第63話 小人さんと蟲毒の呪法 とおっ


「あ~。ごめん」


「ごめんじゃ済まないよっ? なんて名前を神々につけるんだいっ!」


 バレた。何故にバレた?


 素直に疑問を口にした小人さんに、ロメールはロンバーリュ侯爵から聞いた話をする。


「古代の言葉? カオスとアビスが?」


 唖然とする小人さんに、ロメールは不思議そうな顔をした。


「知っていてつけたんじゃないのかい?」


「いや、知ってたよ? 意味は知っていてつけたけど.....」


 地球の言葉だ。それがアルカディアの古代文字?


 今まで掴めそうで掴めなかった何かが形を取り出した。


 アルカディアのそこここに垣間見える地球世界の片鱗。

 さらには侯爵が話したという、昔物語の内容。

 蟲毒の呪法で強力な魔物を生み出し、何かしらの形代として使おうとした事件。王家には伝わっていない口伝。


 その内容は、こうだった。


『その昔、御方は世界を作り、人を作った。そして人々に知恵を与え、火を与え、文明を築いた。産めよ増えよ地に満ちよ。

 こうして、偉大な御方により、人々は世界をまたぎ、国々を作った。

 しかし、御方は多くの裏切りにあい、尊き御身をささげて人々を守った。

 御方は、泣き崩れる人々に誓う。必ず戻ると。長くかかるかもしれないが、必ず、再び世界に君臨すると。

 それまで強くいきよと言い遺し、御方は儚く失われた』


 このくだりから、色々な物語に派生していく。

 御方の遺した言葉どおり、頑張った人々の英雄譚だったり建国記であったり。その冒頭に必ずくるのが、前述の文である。

 王家は創世神様を奉る総本山だ。それ以外の誰かが世界を作ったかのような伝説は否定され、排除していった。

 王族に連なる公爵家も同じ。


 結果、それ以下の貴族らのみが、この口伝を物語の枕詞として伝えてきていたらしい。


 浮き沈みの激しい伯爵家以下の貴族らからは、長い時の流れに口伝は途絶え、由緒正しく長く続いた侯爵家のみが、この口伝を今に伝えていた。


 しかしおかしい。何処かで聞き覚えがあるような?


 うーんと唸る小人さんに、淡々としたロメールの声が聞こえる。


「産めよ増えよってのは子孫繁栄の事だよね? 地に満ちよってのは何だろう?」


「あ、違うの。それ、産めよ増えよってのは、学び力をつけよって事。地に満ちよってのが、子孫繁栄の意味」


「へぇ?」


 そこまで言って、小人さんの脳裏に何かが走る。今まで読んできた書籍の中で、一際異質なベストセラー。


「聖書だっ!!」


「せいしょ?」


 そうだよ、聖書の内容に似ていたんだ。


 小人さんは頭を抱えた。


 世界を作った某とか、復活すると言い残した誰かとか、某宗教を準えたモノばかりじゃないかっ!!


 どこで、どうやって交わったのか。アルカディアには間違いなく地球世界の干渉がある。

 蟲毒の呪法だって、もとを辿れば古代中国のモノだ。

 東洋西洋ミックスなアレコレがアルカディアの古代に根づいている。その片鱗は今も伝わっている。


 ええええええっっ? なんなんコレっ?

 どうせ伝えるなら、そんなんより十戒でも伝えといてよっ!


 あうあうする小人さんを見下ろし、ロメールは本題を口にした。


「問題はね。その形代とやらに千早が狙われている事なんだよね」


 小人さんの動きがピタリと止まる。


 そうだ、強力な魔物を作り出して形代にしようとしていたロンバーリュ侯爵。

 その誰かは本当に甦り、千早の中に巣食っていた。

 ただならぬ事態を、小人さんとロメールは実際に眼にしたのだ。


 昆虫みたいに無機質で温度を感じなかった千早の顔と声。


 それを思い出して、背筋を凍らせる小人さん。


 思わず距離を取るほど、あの時の千早は異質だった。

 たが、何故か、あの時も感じた微かな懐かしさ。


 いつだっただろう? 何処かで似たような事があったような?


