第62話 小人さんと蟲毒の呪法 ここのつめ


《出来るかな?》


《やれるとも》


 若い神は自分の作り上げた世界に心を弾ませていた。

 何度も試行錯誤し、失敗を繰り返して、ようやく出来上がった世界。

 多くの神々の助言や支援を受けて出来上がった世界は名前をヘイズレープとつけられ、豊かな緑をまとう美しい星となった。


《人間が生まれた。可愛いなぁ》


 わくわく顔の少年に鷹揚に頷き、各世界の神々は何処を導きにするか考える。

 新しい世界の人々に知識を与え、文明を築く礎となる者。

 そういった導師を新しい世界に贈るのが、代々神々の習わしである。

 過去に地球でも、オーパーツと呼ばれる古代文明を築いた、超次元な文明の片鱗が見られるのは、そのためだ。

 過去に他の世界から贈られた導師の痕跡である。


《ヘイズレープには魔法の理がない。地球から導師を贈ろう》


 好好爺な面差しで、地球の神々は少年神の世界に導師を贈った。

 結果、少年神の世界には地球と似通った文明が築かれたのだ。


 そのヘイズレープの命を譲られたアルカディア。

 当然、導師もヘイズレープから贈られ、彼の大地には地球と似通った理が根付いていった。


 前に千尋が抱いた違和感。地球と類似したアルカディアのアレコレの正体である。


 地球の文明を受け継いだヘイズレープの超古代文明。それは滅んでも、未だ根深くアルカディアに遺されていた。


 しかし、そんな事は知らない小人さん。今日も今日とて我が道を征く。




「古代文明の遺言?」


 ロンバーリュ侯爵の言葉にロメールは眼を見張る。


「如何にも。王家に連なる公爵家。このあたりまでは知るまいが、四大侯爵の家に口伝で伝わっておるのだよ。後に生まれる尊い御方のために形代を作れとな」


 聞けば、それは眉唾のような話だった。

 長く続く家系にありがちな、系譜の逸話。

 そのひとつに過ぎないような、曖昧で壮大な伝説。


「彼の御方は世界を造られ、再び復活すると言い残された。我々は待ち続けて、とうとう、その御方が復活する兆しが見えたのだ」


「だから形代を造るために、あのような禍々しい呪法を行ったと?」


 ロメールの言葉に大きく頷くロンバーリュ侯爵。


 馬鹿馬鹿しい話だ。すでに滅んだ文明から連綿と続く世界の意思。少なくとも彼等はそう思って行動している。


「世界は神々が造られた。私は顕現されたカオス神とアビス神に対面したこともある。貴殿の言う尊い御方とは何者か?」


 小人さんから話を聞いたロメールは、神々に名前がある事を以前に金色の王から知らされていたと誤魔化し、教会に伝えていた。

 するとロンバーリュ侯爵は忌々しげに口元を歪め、吐き捨てるように呟いた。


「それよ。神々は、尊き御方から世界を奪った。自分のモノでもないのに。そんな神は神ではない。あえて名づけるならば、邪神よ」


 遺されていた古い文献を解読し、ロンバーリュ侯爵は、その答えに至った。

 幼い頃より寝物語に聞いてきた話が事実なのだと確信し、仲間を集め、王家に知られぬよう秘密裏に事を進めて来たのだ。


 各侯爵家にも似たような逸話が遺されており、理解を得るのは容易かった。


「聞いた覚えはあります。たしかに。しかし、私は神々の話なのだと思うておりました」


 キャメロが憮然と呟いた。


 彼もまた四大侯爵家の嫡男である。


 ふっと失笑するロンバーリュ侯爵。


「そのように誰かが画策したのであろうな。御方を闇に葬るために。だが、私は違う。私は気づいた。歴史の狭間に消されかけていた彼の御方の足跡に。だからっ」


「自分は特別なのだと?」


 ひやりとした冷気が部屋を満たした。流石のロンバーリュ侯爵も、この冷気に眼を見張る。

 つと上げた彼の瞳に映るのは、薄く笑みをはいたロメール。

 しかし、その眼窟奥に灯る焔は冷たく、鋭利な剃刀のような輝きを宿していた。


「侯爵。特別という意味を御存じか? それが如何に酷(むご)い事かを」


 過去にロメールは体験している。

 特別な幼子の波瀾万丈な短い人生を。

 それは彼女の実質的な死をもって終幕を迎えた。

 あれほど神々に貢献し、人々のために尽くしたのに、彼女の迎えた未来は死だったのだ。


 たとえ、後に生まれ変わり幸せになったとしても忘れられる訳はない。

 彼女は間違いなく死んだのだ。


 それも知らずに、特異な優越感を醸し出す目の前の男が、ロメールには許せない。


 お前が神々の特別を語るなっ!!


