第64話 異国の王子と小人さん ひとつめ
「しかし、暑いねー」
陽が高くなり、夏真っ盛りなフロンティア。
日本のように湿度がないため過ごしやすくはあるのだが、それでもギラつく陽射しが痛い。
なので生徒は夏でも長袖。女生徒はボレロを脱ぎ、男子生徒はジャケットをベストだけに変えた形で学校に通う。
ほんの少しの薄着なのに、やけに妹が艶かしく見える謎。
いつもより警戒気味に寄り添う兄を、不思議そうに見上げる小人さんである。
兄バカ、ここに極まれり。
双子もピカピカの一年生から片足抜けたような感じの仄かな初々しさで、そんな微笑ましい二人が、教室移動をしていると、少し離れたあたりで揉める一団に出くわした。
見覚えのある少年が、三人の大きな子に囲まれている。
「アレって」
「パチェスタ様だね」
湖近くで数人の大きな生徒に絡まれているのはフラウワーズからの留学生、パチェスタ王子。
何かを取り上げられたらしく、絡んでいる生徒らが投げ回すモノを必死に追いかけていた。
「返してくださいっ!」
「はーん? 聞こえねぇな。いらねぇだろ? こんなん」
パチェスタの手が届かないギリギリでチラチラ振られているのは学年バッチ。
アレがなくば特別教室の扉も開かないし、学校内の施設も使えない。
「ちょっと、貴方達っ?」
慌てて駆けつけた双子と、それを見て訝しげに眉をひそめる相手。
「何をしておられますの? そのバッチはパチェスタ様のモノではありませんか?」
絡んでいた生徒らは顔を見合わせて噴き出した。
ゲタゲタと笑う品の無さ。しかし貴族慣れしている小人さんには、久しぶりに見る快活な笑顔である。理由が最底辺なのは残念だが。
「だから何だと? お前らに関係ないだろう?」
クスクス笑う三人は似たような面差しで双子を見下ろしている。
浅黒い肌と白に近い銀の髪。フロンティア人とは一味違う、一種独特な異国風の顔立ち。
今にも泣き出しそうなパチェスタが、オロオロしながら彼らと双子を交互に見つめていた。
「ヒーロ様? ハーヤ様も。私は大丈夫ですので、おかまいなく」
そんな顔して何言ってんのよ。
チラリとパチェスタを一瞥し、千尋が無言で数歩下がると、示し合わせたかのように千早が地面に膝を着く。
タッと千尋が駆け出した次の瞬間、彼女は千早の背中を駆け登り、肩を踏み台にして大きく飛び上がった。
あっという間に自分達の背丈より高く跳んだ幼女に驚き、固まった彼らの手から千尋はバッチを取り返す。
..........はずだった。
「えっ?」
半瞬の差で千尋の手は空を掴み、きゅるっと回転して彼女の手からバッチを守った少年がニタリと笑う。荒事に慣れた動きだ。
しかし、その隙をつき、千早が相手の片足を払っていた。
ぱんっと脚を掬われ傾いだ少年は、驚愕に眼を見開きつつも、残った片足で地面を蹴り、身体をしならせて後方回転する。
たんっと両足をつき、心底驚いた顔で彼は双子を凝視した。
「.....っ、あっぶねー、お前ら何モンだ?」
だが、息をつく暇もなく、据えた眼差しの双子が突進してくる。すかさず間合いを詰められ、バッチを持った少年は踵を返して駆け出し、近くの湖に飛び込んだ。
ざばんっと音をたてて大きな水飛沫が上がり、小人さんのスカートの裾を濡らす。
「「「なっ?!」」」
したり顔でザバザバと泳ぐ少年。
「はっはぁっ、コレが欲しけりゃ、ここまで来いや」
絶句する双子を見やり、他の異国人二人もニヤニヤと見学していた。
彼等は二年もフロンティアにいるのだ。フロンティアの人々が泳げず、水に入る事を忌避しているのを知っている。
彼らの故郷であるドナウティルは、大きな河川が肥沃な土を運び栄える土地。
当たり前のように子供は水につかり泳ぎを覚える。
ここだけは、フロンティアに負けない彼らの矜持だった。
「水に入るなんて.....っ、溺れてしまいますっ、おやめくださいっっ!!」
顔から血の気を下げて震えるパチェスタ。
フラウワーズもフロンティア同様水を忌避するお国柄である。
凍りついたパチェスタを余所に、双子は、にっと口角を上げた。
「「それが、どうした?」」
人の悪い笑みを浮かべ、間髪入れずに飛び込む双子達。
地球育ちの小人さんはもちろん、生まれた時から小人さんと共に河や湖で泳いできた千早も水に忌避感はない。
こちとら、前々世じゃ、
ローカル小学校で垂涎の的だった賞である。
平泳ぎで二百メートル、クロールで百メートル、潜水で十五メートル泳げる者に与えられた小さなメダル。
幼い千尋に、やれば出来るの精神を植え付けた勲章の誇りは、今もなお彼女の原動力になっていた。
飛び込んだ二人は、凄まじいスピードで少年を追い詰める。
ドルフェンらが小人さん発案の水着に酷く反発したため、双子は着衣で泳ぎを練習した。ふわりと水中に広がるスカートで泳ぐのも今では慣れたモノである。
こちらは脚を出すのが本当に駄目なんよなー。折衷案がない切なさよ。
益体もない事を考える小人さん。
迫る二人に泡を食い、異国の少年は、無様に暴れつつも、慌てて泳ぎだした。
何でだっ? フロンティアの人間は、皆泳げないのではなかったのかっ?!