「千早が狙われている。その片鱗をロンバーリュ侯爵は確信したらしい」


 あれからさらなる尋問が専門家によって行われ、判明したのはロンバーリュ侯爵のストーカー行為。

 洗礼で全属性を持った双子に眼を見張り、そこからずっと双子を見張っていたのだとか。


 魔物を操り、騎士団や暗部の教育を受け、メキメキと成長していく子供達。


 あれ以上の形代はない。


 そう確信した彼は、授業でダビデの塔を訪れた二人に黒紫の魔法石による魔力を放った。

 だが、千尋は魔力を弾く。金色の光が黒紫の魔力を霧散させた。

 しかし千早は黒紫の魔力を呑み込んだのだとか。ぶわりと漂う黒い残滓。


「それで、彼は千早が御方の形代で、君がその起爆剤となる生け贄なのだと判断したのだそうだ」


 ついでに防衛した金色の魔力から、小人さんが金色の王だともバレたらしい。


 あああああっ! 覚えがあるぅぅぅっ! あの時の不快な違和感と視線は、それかぁぁーーっっ!!


 のたうつ千尋を抱き上げて宥め、ロメールは真摯な眼差しで見つめた。


「それでね。彼が解読したという文献を探したんだけど見つからないんだ」


「ふぇ?」


「数冊の古い本らしいんだけど、どこにもなくてね」


 どうやらその本に、黒紫の魔結晶や強力な形代の作り方などが記されていたらしい。

 さらには尊き御方の事も。


 ロメールの話に、ふと小人さんは首をかしげる。


 作られた?


 蟲毒の呪法はともかく、黒紫の魔結晶は、魔獣の墓場による自然発生ではなかったのか?


「おかしいよ。え? どういう事? 黒紫の魔結晶が自然発生でないなら.....」


 それに関与した者を小人さんは知っていた。


「レギオン.....?」


 辺境の森の主。彼が魔獣の墓場を定めたはずだ。

 そして脳裏を掠める別の影。


 レギオン? そうだ、あの感じだ。


 過去に小人さんを殺そうとした少年神。

 あの戦いの時、おぞける恐怖から思わず距離を取った自分を思い出して、変貌した兄と重なる。


 え? 待って?


 真っ青に顔色を変えた千尋を訝り、ロメールが心配げに眉を寄せた。


「どうしたの? チィヒーロ」


 そんなロメールに気づきもせず、小人さんは思考を巡らせる。


 あの時、レギオンは高次の方々とかの使徒とやらに回収されていった。

 その後は忘れていたが、どうなったのだろうか。

 ヘイズレープは滅び、その魂はアルカディアや地球に転生したはずだ。

 

 神々にも魂がある?


 それならば、何処かにレギオンが転生している可能性もある。


 ..........そう、前世の千尋のように、誰かに憑依している可能性だって。


 ぞわりと背筋を粟立たせて、小人さんは二階を見上げた。


 そこに眠っているであろう大切な兄妹を。


 これは神様案件だ、カオス、アビス、夢枕に来やがれーーーっっ!!


