第175話 エピソード・モノノケ達の新たな日常
《..........またか》
メルダは胡乱げに空を見上げ、何処かへと翔んでゆく。
翔んでいった先には行き倒れ。夫婦らしい二人が子供を抱え込んで荒野にうつ伏せていた。
金色の魔力を失い、萌えるような緑を失った森だが、未だにその範囲は広い。人々の努力で植林が進み、むしろ以前よりもその範囲は広大になりつつある。
なのでメルダの森の恩恵は王都のみならず、キルファンの土地や周辺の荒野をも呑み込んでいた。
結果、何処からかやってくる難民を感知するメルダ様。
よいしょと三人まとめて抱えあげ、キルファンに運ぶ。それが日課となりつつある今日この頃。
子供蜜蜂らは魔力を感知出来るものの、魔力なしな人間に気づくことは出来ない。なので、どうしてもメルダが探して運ぶしかないのだ。
数日に一回くらいだが、中央区域とやらからやってくる難民は後をたたない。
こうして息があるうちにメルダの感知範囲へ入れただけ僥倖である。たぶんだが、辿り着けずに朽ちた人々も多いのだろう。
《チヒロ様から頼まれておりますしね》
キルファンに拾った人間を渡し、メルダは王都の森へと帰っていく。
《またか.....》
ところ変わって、こちらはモルト。
メルダと同じように、感知範囲に足を踏み込んだ者らを迎えに来た。
ボロボロで痩せこけた一行。大人三人に子供二人が、凍ったような顔で巨大カエル様を凝視している。
「ひっ、お.....お助けっ」
子供らを抱き締めてガタガタ震える難民達。それを一瞥し、モルトは一行を水魔法で洗浄すると、子供達に運ばせた。
お助けぇーっと絶叫を上げる人間らをお手玉のように持ち上げながら、難民は近くの農村へと運ばれ、モルトらは森へと帰っていく。
呆然とする難民らは、受け入れてくれた農村で詳しい話を聞いた。
「森の主様達はお優しいモノノケですよ。小人さんと仲が良くて、人間とも懇意にしてくださいます」
魔物が仲良し?
唖然とする一行に微笑み、農村の者達は、新たな村民を歓迎してくれた。
そんなこんなで、中央区域からの貧民が辺境へと逃げ出す昨今。
砂漠や荒野に行き倒れが多くなり、モノノケ達は頭を悩ませる。
《キリがないのぅ》
《こちらもです。ドナウティルが本腰を入れて、砂漠の巡回をしておりますが、結構な人数です》
《アタシんとこもよ? どうも近場の辺境国を目指してる感じかなぁ?》
繋がった環によって念話可能な彼等の会話は幾分の疲れを見せている。
最後の戦いから五年。
色々と様変わりしてきたアルカディアでは、小人さんの指揮のもと豊かになった辺境国になにがしかの夢を抱いたのか、はたまた苦渋の決断か、中央区域の国々から貧民がやって来ていた。
なるべく救出してくれと小人さんから頼まれ、主らは奔走している。
《ソレイユ。中央の森は如何なものか?》
砂漠近辺をてこてこと歩き回りつつ、巨大鶏のラゴンが新たな難民を見つけ溜め息をついた。
《中央の森は標高が高い。金色の魔力に満たされておるものの、その恩恵は森周辺にとどまっておる。.....孤立状態な中央区域の国々までは届いておらぬな》
アルカディアという世界は、馬鹿デカイ大陸に国々がポツンポツンと点在する世界だ。
それぞれの国の辺境までは、馬車で三週間から一ヶ月はかかるという離れっぷり。
南に固まるフロンティアとカストラート。少し離れてフラウワーズという立地は、アルカディアの中でも近い部類に入る。フラウワーズを経由出来るからこそフロンティアは最北に近いドナウティルまで一ヶ月半ほどで着けるが、通常なれば二ヶ月以上はかかる距離だった。
そんな距離を踏破してでも向かおうとする難民達。中央区域で何かが起こっているのかも知れない。
《ワシの子らぁは水辺でしか暮らせん。陸を見てまわるんは、疲か》
ソレイユも子供を増やしたが、中央の森とその周辺の湖にしか棲まわせられない。彼は海亀だ。ヒレな手足で陸を回るのは難しい。
《でも、主の森だけは金色の魔力が復活してるし、王の力添えで森も元気だし、魔物も増えたでしょ? 人間にとって、獲物が増加してウハウハなんじゃないの?》
中央の森は巨大な山の頂上にある。
そこは異次元世界の精霊の郷とも繋がっていて、多くの精霊の恩恵を受けていた。さらにソレイユによって循環されている水が山の周囲に巨大な湖を構築しており、その湖の周辺も深い森に囲まれている。
山の大きさが魔力の伝わる範囲なのだから、湖込みでも広大な大地が中央の森の範囲にあたり、元々あった周囲の森も、青みを増して大きく拡がっていた。
