第176話 エピソード・天上界、その後


《本当に畏れ入る》


《地球人とは、かような者か》


 地球に良く似た美しい大地。まだ自然豊かな土地を神々は歓呼で迎える。


 小人さんが生み出した天上界で、彼等は御先や御遣いらに日常というモノを学びつつ、生まれて初めてのアレコレに眼を輝かせていた。

 遥か高みから下界を見下ろすしかなかった神々は、毎日人間らの日常を観察していたとはいえ、自らの手で実際に行うのは初めてだ。

 必死に右往左往しながら少しずつ日常を構築していく。


 新たに生まれた天上界は下界と変わらず、豊かな大地に萌える緑。湧き出す泉や、その流れが河を作り湖に注ぎ込んでいた。その湖から更に大河が構築され、何処へとも分からぬ霧の大海へと消えている。

 特筆すべきは青空に浮かぶ金色の雲くらい。陸地に限りはあれど、数万程度の神々には有り余る広さだ。

 神の数は決まっているため、人間界のような人口増加などの問題はない。

 世界と運命を共にして消失した神は、新たな星の神として再び生を受ける。前の記憶は無く、一からやり直しなところは人間らと同じだった。

 神々が生まれるのはランダムなため、新たな神の、どれが誰なのかは分からない。

 だが過去の誰かしらの生まれ変わりに間違いはなく、天上界は新たな神であろうとも家族同然に受け入れている。


 まあ、中にはひねくれ者もいるにはいるが。




《面倒臭。今までどおり適当に暮らすわ》


 濃いめの金髪を疎ましげに掻きむしり、恰幅の良い御婦人は、何時もの指定席から自分の世界を眺める。

 様相が一変した天上界だが、元々神々は飲まず食わずでも平気だし、日がな一日動かずとも変調をきたしたりはしない。

 不老長寿で完成された身体は星の老いに連動し、それなりの変化をするため、彼女は豊かな自分の世界に見合う姿をしていた。


 そのように以前と変わらぬ生活を選ぶ者もいる。


《相変わらずだの、ソリュートは》


 畑仕事を御先と終えた一人の老齢な神が、じっと微睡むような顔で下界を見つめる御婦人に溜め息をついた。


《善きかな。それぞれ、やりたい事をすれば良いのだ。彼女は、あれが幸せなのだろう》


 釣竿を持ち、湖へと向かう青年も、ソリュートと呼ばれた御婦人を見つめて眼を細める。


 幸せの形は人それぞれ。


 ふふっと小さな笑いを漏らし、老齢な神と青年な神は軽く手を上げて各々やりたい事へと向かう。


 そんな神々を遠くから見守るは地球の神。


 驚愕、驚嘆を通り越して、もはや生温くなった彼の眼差しは達観を極めていた。


《.....これが地球人のデフォと思われても困るのだが》


《しゃーないでしょ? アレを選んだのは貴方様なんだし?》


《地球は、まだまだ若い星ですから。アレの上を行く者が出ないとも限りませんよ?》


 地球の創世神を悪戯げに見上げ、ニヤリとほくそ笑み合うのはエホバとアルテミス。他にも地球で名のある神々が、創世神のために天上界でアレやコレやと忙しなく働いている。


 地球人がいう神々は全てが創世神の御先達。各々、自ら大陸を作り、多くの地球人らから信奉される者だ。

 中には地球人に忘れ去られたような御先達もいるが、そんな事で拗ねるほど彼等は狭量でもなく、多次元世界でのんびり暮らしている。

 多くの御先らが御遣いを作り、地球世界は炉で爆ぜる鉄塊のように熱く滾っていた。


《そういや、第六天魔王でしたっけ? 新しい御先。元気にしてる?》


 アルテミスの問いに、創世神は複雑な顔で苦虫を噛み潰す。


《.....元気が過ぎて、手に負えぬ》


《あらぁ.....》


 地球は想像力が半端無く、自覚の無い信仰が溢れまくる世界なため、本来創世神が選別し、金色の魔力を与えて生まれるはずの御先を、地球人は自らの手で生み出してしまう。

 そんな魂を無下にも出来ず、創世神が御先として次々と召すうちに、地球は御先だらけの不思議ひゃっほいな世界になってしまったのだった。


 強く願うのは力だ。妄想とて祈りの内。.....とは言え、規格外過ぎはしないだろうか。


 後悔はない。後悔はないが..... 愚痴くらいは許されよう?