これも実は誤解である。
フロンティア南は海に面していた。当然、こちらの人々には泳ぎが達者な者もいる。
双子も夏の避暑をかねて海の森へ良く遊びに行っていた。
そんな事も知らず、涙眼で逃げるように泳ぐ少年。
「なんだよっ! お前ら何なんだよーっ!!」
逃げる少年の首根っこを掴み、千早が後ろ泳ぎで岸まで引きずってくる。
その手から、小人さんがバッチを取り上げた。
頭一つ分以上の身長差があるのに、軽々と千早に引きずられる少年は、涙眼なまま大声で喚いた。
「おまえらぁっ! 俺を誰だと思っているんだっ?!」
「知らないわよ」
「知るわけないだろう」
しれっと答える二人。
そこに、いきなりの事で茫然自失していた残りの二人が、慌ててずぶ濡れの少年に駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、王子っ!」
王子?
彼らの言葉に不審気に眼をすがめ、小人さんは、ずぶ濡れの少年を見る。
「こっ、抗議を入れてやるっ! お前らなんか退学にしてやるからなっ!!」
これも、どこぞの王子様か。
呆れたかのように冷めた一瞥をくれ、小人さんはパチェスタにバッチを渡した。
「災難でしたわね、さあ、参りましょう」
優美な微笑みにおされ、パチェスタはずぶ濡れなままの小人さんに御礼を述べる。
それでも不安げに二人を見つめる幼い瞳。
「私のせいで..... どうしましょう、そんな水浸しにしてしまって」
オロオロするパチェスタの前で、二人は指を閃かした。
するとぶわりと暖かな風が起き、あっという間に双子の着衣を乾かす。
ロメール直伝の身だしなみ術。けっこう重宝する魔法である。
「ご心配なく。さ、授業に遅れますわ」
唖然とする異国の少年三人を置き去りにし、双子はパチェスタを連れて校舎へと戻っていった。
「アレが魔法..........」
三人の背中を見送りつつ、ずぶ濡れなまま呆然とする少年。
彼は北東ドナウティル王国の第四王子。
隣国たるフラウワーズに魔力が復活した理由を求めて、フロンティアがソレに関与している事を突き止め、周りの反対を押しきり留学してきた。
少しでも魔法の理を学び、自国に貢献しようと頑張っていたが、未だに生活魔法すら曖昧で憤っていたのだ。
かれこれ二年も学んでいるのに生活魔法すらままならない自分と違い、入学したばかりのフラウワーズの王子達は、するすると魔法を覚えていく。
これは、すでにフラウワーズに魔力が回復し始めているのが大きな要因ではあるのだが、そんな事は分からないドナウティルの王子。
子供じみた嫉妬から、嫌がらせを行っていたところ、とんでもない目に合った。
本人の自業自得であるにも関わらず、逆恨みはパチェスタから双子にスライドし、彼は獰猛な眼差しで、遠く小さくなった影を悔しげに睨み付ける。
「許さない。目にものをみせてやるっ!」
華麗な返り討ちが待っているとも知らず、特権階級丸出しの王子の反撃が小人さんに襲いかかる。
こうして常に周囲のヘイトを集めまくる小人さん。
それでも彼女は何時も元気です♪
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