その森と僅かな荒野や砂漠を隔てた場所に、中央区域の国々が存在する。
各国辺境は、湖周辺の森の端から遠目に見える位置だ。まあ、地平線の向こうではあるのだが。
ソレイユの説明に、オルガが相槌を打つ。
《ふうん。つまりは、ギリ届いて無いんだ? 中央区域に、森の恩恵が》
《そうだの。せやし、金色の環の中にはあたっとおじゃ。今までより良かなっとおはずじゃ》
辺境に金色の環が完成したことから、アルカディア大陸の殆どが魔力で満たされた。森同士が共鳴する相乗効果によって生み出される魔力は、人間らにも恩恵を与えていた。
大地の活力ともなり、世界は良い方向へ向かっているはずだった。
なんだろうね? おかしいね? と、複雑そうに念話する主らの疑問の答えを、遠く離れたクラウディアで小人さんは手にする。
「はあ? 魔物の被害?」
ここはクラウディア王宮。
父親を打ち倒して、新たな国王となったパスカールの手伝いに来ていた千尋は、難民らの詳しい話を彼から聞いた。
どうやら貧民でなく身分のある者が動向しており、大まかな経緯を話してくれたらしい。
「そうらしいです。なんでも《神々のテーブル》付近の森が拡がり、魔物が増え、中央区域の国々は、その襲撃に怯えているとか」
魔物は人間を見れば襲う生き物だが、彼らは基本森から出ない。魔力の濃い森が住みやすいからだ。
魔物は魔力が無くなると死んでしまう。だから、人間を襲うのも手軽に魔力を得るためで、たんなる間食。嗜好品のようなモノ。
魔物がわざわざ人里を襲うとすれば、何かしら理由があるはず。
かつてのフラウワーズ辺境のように、その人里近くに魔獣の墓場があるとか、あるいはカストラートのように、人間側が魔物の怒りを買うような事をしたか。
「おかしいね。なんだろう。ちょいと詳しく聞いてみたいね」
昨今、頻繁に難民がやってくる報告を受けてはいた。主らに、その難民達の保護も頼んである。
しかし、こうも続くのは異常だ。
小人さんは、クラウディア王国にやって来たという難民の代表に会わせてもらうことにした。
「私がここの責任者のミカエロです」
建て直し中のクラウディア王国。その片隅に難民達の村があった。
幸い土地だけは有り余っているアルカディア大陸である。彼等は北の辺境領地に土地をもらい、せっせと開墾していた。
フロンティアの協力もあって、多くの職人がいるクラウディアは、街の整備や建築が順調に進んでおり、そのおこぼれで難民の村にもそれなりの建物が建てられている。
今まで小人さんが見てきた難民らは殆どが貧民で、生活が過酷で生きていけないから新天地を目指したとか、こう、漠然とした悲壮感しか訴えてこず、その詳しい理由を探れなかった。
だが、このミカエロという男性は貧民ではない。粗末なテーブルセットに御茶を用意すると、彼は重苦しい雰囲気で中央区域の実情を語る。
「.....実は、現在の中央区域では、魔物の乱獲が行われておりまして」
淡々と紡がれたミカエロの言葉に、小人さんは驚愕を隠せない。
豊かになった中央の森。当然、魔物も増えて、森も深く青みを増し、そこは素材や食料の宝庫となる。
それに気を良くした中央の国々は、冒険者や兵士らを差し向け、乱獲を始めたのだとか。
最初は良かったようだ。潤沢な獲物を手入れ、にわかに国は潤った。
辺境のように海を持たず、森もない中央区域の経済事情は常に苦しい。近くに《神々のテーブル》という大きな恵みがありはするが、そこに辿り着くには、狂暴な魔物と戦って深い森を踏破し、広大な湖を渡らねばならず、とても資源を手に入れられる状況ではない。
日本人なら富士の樹海を想像してもらうと分かりやすいだろう。あれの百倍以上の山と森。さらにはその中間を琵琶湖以上の湖がぐるりと囲んでいる。
豊富な資源を目の前にして歯噛みする中央区域の国々。
しかしそこに魔法が復活した。
中央区域でも魔術のレクチャーが行われており、洗礼で得た属性を使い、焔や風が乱舞する。
千年近くも前に失われた力だ。それを再び手にした人々は熱狂し、フロンティア同様の火力を得たと《錯覚》した中央区域の国々は、森の侵略を始めたのだ。
結果、魔物の怒りを買う。
冒険者のように、依頼で適度な獲物を狩るのではなく、軍隊を使って無差別に森を焼き、魔物を蹂躙しようとする各国の蛮行。
初めての魔法、その威力に、人々は恍惚とし、敵はないと暴れ狂い、現に酔いしれた。
しかし、上手くいっているように見えたのは最初だけで、狡猾な魔物らによって事態は直ぐ様逆転した。