 ぐぬぬぬっと忌々しそうに顔を歪める幼女を呆けた顔で見つめ、ロメールは嫌な予感を胸に過らせる。

 こういった時、この娘は絶対に口を割らない。

 秘密裏に動き、事後承諾。

 今までの付き合いから、それを良く知るロメールは、軽く小人さんの両手を片手で掴むと、その脇や御腹を擽った。


「わひゃっ? なにっ、ロメールっっ?!」


「何を企んでるのか話なさい? さあっ!!」


 片手で、こしょこしょと擽られ、小人さんは、笑い仰け反る。

 細い手首はロメールに一掴みにされていて、抵抗が出来ない。

 

「にゃーっっ! 何でもないっ、本当だってっ、あははははっっ!!」


 ひーひー笑いながら涙を浮かべる幼女。その声を聞き付けて、やってきたドラゴや桜は眼を丸くする。


 じゃれるようにソファーで絡まる二人は、無邪気な笑顔を浮かべていた。

 ひとしきり大笑いした後、真っ赤な顔で息をつく小人さんに、ロメールは嘆息する。


 嘘つきだね、君は。


「チィヒーロ? 隠さないでね? 本当に、君は一人で何でもやろうとするから」


 そっと笑い涙を指で拭い、ロメールは祈るように小人さんの胸に頭を額づけた。


「絶対に先走らないで? 必ず私を連れていってくれ。必ずだよ?」


「..........ロメール、にぃにみたいにょ」


 ぽつりと呟かれた呆れ気味な一言に、彼の表情が抜け落ちる。


 あの偏愛兄と同じ?


 ピキンっ固まったまま、フラフラと帰路につくロメールを見送り、その暖かい気持ちを嬉しく思う小人さんは、面映ゆい笑みを浮かべた。


 そんな娘を抱き上げ、ドラゴも心配そうな顔をする。


「王弟殿下の言葉ではないが、確かに一人で動いては駄目だぞ?」


「そうだよ? アタシらがいるんだ。子供のために身体を張るのは親の役目だよ?」


 桜も困ったような顔で微かに笑みをはいた。


 ああ、本当にアタシは恵まれてるなぁ。


 久々な感傷に浸り、小人さんは、ぎゅっとドラゴにしがみついた。


「うん。みんなで幸せに暮らしたいね」


 父親のお髭にスリスリしつつ、千尋はウトウトと睡魔に襲われた。

 大笑いして疲れたのと、大きな腕に抱かれて安心したのとで、ストンと眠りに落ちていく。


 カオス、アビスっっ!! 必ず来なさいよーーーっ!!


 心の中でだけ叫び、寝入った娘を、ドラゴは二階に運んでいった。


 



《神々にも魂はある》


 しれっと宣うカオスに、ピキピキと青筋をたて、小人さんは冷たい笑みをはく。


『へえぇぇ? アタシ、初耳なんだけど?』


 ここは天上界。


 久々の夢枕で、幼女は背中にオドロ線を背負い、神々を睨めつけていた。


《神々の魂は、我々の範疇外だ。高次の方々にしか分からぬ事》


《あの後、レギオンがどのようになったのかは、我らも知らぬのよ》


『ほぁ? そーなん?』


 コクリと頷く創世神ズ。


 そうなると話が変わる。どうしたら良いものか。


 うーむと唸る小人さんに、ややしかめっ面でカオスが呟いた。


《神々の魂は高次の方々の管轄。通常であれば浄化され新たな神として生まれると思うのだが、確かではない》


《..........そして、我々には千早に巣食う誰かが分からない》


『へあっ?!』


 世界を統べる神々に分からない?


 しばし無言で二人は視線を合わせ、覚悟を決めたかのように小人さんを見た。


《我々に分からぬという事は、我々よりも力ある者の所業》


《つまり、高次の方々の関与が疑われる。》


 って事は..........?


『確定じゃないかぁぁぁっっ!!』


 今現在、高次の方々が持つ魂と言えばレギオンだ。

 そしてアルカディアの創世神に分からない魂が千早に憑依している。


 この事実から導き出される答えは一つしかない。


『責任者、出て来ぉぉーーいぃぃっっ!!』


 思わぬ13金に雄叫びを上げる小人さん。

 その声は天上界に響き渡り、数人の神々が何事かと天を仰いだのも御愛敬。


 神々のさらに上を巻き込みつつ、長期休暇も終わり、小人さんの学園ライフが再び始まる。

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