと?』



 イリュージョンも意外そうに声を漏らす。

 やがて炎はその人を燃やし尽くした。



「ぎゃああああああああ!!」

「あ、あなた……一年前の!」



 私を守ってくれたのは、一年前に私を罵った村人だった。


「あ、あの時は……悪口を言ってすまなかった、ルドミラ。お前はここ最近、飲まず食わずでずっと頑張っていたよな。俺はそれなのに……だから、せめてお前を守ってやる! お前も村長も死なせるわけにはいかないからな!」


 ……そ、そんな。

 私を守る価値なんてないよ。

 それに、本当は私が守らなくちゃいけないのに。


 でも、もう遅かった。

 彼の体は崩れて一瞬で塵と化した。


 こんなことって……。



『雑魚が間に入りおったか。まあいい、次は小娘を――グォ!?』



 体が自然に動いていた。

 今まで感情なんてあまり感じなかったのに、今はグツグツと煮えたぎるようなものを感じていた。これは……もしかして怒り?



「イ、イリュージョンの首を一撃で!? ルドミラ、そこまで強くなっていたのですね」


 村長の言葉にハッとなる私。よく見れば、イリュージョンを倒していた。



『…………バ、バカな。油断していたとはいえ、い、一撃で……グアアアアアアアアア……!!!』



 イリュージョンは消え去った。

 わ、私が倒したの!?


「え、ええ……?」


 驚いていると村長が私の前に立ち、説明してくれた。



「ルドミラ、ひとつ言っていなかったことがあるんです」

「言っていなかったこと?」

「実は、あのスライムは並みの冒険者では倒せない、最強のスライムだったんです。貴女はそれを倒した。だから、一気にレベルアップし、物凄く強くなったんです」


「そ、そうだったんですか!?」


「ええ。あの古代の・・・スライムは襲ってはこないものの……あまりに固く、凄まじい耐久力を持っていたんです。だから倒すことができれば膨大な経験値を得られるのですよ」



 そうだったんだ。だから、わたしは魔王軍の幹部を倒せたんだ。

 まだ信じられないけど……やっと倒せたんだ。


「私、この力でみんなを守るよ」

「努力はいつか報われる。そして今、強大な力手に入れた……ルドミラ、もう貴女に教えることはなにもありません。その守るという決意を胸に旅立ちなさい。この『神器エインヘリャル』は餞別せんべつです」


 不思議なアイテムを受け取った。

 手にした時、きっともう村長と会うことはないと感じた。私は永遠を生きるのだと悟った。それと同時に、この神器を持つ者があと二人いると理解した。


 仲間を集め、魔王を滅ぼさねば。


 そうして、私は旅に出た――。

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