世界聖書とエルフの聖女

 エドゥがいつの間にかお酒を飲んでいた。

 べろんべろんに酔った彼女は、なぜか愚痴っていた。


「聞いてよ、ラスティ様ぁ! ルドミラちゃんってば、最近冷たいのぉ!! 一緒にお風呂に入ってくれないし……一緒に寝てくれないの」


 どうやら、エドゥは酒が入ると“素”に戻るらしい。これが本来のエドゥアルドなのだ。いつものクールなエドゥはどこへ行ったのやらね。


「飲み過ぎだぞ、エドゥ」

「テオドールは最近、結婚しちゃうし……嫁二人もいるし! 自分はもうラスティ様しか……うあぁぁぁぁん」


 そんな風に泣いたりで……大変なことになっていた。なぜか俺がなだめることに。


「助けてくれ、ハヴァマール」

「……よ、余はドラゴンフルーツを食べるので忙しいのだ……」


 ハヴァマールは明らかに面倒くさそうに距離を取った。おま……。


「ストレルカ!」

「ごめんなさい、ラスティ様。わたくし、ブレア様とお話し中で……」


 くぅ、ストレルカも逃げたな。


 となると、残りはスコルだけだ。



「スコル!」

「わ、わたしはマーカス将軍と……」



 スコルも逃げるなんて……くそぉ。

 仕方ない、俺がエドゥの相手をするしかないか。



「てか、エドゥは酒を飲める年齢なのか?」



 俺がそう聞くとエドゥは、ピシッと固まってしまった。……やっば、聞いてはいけない質問だったか。



「ラスティ様のあほぉぉぉぉ……! 自分は三百歳ですよ! 三・百・歳!」



 そういえば、ルドミラもテオドールも神器エインヘリャルの“不老不死”の恩恵を受けているんだったな。


 スコルの父さん、守護聖人聖ヴァーツラフ・ズロニツェが作ったという神器アイテム。

 魔王との関係もあったようだが。



「悪かった、エドゥ。そんなつもりはなかったんだが」

「じゃあ、お嫁に貰ってくれるよねっ!?」

「え……」


「うあああああああん、ラスティ様が自分を貰ってくれないぃぃ! 自分だけひとりぼっちなんだぁぁあ」


「おいおい、ヤケになるなって」



 こりゃもうヤケ酒じゃないか。

 あぁ、俺が相手をするしかないんだなぁ……。


 観念した俺は、エドゥの相手をすることに。



 * * *



「――――やっと寝てくれたか」



 あれから時は流れ深夜。

 ようやく眠りについてくれた。


 その間、俺はずっとエドゥの苦労を聞かされた。大賢者も大変なんだな。


 とりあえず、もう酒は飲ませない方がいいと俺は判断した。絶対に。絶対に!



 お爺ちゃんみたいに足元ヨロヨロの俺は、スコルに支えられながら部屋へ戻った。



「お疲れ様です、ラスティさん」

「あ……ああ。百歳くらい老けた気分だよ。エドゥがあんな豹変するタイプだとは思わなかった」


「ですね。エドゥさんって、あんなにお酒を飲まれるなんて……」

「俺も意外だったよ。風呂でも入ってサッパリするかな」


「では、わたしもご一緒します」

「え……」


「ラスティさんのお背中を流したいんです」

「…………っ」



 そんな純粋な眼差しを向けられて、俺は顔が真っ赤になった。スコルとお風呂なんて、ほとんど――いや、多分ない。あるとしても温泉を作った時くらいかな。



「行きましょ……」



 積極的に手を引っ張られて、俺は動揺しまくった。……ウソ、スコルが俺をお風呂に連れていく?


 めっちゃ嬉しいけど、スコルは耳まで真っ赤にしていた。



「スコル、本当に良いのか」

「……はい。わたし、ラスティさんにもっと近づきたいんです」

「わ、分かった」



 断る理由もない。

 俺は流れるままに大浴場へ。



 深夜帯のせいか衛兵とかすれ違う人はいない。静かなものだ。



 やがて、大浴場の前にある脱衣所へ入った。



「「…………」」



 俺もスコルも黙ったまま、背を向けた。



「先に行っていいぞ、スコル」

「……あ、あんまり見ないでくださいね」

「信用してくれ」

「常に信用しています。でも、恥ずかしいので」


 しゅるしゅると服を脱ぐ音が聞こえる。スコルはシスター服だが、普通のシスター服と違って、ちょっと特殊なんだよな。少し脱ぐのが大変そうだ。


 しばらくしてスコルは先に向かった。


 さて、次は俺だ。


 乱雑に服を脱いで、適当に押し込めた。あとは腰にタオルを巻いて完了。……さて、行くか。



 大浴場に入ると、湯気が立っていて視界が悪かった。少し歩いた場所に魔導式のシャワーがあると聞いた。そこへ向かう。きっとスコルもいるはずだ。



 やがて、スコルの姿を発見した。



『……クク、クククク』



 そこには気絶するスコルを抱える――オッフェンバックの姿があった。


 コイツ、いつの間に!!



「……なッ!」

「長く待ちわびたぞ、ラスティ……!!」


「てめえええええ、スコルを!!」


「あぁ、今は眠らせただけだ。このエルフはいただく」

「放せ!! スコルを放せ!!」


「そうはいかん。聞いたぞ、世界聖書はエルフの聖女しかページを開けぬとな!! この女こそその聖女だ!」



 そうか、ずっと陰に潜んでこのタイミングを待っていたんだ。



「オッフェンバック……スコルを傷つけたら、お前を絶対に殺す」

「……これは驚いた。貴様ごときガキが、ここまでの殺気を放てるとは。……あぁ、そういうことか。この女とデキているんだな」



 ニヤリと笑うオッフェンバックは、毒々しいナイフをスコルの首元に向けた。……コイツは絶対に許さん。

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