「よろしいでしょう。閣下。貴方には多くの罪状がかせられます。まず、密入国。あなたがフラウワーズを訪れたという経歴は残っていない」


 はっとロンバーリュ侯爵の顔が強ばった。


「そして魔法の不正行使。前回はフロンティア国内であったため見逃されましたが、今回は隣国。しかも密入国。あたちらから抗議があれば、事は大事になります」


 あればではなく、させるつもり満々なロメール。ほくそ笑む彼の眼からソレを覚り、ロンバーリュ侯爵は激しく狼狽えた。


「貴殿、フロンティア貴族でありながら、私を陥れようというのかっ?! フラウワーズにおもねるとっ?!」


 事は外交問題。しかも、間違いなくフラウワーズ側に被害の及びかねない事件だ。

 詳しい事を知れば、あの勇猛果敢なフラウワーズ国王が黙っている訳がない。


「フロンティア貴族であるならば、フロンティアの国教は御存じなはず。いや、世界の国教です。唯一無二な双神を」


「だから、それは盗人であり..........」


「黙れっっ!!」


 言い募ろうとするロンバーリュ侯爵の前で、ロメールはテーブルを激しく両手で叩いた。

 無意識に魔力ののった殴打に、テーブルがミシリと悲鳴を上げ、ガタンと音をたてて二本の脚が砕ける。

 傾いだテーブルを恐怖の眼で見つめるロンバーリュ侯爵。


 それを据えた眼差しで一瞥し、ロメールは後ろの二人に声をかけた。


「ロンバーリュ侯爵の身柄を拘束する。一般兵士用の牢獄に入れておけ」


「わっ、私はフロンティア貴族で、侯爵だぞっ?」


 ロメールの言葉の意味を理解したのだろう。

 一般兵士用とは平民用の事。罪人といえど、平民と貴族では扱いに差がある。

 平民なら服役せねばらなぬ事も貴族なれば罰金で済んだりもする。

 これは被害者への慰謝料にあてられるので、被害者的には願ったり叶ったりかもしれない。

 そんな中、平民扱いされたロンバーリュ侯爵は、憤怒の眼差しでロメールを睨みつけた。


「身分をかさに着るか。フロンティアを嘲りながら、その威光にすがろうとは、笑止千万。フロンティアは金色の王が建国した国だ。金色の王を下されたのは創世神様だ。我々にとって創世神様だけが神なのだよ。それを邪神と否定する貴殿は、フロンティア貴族ではないっ!!」


 眼を剥き怒鳴り付けるロメールの前で、ロンバーリュ侯爵の瞳が愉快そうに煌めいた。


「カオスとアビスだったか? その言葉の意味はな、古代の言葉で混沌と奈落だ。人々を陥れ掻き回す邪神に相応しい名前だなっ!」


 そう吐き捨てるロンバーリュ侯爵をキャメロ近衛団長が引っ立てていく。

 その後ろをついていこうとした暗部の総括は、チラリとロメールを振り返った。

 茫然自失で立ち尽くす王弟殿下。


 さもありなん。嘘か真か、創世神様の名前に、あのような意味があると知れば。


 軽く嘆息してキャメロの後を追っていった総括は知らない。


 その名前をつけた人物がいる事を。


 何してくれてんのっ、チィヒーロぉぉぉっっ?!


 彼の心の中の絶叫を知る者はいない。


 しばし後、伯爵邸にロメールが突撃していったのは余談である。


 こうしてチラチラと垣間見える神々の綻びと、奈落から覗く怪しげな企み。


 あれやこれやと降り積む問題の大半をロメールに丸投げして。


 今日も小人さんは元気です♪

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