第61話 小人さんと蟲毒の呪法 やっつめ


「ほーん。それで?」


 ロメールを筆頭に御偉いさんらを前にして、呼び出された小人さんは、じっとりと眼を据わらせる。

 ここは王宮、ロメールの執務室。

 すげない小人さんの言葉に軽く頷き、ロメールも言葉少なに答えた。


「まあ、そういうと思ってた。任せても?」


「もちろん♪」


 にっと快活に笑う幼女。


 いや、すでに少女な年齢になりつつあるはずだが、その見かけは五歳ほど。

 同年代の中でも、頭半分小さい小人さんだが、その存在感は大きい。


「じゃあ、任すよ。くれぐれも千早に感づかれないようにね」


 穏やかに話を終えようとするロメールを凝視し、近衛騎士団長が眼を見開く。


「いや、任すよじゃないでしょう? 御令嬢の将来にかかわる危機ですよ?」


 彼の名前はキャメロ・ラ・ドルフォニス。四大侯爵家の嫡男だ。

 綺麗に撫で付けた青銀の髪にオレンジの瞳。年の頃は四十いくかいかないか。

 見目の良い男性は、焦ったかのようにロメールと小人さんを交互に見た。


 その男性に追従するかのように、もう一人の男性も大きく頷く。

 こちらは王宮暗部の総括。双子に眼をつけて、騎士団に交ざりその技術を伝授させるよう指示していた人物だ。


「近衛騎士団長の言うとおりです。御令嬢は御身の危機を軽く見ておられる。万一があったら、どうするおつもりか」


 白髪を一つ結わきで背中に垂らす彼は、老人ではあるのだろうが、年齢が読めない。

 しゃきっとした体躯や顔つきは若々しく五十、六十あたりにも見えるし、炯眼で深い灰色の瞳は、某かの経験を積んだ者特有の仄昏い光を放っている。

 平均寿命百五十歳のフロンティアにおいて、百にも満たぬ若輩者の持つべき眼差しではない。


 小人さんの身を案じる二人に対し、幼女はシニカルに眉を上げると辛辣な声音で呟いた。


「だからぁ?」


「え?」


 キャメロが意表を突かれたような声をあげる。

 暗部の総括も、声には出さしていないが似たような顔をしていた。


「何が起きようとかまわないの。アタシは兄を信じてるから。絶対にアタシを害するような事はしないと」


 ふんすと胸を張る小人さん。


「何かがおきてからでは遅いのですよっ?」


「そのとおり。兄君に信頼を寄せるほど、裏切られた時、傷つくのは御令嬢です」


 なおも言い募る二人に、溜め息をつき、小人さんは諭すように口を開いた。


「裏切られた時? そんなんに腹をたてたり、傷つくくらいなら信用なんかしないわ。分からないの? 何をされようと許せるし、気にもならない。それが信じると言うことよ?」


 まるで子供に言い聞かせるかのような言葉。

 その穏やかな幼女の瞳に、件の二人は言葉を失った。


「信じるってのはね。相手の全てを受け止める事。嘘も、葛藤も、何もかもね。それを許せないなら、そんなのは信じた人間が悪いのよ。騙されて怒りが湧くのなら、最初から信じるなって話だわ」