 思わず天を仰ぎ、口を引き結ぶ創世神を余所に、エホバとアルテミスは楽しそうに雑談する。


《未だに新たな御先が生まれるとか? 元気だよねぇ、地球♪》


《他の星にはないな、確かに》


 地球世界が生み出した多次元世界。そこに棲みついて、自由気儘な御先や御遣い達。


 人間達の生み出した多次元世界を棲み家として、それぞれに特色ある世界を構築した。

 神界、魔界、冥界、精霊界などなどetc.

 地球人らの生み出す異形様達を御遣いに召し上げ、この世の春をエンジョイする。


 地球人らの想像力は、新たな生き物を生み出してもいるのだ。非常識極まれり。


《ツァトゥグアでしたっけ? アレが生まれた時には世界が震撼しました》


 アルテミスの言葉を耳にして、地球の創世神は、うっそりと笑みを深めた。


 そう。彼等は、気づけば居たのだ。地球に。


 暢気な顔でペラペラと本をめくる異形様と、その横でせっせと網を張り巡らす異形様が。


 何時もの魂や神々の理に準じて生まれた異形とは一風違う、生き物二匹。

 その強大な力は禍々しく、ニタリと獣じみた残忍な笑みに反して、その瞳の奥に光る仄昏い光には明らかな知性を感じる。

 創世神の召喚に応じた二人が神に準ずる者なのは明白。地球世界ではたまに起きる事象だった。

 人々から信仰を受けたエネルギーが具現化する。他の世界では有り得ない事だ。

 天上界に召喚された二人は名前を名乗り、気づいたら此処に居たと宣う。

 邪神だという二人を放置するわけにもいかず、地球の創世神は彼等に神格を与え、世界の理に基づき御先としたところ.....


 いきなり現れた高次の方々に二人は連れ去られた。


 後は分からない。


 その二人が深淵に閉じ込められていたと知ったのは、アルカディアの一件が起きてから。


 奈落の手前で網を張る蜘蛛の異形を見つけ、地球の創世神は事情を聞いた。


 地球の創世神は何度も遥か高みに呼び掛け、二人をどうしたのか尋ねていたが、高次の方々は何も答えてくれなかったのだ。


 そして彼女の話に驚く。


 邪神ツァトゥグアの本当の力は知識。ありとあらゆる謎に精通しており、それを対価と引き換えに与えるのだという。

 場合によっては生け贄でも良く、残虐極まりない生き物。それがツァトゥグアだ。


 まさかあの異形が、アカシックレコードに触れられる者だったとは。予想の範疇を越える事態だ。

 世界の理を知る者。あらゆる知識に長け、高次の方々をも脅かす存在。邪神の属性を持つツァトゥグア達に高次の方々は触れることも出来なかったため、仕方無く深淵に堕とし込んだらしい。

