第65話 異国の少年と小人さん ふたつめ


「何なんだよっ、おまえはっ!」


「はい?」


 眼を剥き、情けない顔で小人さんを怒鳴りつけるのはドナウティルの王子。


 ここは初等部。しかも一年生の教室である。


 中等部一年生が何やってんだか。


 前回の学年バッチ騒ぎ以来、彼は執拗に小人さんをつけ回してきた。

 寮で呼び出そうとして、双子が寮に住んでいない事を知り、学校で呼び出そうとして、王族特権の護衛に阻まれ、被害に遭ったと罪を捏造しようとして、魔道具の監視映像から失敗する。


 むしろパチェスタにしていた嫌がらせがバレて、彼は厳重注意を受けるはめになってしまったのだ。


 何もかもが上手くいかない。


 しかも厳重注意の中に、双子に対する不敬は、フロンティア王宮に対するモノと同じ。過ぎたれば、ドナウティル本国へ報告して、強制送還させてもらうとのオマケつき。


 四面楚歌に陥った王子は、毎日のように愚痴りに、小人さんへ突撃を仕掛けていた。


「何って。ジョルジェ伯爵令嬢ですが?」


「それが何で王族扱いなんだっ?」


「国王夫妻は、わたくしの後見ですので。その関係ですわ」


 うんざりと同じ話を繰り返す小人さん。


 王子が聞きたいのは、こういう事ではないと分かっていての空惚けである。

 