魔物は魔力を扱うエキスパートだ。突然の不意打ちに、一時やられはしたが、人間らの覚えたての魔法など児戯に等しい。
怒り狂った魔物らは軍隊を壊滅させ、ほうほうの態で逃げ帰った中央区域の人間達を敵だと認識する。
追撃し、駆逐せんと森を飛び出して人々を襲う魔物達。
その煽りを、いの一番に食らったのが森に近い辺境だ。
魔物の襲撃に合い、命からがら逃げ出したにも関わらず、王都は彼らを受け入れなかった。それどころが、土地を捨てた事を罪に問い、一方的に断罪し、奴隷落ちさせたのである。
如何なる理由があろうとも、領主と共に領民として死守すべき土地を守らなかった罪は重いと。
その領主は魔物の襲撃を知り、一目散に王都へ逃げ込んでいたにも関わらずにである。
身分という壁が領主を無罪にして、領民を有罪にした。
上の者は何をしても許されるが、下の者は許されない。むしろ害悪として打ち捨てられる。王侯貴族にとって、平民など家畜も同じ。税を納められないなら、ただのゴミだ。
領地を捨てたあげく、無様な貧民に陥ったのだから、どのようにしようとも領主の自由。
結果、何処にも行き場のなくなった貧民が、国外脱出をはかった。
何が起きたのか、領民達にも分からなかったのだろう。いきなり魔物に襲われ、奴隷落ちだのと罪に問われ、捕まる前にと必死に逃げ出してきたに違いない。
フロンティアと違って、知識のない中央区域の平民には上の命令が絶対だ。
身分ある者に逆らう=死罪確定。
死に物狂いで逃げ出すしかなかったのである。
なんともはや.....
小人さんは絶句して天を仰いだ。
「私は、元騎士です。領民を守りつつ王都へ向かったのですが、領主様からそのような命令を受け..... やもたまらず、共に来た領民と祖国を脱出しました」
騎士とは神に誓いをたてる者だ。己の力を民を守るために奮うと。その矜持がミカエロを突き動かしたらしい。
彼が貴族とはいえ、天涯孤独の身の上だったのも幸いする。
ミカエロと共に領民を守って王都にやってきた騎士達は家族がいるため、領民と逃げる事に難色を示した。
領主様には逆らえない。
だがその彼等とて騎士である。逆らえはしないが、眼をつぶることは可能だった。
そうして、仲間の騎士らの手引きを受け、ミカエロはいくらかの物資を携え、祖国から逃亡する。
その物資がなくば、とても多くの民を率連れて、クラウディアまで辿り着けはしなかっただろうと、彼は薄く笑った。
「仲間の厚意に感謝しています」
祈るように手を組み、真剣な顔で額付けるミカエロ。
まあ、余所の御国事情だ。口出しは要らないな。うん。
けど、野垂れ死にを傍観するのも気まずい小人さん。
中央区域の国々がどうなろうと知った事ではないが、生きようともがく人々を助けるくらいはしても良いだろうと、本格的に動き出した。
「.....と言う訳で、よろしくっ!」
《王よ.....》
《そういう生き物よね、アンタって》
主らの念話に割り込み、にぱーっと笑顔で宣う小人さん。
まあ、暇してるから構わないがと溜め息交じりな各国の森の主達。
小人さんは辺境国全てに通達して、各国の内側に新たな開墾地を用意してもらうと、増やした蜜蜂馬車を主の森に派遣する。
主の感知出来る範囲に入れなかった不運な難民を回収するためだ。
主の子供らに広範囲を捜索させ、なるべく多くの人々を回収して、用意された開墾地へ運ばせる。
そこで養生してもらい、各国の新たな国民になってもらうのだ。
中央区域の国々が、この先どうなるのかは分からないが、逃げ出したい人は逃げ出すだろうし、己の人生の取捨選択は自己責任である。
こうして新たなライフワークが始まり、意気揚々と空をかっ翔ぶモノノケ馬車。場合によってはツバメが蜜蜂と代わり馬車を運ぶ。
難民の中には、一刻を争うような重傷者もいたためだ。
魔物の襲撃にさらされた難民らは、モノノケをたいそう恐れ、怯えていたが、しだいに魔物とモノノケは違うのだと理解し、親しく馴染んでいった。
辺境国名物のモノノケ隊。
この件を皮切りに、主の一族はモノノケ様と呼ばれ、長く人々に慕われていく。
ただ、ありのままな小人さん。
その発想が、多くの奇想天外を生み出すのは、もはや御約束だった。
人間とモノノケが仲良く暮らす、末永い未来がやってくるなど、今は誰も知らない。
幸せなモノノケ達の明るい未来に乾杯♪
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