第84話 終わりの始まり みっつめ
「なにあれっ?!」
「めちゃめちゃ可愛いっ!!」
「え? 双子だよね? エスコートしてる方、大きくない?」
皆様、猫が剥がれてましてよ? ほら、先生方の笑みが黒くなってる、
ここは学院大庭園。
全生徒がテーブルに座っても余りある広さの庭は、結界魔法で気温を一定に設定され、いたるところに色とりどりな花が飾られていた。
フラワースタンドや、フラワーバスケット。
地球でいうオアシス的な素材を使って作られた生花のデコレーション。
剣山みたいのは使わないんだなぁ。固定するのにコツが要るしね。
好天に恵まれた庭園は賑わいを見せ、千早にエスコートされながら、小人さんは御茶会会場に入った。
昼食会も終わり、談笑を楽しむ生徒達。
社交の練習でもあるため、誰もが猫をかぶり、それらしく振るまっている。
そこへ現れたジョルジェ家の双子の姿に、会場の視線が一斉に集中したのだ。
キルファン独特な着物装束。
ハーヤは狩衣に短めな袍と袴。深い藍の色目に同色の糸で七宝が刺繍されていた。
ヒーロは白衣に朱の掛襟。同じく緋袴に臼衣の千早。
白地に銀糸で鹿の子模様が刺繍された千早は、光の加減で煌めき、どちらの衣装も現代風に短くアレンジされている。
見えている膝下は白い絹の靴下。厚底な草履も織りの華やかな物で、とても人目を引く。
ひらひらと風を孕んで揺れ動く臼衣の千早に、誰もが眼を奪われた。
「これはまた。不思議な衣装だな。何処のだ?」
双子が案内された王族席では、すでにファティマとマルチェロ王子が座って御茶をしていた。
「御母様の故郷のモノですわ。キルファン由来の装束です」
席についた双子をマジマジと見つめ、マルチェロ王子は、ふっと眼を細める。
「すっかり大きくなったな。初めて逢ったときは、まだ、こんなに小さかったのに」
懐かしげなマルチェロ王子に、笑みを深めて小人さんも眼を細めた。
あんたさんこそ。初めて逢ったときは、まだ幼気なさが残る男の子だったのにねぇ。
時がたつのは早いものね。
十数年前を思い出して、思わず感慨に耽る小人さん。
そんな温度差の違うテーブルに御茶が届き、双子が温かいカップに口をつけた時。
背後で大きなどよめきが聞こえた。
何事かと振り返った小人さんの眼に映ったのは、小さな馬。地球でいうポニーに良く似た馬が、花飾りのついた小さな馬車を牽いていた。
「あれは?」
「ああ、花車ね。ロバやポニーに牽かせる馬車よ」
眼を輝かせる小人さんを微笑ましく見つめ、ファティマが答える。
少女の年相応な子供らしい姿に、ふくりと眼をすがめ、マルチェロ王子も頷いた。
「こういった催しの遊びは、何処も同じだな。フラウワーズでも人気のある乗り物だ」
しかし、小人さんが凝視しているのは飾り立てた馬車ではない。それを惹くポニーである。
身体的にまだ馬には乗れない小人さん。
何故か千早は騎士団から乗馬のレクチャーを受けているが、千尋には良い顔をしない騎士達。
「あと十センチ身長が足りませんね」
「一番小さいサイズの鐙にも足が届かないかと.....」
歯切れ悪く宣う騎士らに撃沈され、小人さんは諦めた。
そして颯爽と馬を駈る兄を恨めしげに眺めた数ヶ月。
なんで、にぃーには、あんなに簡単に馬を操るかなっ?
歴戦の騎士らが瞠目するほど、千早の乗馬は巧みだった。
まあ、周りは知らない。彼に専属教師がいる事を。
『もっと腰を浮かせて。揺れに合わせろ』
「こうか?」
『肩から力を抜け。まだ乗せてもらってるくらいの気持ちで良い。馬は賢い生き物だ。お前の気持ちを汲んでくれる』
「うん、ありがとう、チェーザレ」
過去に戦場を駆け抜けてきた歴戦の強者がレクチャーしながら乗っているのだ。これで上達しない訳がない。
そんな事を知らない小人さんは、うにゅうにゅと指を咥えていた。
だが、今、目の前にいる小さな馬。あれなら小人さんでも乗れるのではないだろうか?
にぃーにだって乗ってるのは大きめな子馬だ。子馬に乗れるようになるまで、ポニーってものも良いんじゃないかなっ?
