第130話 小人さんと神々の晩餐 みっつめ


「取り敢えず、今夜は皆でゆっくりしようね」


 にぱっと笑う小人さん。


 ここはカストラート王宮。事前に先触れして王都に一泊すると伝えたところ、それならば是非とも王宮にと王太子から申し入れがあったのだ。

 預かり者だった弟王子二人を送る目的もあり、小人さんは快く承知した。


「お嫁様は僕の部屋で一緒に寝よう?」


 あざとく小首を傾げるルイスシャルル。それを制して剣呑に見つめるアウグフェル。


「兄上。その御話は無かったモノになったと御説明いたしましたよね?」


 むうっと頬を膨らまし、チラチラと小人さんを見るシャルルは、すがるように王太子を見上げた。王太子も困り顔。


 あれから半年。シャルルは薬の効果で内面の時が止まっており、知識はあるものの精神が子供のまま成長していた。

 それを必死にフェルが矯正して、今ではそれなりの判別がつく辺りにまで成長する。

 心が子供でも知識は相応にあるため、するりぬるりと間隙を縫って小人さんにモーションをかけようとするシャルルに、アウグフェルもほとほと手を焼いていた。


「口約束なれど、一国の王が約したのだから果たされるべきでは?」


「父上の妄言です。フロンティアは全く関知しておりません」


「.....ならば、あらためて申し込むのは?」


「王女殿下には、すでに婚約者がおられます」


「.....フェルはどうして僕に意地悪するの?」


「そういう問題ではないでしょうっ!」


 万事この調子で、会話が出来ている様で噛み合っていない。

 アレコレと大変ではあったが、フロンティアで儀式を受け、高い魔力と魔法の理を学んだシャルルはカストラート王国の要人となっていた。

 明日の戴冠式で罪の恩赦が発表され、魔術師育成の筆頭として働く事で、父殺しの汚名を返上することにもなっている。

 本来のカストラートであれば極刑を免れない罪だが、王太子は、シャルルが暴君であった父王の凶行を阻止せんがため、致し方なく汚名を被ってくれたのだと美談に持ち込むつもりのようだ。


「.....実際、その通りだからな。私が力及ばないばかりに、臣下や民に要らぬ苦労をかけた」


 自嘲気味に笑う王太子。


 亡きカストラート王の暴挙の数々は、臣下はもちろん、国民にも知れ渡っている。

 それを阻止してくれたシャルルを敬いこそすれ、非難する者は皆無だそうだ。


 事実は違えど、終わり良ければ全てよし。


 結果的にそうなっただけだが、この三兄弟が恙無く暮らせるのなら嘘も方便である。


 小人さんから先触れをもらった王太子は、それなら戴冠式にも出席して欲しいと返信を寄越し、小人さんの予定に合わせて戴冠式の予定をたてて、今にいたる。

 貴賓として招待された双子とヒュリアは、王宮の離宮を賜り、小人隊を引き連れて宿泊予定だ。


「玉令は決まりましたか? 王太子殿下」


 他愛ない世間話だが、アルカディアの国々に継承される玉令が気になる小人さん。

 戴冠式で行われる、王位についた者が初めて出す勅命。

 これは如何なる理由があろうとも、未来永劫覆してはならない命令なのだ。ある意味、王としての技量を試される試練。

 ここで私利私欲に満ちたモノや悪逆無道なモノを口にすれば、即座に地位を剥奪される。下手を打てば生涯幽閉にもなりかねない。

 アルカディアの騎士は神々に誓いを立てている。人々を守ると。だから、この時のみ、騎士団には下剋上が許されているのだ。


 王たる資質なしと判断される玉令を発すれば、即座に、その首を刎ねる権限を持つ。


 まあ、そんな物騒な事は滅多に起きないが。大抵は縄を打ち捕縛。後に収監されるオチらしい。なので、どんな愚物でもこの時だけは、名君も頬をつり上げる見事な勅命を出すのだとか。


 小人さんの問い掛けにしばし沈黙し、王太子は言葉を噛み締めるように呟いた。


「幾つか候補はございます。.....が、どれも決め手に欠けて。.....迷っています」


 正直な胸の内なのだろう。


 然もありなんと小さく頷き、小人さんは晩餐の約束して、宿泊予定の離宮へと向かった。


 僕もお嫁様と行くーっっ、とか幻聴が背後から聞こえたがスルー。のこのこと歩いて行く小人さんを見送りつつ、王太子は軽く溜め息をついた。




「.....で、ヒュリアはどうするのだ? 公爵家を継がぬのか?」


 一息入れて晩餐に参加した双子とヒュリア。久しぶりに顔を逢わせた身内同士だ。積もる話は尽きない。


「そうですわね。たぶん継ぎません。伯爵家は従兄弟が継いでおりますし、このまま叔父上に公爵家を継いでいただいて欲しいですわ」


「左様か。私も助かるな」


 前国王に真っ向から対立していたジャイザリー伯爵。その政治的思想はフロンティアに近く、王太子の考えとも類似しており、前国王には煙たがられていたが、王太子には垂涎の人材だった。