 一見、支離滅裂な理論に聞こえるが、妙な納得力が部屋の中に満ちた。

 どう考えたって騙した方が悪いと人は言うだろう。

 それが一般的だ。

 しかし目の前の幼女は言う。そんな相手を信じた方が馬鹿なのだと。

 それもまた真理のように聞こえる。


「アタシは兄を信じてるし、何かされたらされたで、困ったなぁくらいにしか思わない。だから大丈夫なのよ。傷つく事なんか欠片もないの。わかった?」


 絶対の信頼。


 ロメールは、ふくりと眼に弧を描き、悪い顔をした。


 これだけ全幅の信頼をおかれて何ができようか。無防備な背中をさらされて出来る事といえば、そっと抱き締めるくらい。

 相手に好意があればあるほど、その信頼を壊せない。鉄壁の鎧だ。

 それを小人さんは知っている。万一、凶器で刺されたとしても、きっと困ったような笑顔で見つめてくるだけなのだろう。


 ロメールですら予想出来るソレを、あの溺愛兄が想像しない訳がない。

 妹の信頼を失う事は、彼にとってどれだけ恐ろしい事だろうか。チィヒーロに許されようとも、千早自身が己を許せなくなるだろう。


 だから、千早は死に物狂いで謎の寄生人物を押さえつける。決して己を奪われはしない。

 逆説的だが、それこそが小人さんにとって最大の守りなのだ。


「任せたよ、チィヒーロ。あれの手綱を取れるのは君しかいないからね?」


「はいな♪」


 余分な言葉はいらない。


 双子に近しいロメールと幼女の会話は端的過ぎて、件の二人には理解が及ばなかった。


「信じられない。放置ですか? 彼女は伯爵令嬢であり、陛下の後見を受けた、準王族なのですよ? 近衛として、放置は出来ない存在です」


「本人の意向が最優先。陛下も御了承されている」


 しれっと宣う王弟殿下。


「キャメロ殿。君をこの場に呼んだのは、王宮警備を預かる者として事情を把握しておいて貰いたかったからだ。正確には、チィヒーロの気質と、その兄、千早の傾向を」


 執政者の顔でロメールはキャメロを見据える。

 キャメロも、騎士の態度でそれを受けた。


「彼女には色々と秘密がある。公には出来ない事が大半だ。国王陛下は御了承済み。彼女の自由を阻害してはならないとの勅命がある」


 キャメロは軽く瞠目する。


「全ての判断は彼女の意思のままに。チィヒーロ、君を信じるよ」


 今までの会話の流れから、それを言う?


 すっとんきょうな顔でロメールを見る小人さんに、彼は悪戯気にウインクした。


 無言の笑みに沁みいる心の距離。ぐんっと近づいたソレは、ロメールの心情を正しく小人さんに伝える。


 フォローは任せろ。


 ああ、そうだね、ロメール。あんたは何時もそうだ。

 

 何も言わずとも小人さんの意を汲み、最善を模索してくれる。


 未だにグダグダな二人を冷徹な視線で黙らせ、小人さんはポチ子さんと天窓から逃げ出した。




「ヒーロっ!!」


 伯爵邸に戻った小人さんを、真っ青な顔の千早が出迎える。

 その瞳は脆く揺らぎ今にも泣き出しそうな顔だった。


「ヒーロ、ヒーロっ、何処に行っていたの? 僕を置いて行かないでっ??」


 ひしっと抱きつく千早は、まるで母親を探す子供のようである。


「ダイジョブ、にぃーに、アタシはここにいるよ?」


 自分よりずっと大きな千早。いつの間に、こんなに差がついたのか。


 大人はバカだ。自分も含めて。自分の中にいる千尋は、近衛団長らと同じ危惧をしていた。

 しかし、子供のチィヒーロは真逆を考える。

 伊達に文明の進んでいた地球で暮らしていた訳ではない。

 愛情を求める者からソレを奪えば怒り狂う。不安を煽り自暴自棄になり、何をやらかすか分からない。

 だから、与えるのだ。

 いくらでも、無限に与え続ければ安定し、それを失わないために努力する。


 相手の好意を利用し、逆手に取った、あざとく狡猾な方法だ。

 

 千尋は自嘲気味に笑う。


「何時も一緒にいるよ。だから、楽しく暮らそうね♪」


 楽しく暮らそう.....


 千早の顔が、ほにゃりと柔らかく緩んだ。


「うんっ、楽しいよ。ヒーロと一緒なら何でも楽しいっ!」


 素直な貴方が眩しいです、御兄様.....


 妹の掌で転がされ、千早は改めて心に誓う。


 ヒーロは僕が守るっ! アレが何なのか分からないが、負けるものかっ!!


 こうして不安や不穏を蹴倒して、双子は日常に戻っていった。


 杞憂も裸足で逃げ出す伯爵家。のんびり家族の知らぬところで、別の不穏が渦巻いているのを小人さん達は知らない。





「さてと..... 話を聞きましょうか?」


 王宮地下の尋問室。そこに先ほどまで小人さんらと話していた三人がいた。


 貴人用の尋問室にはそれなりの家具が配置され、重厚なテーブルに差し向かいで座るのは一人の男性。

 魔術師特有のローブをはおった彼は、然して動揺した風もなく、ゆったりと椅子に腰かけていた。


 ロメールは彼を見据えながら手の中で玩んでいたモノをテーブルに置く。

 それはバストゥークの地下にあった魔法陣を構成していた魔法石の欠片。

 これにある魔術痕が、クイーンの森の洞窟の魔法石の魔術痕と一致したのだ。


「これをどのように弁明なさいますか? ロンバーリュ侯爵」


 炯眼に眼をすがめるロメールの前で、ロンバーリュ侯爵は不敵な笑みで答えた。


「お分かりでしょう? 主(あるじ)のために最強の魔獣を用意しようとしたのですよ。彼の御方に相応しい形代をね」


 何の話だ?


 熱に浮かされたように呟くロンバーリュ侯爵。


 ここに王家も知らぬ、四大侯爵家の口伝が白日の元に晒される。


 全ての元凶は神々の間違いから始まったのだ。それの残した深い爪痕は、まだ消えていなかった。


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