海に愛されし船 テテュス号

 船内は初めて入った。

 商船とはいえ木造の作りで『ガレオン船』ゆえに広く、強固に作られている。これを一人で操縦してきたのか……? だとすれば凄いな。



「へえ、これがストレルカの船かあ」

「甲板上は滑りやすいので足元に気を付けて下さいね」

「ありがとう。それで、どこで話そうか?」

「こちらに船長室があるので、ついて来てください」



 船の後尾にある船長室へ入った。

 なかなか広くて驚く。

 しかも落ち着きがあるし。

 十人は余裕で過ごせる空間だ。



「なんか貴族って感じの船長室だね、豪勢だ」

「ええ、お金は掛けておりますよ。ようこそ、海に愛されし船『テテュス号』へ」



 椅子に座るよう促され、俺とエドゥアルドは席に着いた。テーブルの上には、ティーセットの他、果物やお菓子が並べられていた。こんな風景を久しぶりに見た気がする。


「生活感があるね。女の子っぽいっていうか、実にストレルカって感じがするよ」

「ど、どういう意味ですか? ラスティ様」


 ストレルカは、顔を赤くして動揺する。


「そのまんまの意味だよ」

「えー、詳しく教えて下さいませ」


 ずいっと顔を近づけてくる。

 薔薇ばらのような甘い香りが漂う。なんだか変な気分になってくるなぁ……。


「その、美しいって事だよ」

「……そ、それは嬉しいです! 良かったぁ、お気に召して戴けて」


 ホッと胸を撫でおろすストレルカは、ポットに手を伸ばした。高級なカップに紅茶を注ぎ、俺とエドゥアルドの前に置いた。


 おぉ、良い香りだ……紅茶だ。

 こんな上品なもの帝国以来だぞ。おまけにお菓子もつけてもらった。



「この狐色をした長方形のお菓子って」

「さすがラスティ様。これは『フィナンシェ』という発酵バターを使用した、大変美味しいお菓子なんです。わたくしの大好きなお菓子なんですよ~。どうぞ」


 さっそく一口戴く。

 すると口内に“ふわっ”とした食感が広がる。と同時に“かりっ”としてバターの風味が優しく広がる。……美味い。こんな甘くて美味しいお菓子なんて久しぶりに食べた。


 喉を潤すように紅茶をすする。


 紅茶も芳醇ほうじゅんな味わいで、絶妙な塩梅。香りも味も最高峰。これは、ドヴォルザーク帝国にしかない『ヌワラエリヤ』で相違ない。



「とても美味しいよ、ストレルカ。俺は幸せだ」

「わ、わたくしもラスティ様の笑顔が見られて幸せです……えへへ」



 なんか知らないけど、ストレルカは口元を歪めて顔を真っ赤にしていた。時折、じたばたして忙しそうだった。ご機嫌そうで良かった。これなら交渉にも望めそう。


 それにしても、エドゥアルドは黙々とお菓子と頬張り、紅茶も優雅に楽しんでいた。なんだか、くつろぎすぎだが――まあいいか。



「ストレルカ、話なんだが」

「は、はいっ。なんでしょうか」


「うん、実は、エルフの国『ボロディン』へ行きたいと考えている。その為には船が必要だ。俺には造船スキルもあるけど、材料が圧倒的に足りないし……だから、ストレルカだけが頼りだ」


「わ、わたくしだけが頼り!?」

「君じゃないとダメなんだ」


「…………ラ、ラスティ様」



 カチコチに固まるストレルカ。おいおい、スコルじゃあるまいし……どうして石化するのかな! 困惑していると、カップを静かに置いたエドゥアルドがようやく反応を示した。



「やっぱり、隅に置けないですね」



 一言そう残し、チラッと俺を見つめるだけで後は口をつぐむだけだった。どういう意味だ? 悪意はなさそうだし、むしろ、エドゥアルドも手元を振るわせているような?



「おーい、ストレルカ。話を続けよう」



 呼びかけると、ストレルカは直ぐに復帰。ずいっと身を寄せてきた。近っ!



「……は、はい! もっとお話ししたいですっ」

「じゃあ、船の話なんだけど」


「ええ、良いですよ。エルフの国『ボロディン』へ行きたいのですね。お任せください!」

「本当かい、無理してない?」

「大丈夫です。ラスティ様の頼みでしたら、なんでもお受けします。どうか、このストレルカをお役立てください」


 手を優しく握られ、俺は思わずドキッとしてしまった。……む、胸が熱い。どうした、どうしたよ俺よ。いかん冷静になれ――なれない! あぁ、せめて表情だけも崩さないよう毅然とした態度を貫く。カッコ悪いところは見せたくないからなッ。

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