 あの世界は断罪の風が吹く奈落があり、細切れにされた魂の吹き溜まりである。まともな神経では生きて行けない地獄絵図と聞いた。

 最奥には魑魅魍魎が蠢き、闇の精霊王の僕が跋扈していると。


 .....もはや生きてはおるまい。


 せっかく地球に生まれたのに、助けてやることも出来なかった創世神は、深く嘆いた。


 だが、蜘蛛の異形は首を横に振る。


『勝手に殺すな。食らうぞ。アイツは生きてるよ』


 せっせと深淵の入り口に銀の網を張りつつ、蜘蛛の異形は地球の創世神を慇懃に睨み付けてきた。


《ならば協力してくれ。たぶん、そなたにも利のある話だ》


 アルカディアで起きるだろう事を大まかに予測していた創世神は、蜘蛛の異形に使者を頼んだ。

 いずれ訪れるだろう地球の魂に、現在起きている事象を伝えるために。それが上手くゆけば、ひょっとしたら深淵に囚われたツァトゥグアを解放出来るかもしれないと。


 打てるだけの手は打ち尽くした。あとは天命を祈るのみ。


 そうして、神々すら予想だにしない結末を迎えたアルカディアと無数の星々は、想像を絶する最良を掴み取った。




『時を遡ったみたいでさ。奈落に断罪の風を設える前に落とされて。ナクアと分断されちゃったのが一番キツかったよ。僕ら同郷で、すっごい仲良しなのにさ』


 プンスカしつつ、しれっと宣う異形様。


 どうやら、地球の創世神が御先として金色の魔力を与えていたのと、元々が邪神なため、闇の汚泥もへっちゃらだったらしい。

 むしろ、生まれたばかりで漠然と漂う意識体の存在に気付き、何の気なしでソレに自我を植えつける始末である。

 おかげで意識を持ち、身体を構築した闇の精霊王が他の星々に多大な迷惑をかけまくったのだが、それがどうしたと何処吹く風のツァトゥグア。


『その世界が望んだんでしょ? 怠け者な生活を。僕のせいでも闇君のせいでもないじゃん。.....まあ、滅んだ星もあるけど、ソレだって人間らの欲望のせいでしょ?』


 チェーザレが聞いたら噴死しそうな言葉だが、その通りなので仕方無がない。

 闇の精霊は人の願望を叶えるだけなのだ。五割増しくらいの規模で。それが彼等の幸せなのだから仕方がない。たとえ誰も望んでいなかった結果が待ち受けているとしても。


 天上界と共に生まれた深淵は、高次の者らの干渉が及ばなかったせいで凄まじく不安定。それゆえに、独立した世界でもあった。

 だから邪神たるツァトゥグアも馴染み親しみ、自由気儘に暮らせた。むしろ誰にも邪魔されず探求に勤しめる深淵は、彼にとって天国だったらしい。


『ン・カイに戻りたいけど、途が分からなくてさ。記憶にはあるのに、何処か分からないんだ。うん』


 それはそうだろう。ン・カイとは彼等の登場する物語の中の世界だ。現実には存在しない。

 その物語の知識を持つがために起きるパラドックス。現実を認識しつつも、擦り合わない記憶に首を傾げるツァトゥグア。


 ソレも、そのうち地球人らが造り出しそうで怖くはあるのだが。


 そんなこんなで、天上界も深淵も行き来が可能となって、世界は一変した。


 ひょこひょこやって来たツァトゥグアが、こっそりと創世神らの書庫を漁るのも日常茶飯事。いつの間にか張られた蜘蛛の糸に阻まれ、雄叫びを上げて阻止せんと頑張る神々。


《それは人間が見ても良い本ではないっ! いや、そなたは人間ではないが.....っ、邪神であったか? え? 一応、神にあたるのか?》


《そこっ! しっかりしてっ! アレは邪神を名乗ってはいるが、御先の一人だっ!!》


《いや、本物の邪神じゃよ? 天上界にはおらぬが、地球には数多に存在しておるのだ。.....全くの虚無から生まれるタイプは極稀じゃがの》


《これだから、地球って奴はーっ!!》


 喧々囂々と雄叫びを上げる神々を尻目に、ツァトゥグアは両手に本を抱えてジョーカーに乗っかる。


『もう良いのか?』


『うん。たんまり頂いたよ。前のは返しておこうね』


 前回強奪した本を丁寧にしまい、新たな戦利品と共に深淵へと糸を手繰る異形様方。


 ほくほく顔で逃げる二匹を追いかけようと、御先や御遣いらを呼ぶ神々。

 真っ白な空間で下界を見つめ、一喜一憂していた切ない日々に終止符を打たれ、今の天上界は活気に満ち溢れていた。


 毎日、賑やかに過ぎていく日々に、いつの間にか慣れ始めた天上界である♪

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