ぱあっと顔を煌めかせた小人さんだが、そこにいきなり大きな影が過る。
幾つもの影が庭園の芝生を駆け回り、驚いた人々が空を見上げると、そこには無数の巨大蜜蜂が飛んでいた。
「きゃーーーーっっ!!」
一人の女生徒の悲鳴を皮切りに、特設庭園は阿鼻叫喚の嵐となった。
絶句する教師達と、唖然とする小人さん。
その小人さんの前に降り立ったのは、毎度お馴染みメルダ様。
《チィヒーロ様、西の森に異変が起きております!》
そう伝えるとメルダは千早と千尋をガシッと両脇に抱え、ばびゅんっと音をたてて大空に舞い上がる。
呆然と見つめる人々の視界からあっという間に消え失せた蜜蜂達。
「いったい、何が?」
「アレは災害級の魔物なのですよね?」
「怖かったようぅぅーーっ」
わあわあと教師に飛び付く生徒達。教師らも何と説明すれば良いのか分からない。
諸外国と比べたら、魔物慣れしているフロンティアだが、それはあくまでも街の外の話だ。
街どころが屋敷からすら滅多に出ない貴族の子供達は、全く魔物に免疫はない。
むしろ平民の方が、森に採取に出掛けたりとかするため、魔物を見かける機会が多いくらいだ。
泣きわめく子供らや、茫然自失で固まる生徒達を余所に、マルチェロ王子も席を立ち王宮へ向かおうと、ファティマに暇を告げた。
「何か起きたのやも知れぬ。ダンスパーティーに参加は出来ないかもしれないが.....」
「もちろんですわ。わたくしも参ります」
思案げに囁くマルチェロ王子を清しく見上げ、ファティマも席を立った。
そしてふと見れば、少し離れた席に座っていたテオドールとミルティシアも立ち上がっている。
考える事は同じね。
微かな笑みをはき、ファティマら王宮関係者は、足早に転移陣へと向かった。
「なにがあったん?」
空を翔ながら、小人さんはメルダからかいつまんで話を聞く。
渓谷に存在する西の森。
その深い渓谷の底が崩れ、新たな渓谷が見つかったのだそうだ。
しかも、主の子供らに散策させようとしたが、弾かれたと言う。
「中に入れなかったってこと?」
《そうです。さらには中から何かが蠢く気配がすると。ジョーカーが知らせてきました》
じっと小人さんらの会話を聞いていた千早は、唇を噛み締めた。
.....始まったのかな?
『.....かもしれん』
チェーザレが三つめの記憶を解放した時。千早は滅びを見た。
悪しき濁流に呑み込まれ、自ら滅びへと爆走する人々。
人間は人間によって滅ぼされるのだ。魔法の理のないヘイズレープで起こった忌まわしい出来事。
魔法の原点は四大元素。その四大元素を司るは精霊達。
魔法の理のないヘイズレープにも精霊達はいた。
人間に気づかれなくとも、寄り添い共にあった。
なのに..... 人間が、それに気づかなかったはかりに。
不幸は起こった。
アレが繰り返されるのか?
『させぬよ。そのために我は、ここに有る。そのために力と記憶を、ここに持ち込んだのだ』
ヘイズレープを失ったチェーザレにとって、アルカディアの命は我が子同然。
少年神だった頃の記憶が戻ったチェーザレは、愕然とした。
このアルカディアから全てを奪おうとしたと同時に、万一の保険を張っていた過去の自分を褒めてやりたい。
『神は世界を見守るだけ。人を救うことは出来ない。.....人を救えるのは人間だけだ。だから..... やるぞ? ハーヤ』
..........うんっ!!
過去に滅亡の危機にあったアルカディア。
それは千尋の努力によって回避されたと聞く。
その代わり彼女は全てを失った。その幼い命すらも。
幸い再びドラゴの娘として生まれ変わり、暖かい家族と共にくらしているが、過去には間違いなく奪われたのだ。全てを。
今度は絶対に僕が守る。
チェーザレと記憶を共有しているため、千早には多くの知識が雪崩れ込んできた。
どうすれば良いのかもチェーザレが知っている。
だが、彼は千早に憑依しているに過ぎない。大半の事は千早が協力して肩代わりせねばならないのだ。
やってやるさ。ヒーロのためなら、僕は神にだって喧嘩を売ってやるよ。
『その意気やよし』
獰猛に口角を歪めた千早に、誰も気づかない。
過去に小人さんを呑み込もうとした深淵が、再び大きく顎門(あぎと)を開いた。
ぬちゃりと研ぎ澄まされた牙を滑(ぬめ)らせ、真っ赤な舌を踊らせる不気味な陥穽(かんせい)に、アルカディアの人々はまだ気がついていない。
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