「だからぁっ!! 何で、成り上がりの伯爵令嬢が国王陛下の後見なんて受けてるんだよぅぅぅっ?!」


 すでに涙眼な王子。


 どうやら、小人さんの周囲を調べたらしい。

 成り上がりとか久しぶりに聞いたかもしれない。アリステアの一件以来だ。


「さあ? 王弟殿下の婚約者だからではないでしょうか?」


 連日、愚痴られ面倒臭くなった小人さんは、彼が納得しやすい理由を鼻先にぶら下げてやる。


 きょんっと呆ける異国の少年。


「王弟殿下の? おまえが?」


 王子は留学前に会ったロメールを脳裏に描いた。

 物静かで優しげな御仁だった。しかし.....。


「歳が離れすぎではないか? まあ、無くもない話だが」


 流石は王族。政略結婚や、凋落も理解しているらしい。


「こちらの都合でございます。.....殿下、そろそろ授業時間では?」


 はっと王子は壁の時計を見る。


「やべっ! じゃ、またなっ」


 もう来んな。


 にっこりと優美な笑みで三人を見送り、小人さんは溜め息をついた。





「王弟殿下の婚約者か」


「意外ですね。そういった野心のある娘には見えませんでした」


「いや、娘は関係あるまい。婚約など親同士が決めるものだ」


 わやわやと話つつ、三人は授業に向かう。

 ドナウティルとは全く文化の違うフロンティアで、彼等は大そう難儀していた。

 フロンティアがヨーロッパ風の文化なのに対し、ドナウティルはオスマントルコ風。

 立ち居振舞いから、食事も、服装も何もかもが違いすぎ未だに慣れない。

 一から礼儀作法やマナー、勉強を学ぶ彼等は、ほとんどのクラスが初級である。

 留学は三年と決まっているため、あと一年。

 何としても魔法を会得して、故郷に帰りたい王子だった。


「あの娘、水を怖がらなかったな」


 ぼそりと呟かれた言葉に、御学友の二人も頷いた。


「怖がらないどころが、まるで魚のようでしたよ」


「あんなに泳ぎが達者な者は、軍人にも滅多におりますまい」


 ドナウティルの人々が水に慣れ親しんでいるとはいえ、女性はあまり泳がない。

 精々浮かぶように歩くていど。湿度の高い国なので、汗を流すためだが、風呂が蒸気風呂なため、そちらに水風呂が用意されている。だから、河や泉を女性が使う事は殆どない。

 元々、婦女子は家の奥深くに仕舞われ、滅多に人目には触れないものである。

 泳ぐ女性など、王子も初めて見た。


 しなやかに水に乗る幼い肢体。ふわりと水中に広がった豊かな黒髪。

 綺麗だったな。


 夏の陽射しに煌めいていた、水を滴らせる御令嬢の姿。


 トクリと早鐘を打つ己の感情に、全く気づかぬまま、王子は次の授業に向かっていった。





「え? また来てたの?」


「そうっ、まあ、ロメールの婚約者だって言ったら、何となく納得した感じだったけど」


 席を外していた千早は、呆れ顔な妹の言葉に、複雑な眼差しを向ける。


 また何時ものじゃないのかなぁ。ヒーロは犬猫のごとく、誰でも懐かせるから。


 ぐぬぬと考え込む千早の予感は当たる。後日、ドナウティルの親善特使がやってくるとかで、王子が小人さんに泣きついてきたのだ。





「だから、わたくしに、どうせよと?」


「俺のパートナーになってくれっ! ちゃんとやれていると証明せねば、本国に連れ帰られるっ!」


 聞けば年に一度やってくる親善特使歓待の夜会で、キチンとした応対が出来なくば、留学を取り消されるのだそうだ。

 元々、王子の留学にドナウティルは反対だったらしく、第四王子でなくば、今ここに彼はいられなかったのだとか。


 玉座から遠い王子だったからこそ、渋々でも留学が許されたのだそうだ。


「去年も魔法があまり使えなかったし、こちらの文化にも慣れてなくて、連れ帰られる寸前だったんだ。今年も同じだったら、きっと問答無用で帰国させられる」


 去年は残りたいと言う王子の意を汲んで、ロメールや国王陛下が取りなし、難を逃れたという。


 悲壮な顔で俯く王子。


 双子は顔を見合わせて、アイコンタクトで会話する。


『ヒーロ? 放置で』


『いやいやいや、にぃに、それはあんまりっしょ?』


『どうでも良いじゃない、こんなん』


『まぁねぇ。でも.....』


 濡れそぼった子犬みたいな王子。

 パチェスタを虐めていた御仁とは、とても思えない。それだけ切実なのだろう。


 成績を聞けば、武術、算術、語学は中級、他は全て初級。

 勉強は悪くないが、作法的なモノや魔術系が壊滅的だった。


「ふーむ。これは慣れるしかないにょ。にぃに、手伝って?」


「また、ヒーロはぁ.....」


 喧嘩に近い付き合いとはいえ、頼み事が出来るほど親しい人間が小人さんしかいない王子。

 それだけで、この王子が学院で孤立しているのが見てとれる。

 今までの横柄な態度から察するに、ファティマやテオドールらも儀礼以上の関わりは持ってこなかったのだろう。


 弱音を吐ける相手がいないと言うのはキツいものだ。


 そこに現れた謎の娘。


 王族だからとか、お構いなしにズケズケとモノを言い、開幕、真っ向から対立してきた小人さんに、この王子様は気を許していた。

 最初から喧嘩腰であったため、歯に衣も着せず、言いたい事を言い合ってきたからだ。


 裏表もなく、好きなだけ、がなり合える相手。


 窮地に陥った彼の脳裏に浮かんだ助けてくれそうな人物が、小人さんだけだったのも致し方ない事である。


 親善特使とやらが来るまで、あと一ヶ月。

 その間に形になるよう、ロメール仕込みのスパルタを王子に叩き込むつもりの双子だった。


「見て盗れ、聞いて盗れだにょ、とりあえず、一緒に授業を受けるよ、頑張れ」


 にかっと笑う幼女に、王子は眼を丸くする。


 にょ? 


 目の前の伯爵令嬢の雰囲気が、がらりと変わった。

 今までの優美な御令嬢姿は何処へやら。まるで市井の子供のように快活に笑っている。


 猫か? 猫だったのかっ?


 彼女の中身に自分と通ずるモノを感じ、王子は胸がワクワクした。

 そんな王子を振り返り、小人さんは可愛らしく首を傾げる。


「そういや、名前聞いてなかったね、何て言うの?」


 そこからかーっ!!


 自分は彼女が気になって、名前どころが、その素性まで調べたと言うのに。


 思わずヘタり込む王子だが、よくよく考えれば名乗ってもいない自分が悪い。

 ふんっと気力を奮い起たせ、彼は陽気な笑みを浮かべた。


「マーロウだ。マーロウ・ド・カレリィーシャ。よろしくな、ジョルジェ伯爵令嬢」


「千尋だにょ。キルファンの言葉なんで発音がムズいっしょ。ヒーロでも何でも呼びやすい呼び方でどーぞ」


 キルファン?


 聞いた事はある。確か一夜にして海に消えた謎の大陸にあった国だ。

 卓越した技術を持ち、多くの物を発明、生み出してきた名高い国。その国は、現在フロンティア北に人々が移住し、新たな祖国を建国している。

 一度訪れてみたくはあるマーロウなのだが、留学中は勉強優先だし、帰国したらしばらくは外遊に出られまい。


 馬車で半日の距離にあるのにな。行ってみたいけど無理だよなぁ。


 その落胆が顔に出ていたのだろう。小人さんは王子を見てニンマリ笑う。


「興味があるん? なら、今度の七夕祭りに連れて行ってあげようか?」


 キルファンの名物となりつつある七夕祭り。

 フロンティアからも多くが押し寄せ、毎年、盛況な祭になった。


 ばっと顔を上げたマーロウ。その瞳には溢れる好奇心がキラキラと輝いている。


「まずは特使とやらを撃退しないとね。上手くいったら、御褒美に七夕祭りだにょ♪」


 コクコクと頷き、やる気満々なマーロウを見つめる小人さん。


 飴と鞭は教育の基本。


 鞭しかなかったスパルタ国と比べればマシだろう。


 こうして双子による、マーロウ大改造が始まったのである。


 

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