「では、婚姻はいかがなさるのですか? 公爵家の御令嬢ともなると、なかなか釣り合う男性はおりますまい」


 穿った物言いをするのはシャルル。小人さんをお嫁さんにしたい彼にとって、こういった話題は他人事ではないのだろう。

 変なとこだけしっかり成長している弟を呆れた眼差しで見つめる王太子。


「嫌ですわ。フロンティアでは、釣り合いなど関係ございませんのよ?」


 クスクス笑うヒュリアに、疑問顔なカストラート三兄弟。


「いや、それは..... 身分もあるし、国籍も違う。問題が山積みだろう?」


 ヒュリアに恋慕真っ最中なアウグフェルが、確認するかのようにヒュリアを見つめた。


「あら。身分など捨てれば宜しいのよ。わたくしは侍女という職ももっておりますもの。生きるのに困る事はありませんわ」


 柔らかく微笑み爆弾発言。


 給仕の者達すら言葉を失い、唖然とするカストラートの面々を余所に、ヒュリアはさらに話を続ける。


「先ほども侯爵の身分を捨てて獣人な婚約者を持たれた方を存じておりますわ。ねぇ?」


 ヒュリアは双子の後ろに立つドルフェンへ意味深な視線を流した。

 いきなり話を振られ、思わずドルフェンの頬に朱が走る。それを見逃さず、王太子は小人さんをガン見した。


「フロンティアでは、そのような事が許されるのですかっ?!」


 カストラート側から視線の集中砲火を受け、居心地悪げに身動ぐ小人さん。


「まあ..... 愛する者同士が結ばれたいのに身分が邪魔をするのならば、捨てる分には何も問題はないかと。それをせずに身分差を乗り越えようとするには難儀しましてよ?」


 平民となってでも相手と添い遂げたいのならば邪魔はしない。そう言うことか。


 彼は騎士という職を持つ。妻を養うには十分だろう。また、妻も平民ならば、贅沢な暮らしが出来なくても何も問題はない。

 ようは本人達の気持ちしだい。


 国王がそれを許している。なんという国だ、フロンティアは。


 瞠目して瞳を震わせる王太子。


 実際には小人さん関連に無問題な王家が渋々認めただけなのだが、そんな事は知らないカストラート。


 貴族につきまとう政略結婚を根底から覆す話に、痛ましげな面持ちで王太子はシャルルを見つめた。


 父王は政略のつもりだったのだろうが、今になっても弟はチィヒーロ王女を慕っていた。むしろ以前より遥かに執着している。

 過去に、こういった切ない恋心がどれだけ踏みにじられてきたのだろうか。


 王太子は炯眼に眼をすがめ、明日の玉令を決めた。




「.....ということを感じ、わたくしはここに宣言する。これよりカストラートでは身分による婚姻の制限を撤廃しよう。これを玉令とし、わたくしは王となる」


 思わぬ玉令に人々は絶句した。


 各々顔を見合せ、次には歓喜に満ちた歓声が沸き上がる。

 こういった話は繊細だ。歓迎する者も居れば疎ましく思う者もいるだろう。だが貴族であれば、誰もが一度は苦渋を噛んだ思い出を持つ。

 これは命令ではない。単に人々の選択肢を増やしただけ。これから多くの問題が持ち上がる事だろう。それでも、誰にでも理解出来る最先端な一歩を踏み出した王太子。


「やられた.....」


 貴賓席で一部始終を見ていた小人さんは、手を額に当てて嬉しそうに苦笑する。


 いずれ、自分もフロンティアに同じ法案を投げたかった。世界の常識を壊す法案を。

 その前例がカストラートに誕生する。

 それが嬉しくもあり悔しくもあり、胸中複雑だが、何故かスキっと心の晴れ渡る小人さん。


 こうして世界に先駆け、人民の権利に干渉する玉令がカストラートに生まれた。


 フロンティア以外で初めて発せられた人々のための法案を、満面の笑みと拍手で讃える小人さんである。

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