第66話 異国の王子と小人さん みっつめ
「足っ! 爪先まで神経を行き届かせてっ!」
「つるっ! 足がつるぅぅっっ!」
「気合いで堪えろ。要は慣れだ」
「鬼かーっ!!」
するすると滑るように歩く千早を真似して、マーロウは必死に噛りついた。
しかし、さすがに半刻も歩いているうちに膝下が笑い出す。
「体幹はしっかりしてるね。何か武術やってる?」
座り込んだマーロウに手を貸しながら、千早は人好きする笑みをはいた。
それに騙くらかされ、マーロウは自慢気に胸を張る。
「まあ、剣と槍は一通りなっ」
「なるほど。なら、摺り足だと思えば良い。速さを殺し、ゆったりとするつもりで」
摺り足?
耳慣れた言葉を脳裏に浮かべ、つと、足を踏み出す。
すると先程よりも滑らかに足先が動いた。
「おおっ!」
柔らかな動作で歩くマーロウ。それに頷き、千早は姿勢の修正をしていく。
「顎を引いて。顎は動かさないっ、頭を後ろに下げる感じに.......... そうそう。で、頭の天辺から糸で吊るされているつもりで身体を伸ばして」
熱心に教える双子を、他の生徒達が不思議そうな顔で静かに見守っていた。
「えーと? ヒーロ? どういう事かしら?」
おずおずと聞いてきたのはファティマ。
ここは特級クラスの教室。
いきなりマーロウを連れてきて、双子は授業に合わせて彼にも分かりやすく説明していた。
「飛び入りを先生に御願いしたら、良いって言われたから」
きょんっと呆けた顔の小人さん。
その言葉に王家の三人は、ばっと教師を振り返る。
教師は肩をすくめ、見学する分には構わないと言ったのですけどねぇ。と、静かに御茶をすすっていた。
「こういうのは上手な人間に習う方が習得が早いにょ、頑張れ、マーロウ」
同レベルで切磋琢磨も悪くはないが、上級者に叩きのめされる方が成長は格段に早い。
しかし、打たれ弱い人間だと逆に萎縮し折れてしまうので、用法容量は守らなければならない遣り方だ。
その点このマーロウ、打たれ強さは天下一品。
あれだけメタくそに小人さんから冷たくされたにも関わらず、毎日突撃してくるしぶといメンタル。
そこから、マーロウは叩き上げが出来る人間だと小人さんは判断した。
「ほらほら、歩行訓練続けて。これはエスコートやダンスにも応用のきく必須だからね」
千早にマーロウを任せて、小人さんも片手間に授業を受ける。
そして、小人さんが終わると千早が授業に戻り、二人が交代でマーロウをビシバシやる傍ら、特級クラスの時間は過ぎていった。
「うしっ! 次は魔術にょっ!」
声も高らかにマーロウを引きずり回す双子。
上位クラスで学ぶのならと、マーロウのクラスの教師らは黙って見送ってくれる。
「ちょっ、少し休憩させてくれっ!」
小人さんに手をひかれて連れて行かれるマーロウを、御学友の二人がハラハラと見つめる。
「時間は有限っ! やれるだけやらないと後悔するよっ!」
千早よりも頭一つ以上大きな王子を引っ張り、二人は彼の弱い教科を徹底的に教えていった。
「魔力はあると思うんだよねぇ。その髪と眼の色は」
マーロウも入学前に洗礼を受け、焔属性の剣飾りを手に入れている。
針水晶が変化するという事は、それなりの魔力を持っているはずだ。
潜在的なモノで、まだ開花していない可能性もあるが、二年もフロンティアにいたならば、マルチェロ王子同様、生活魔法くらいは会得出来ているはず。
「こう、身体を巡る暖かいモノを感じない?」
魔力は常に身体から放出されている。ダダモレにするより、操って身体の周囲を巡らせる方が、魔法の発動を良くするのだ。
「今のところ、俺にはこれくらいしか..........」
マーロウが人差し指の先に火を灯す。三センチくらいの焔が蝋燭のようにユラユラと揺らめいていた。
「発現は出来るんだね。あとは威力と応用か。ん.....?」
マーロウの両手に、小人さんは眼を見張る。
人差し指に灯っていた焔が、中指、薬指、小指と増えていき、みるみるうちに全ての指に焔が灯った。
さらにその焔が踊り出し、マーロウの手の中でジャグリングされるかのように回転する。
「なん? それ」
ガン見する小人さんに、マーロウは何の気なしな呟きをもらした。まるで溜め息のような落胆を込めて。
「俺が出せるのは、こんなちっさい火ばかりさ」
「アホかぁーっ!!」
いきなり叫ぶ幼女に、思わず飛び上がり、マーロウの手から焔が消える。
「複数を発現して自由自在に操るなんて、ロメールにもやれないわよっ!!」
「え?」
そう。魔力や魔法は、一見万能にも見えるが、実はそうではない。
一つを発動している時、別な魔法は発動出来ないのだ。
雷や氷のような複合魔法は、最初から体内で魔力を練り上げてから発動する。
小さな焔とはいえ、複数を発現し、さらにはそれぞれ独立して操るなど、小人さんでも至難の業だ。
大きくドカーンの方が簡単で楽チンなのである。
「分かった。あんた、魔力操作の方に魔力を持っていかれてるんだ。それで無意識にセーブかけて小さい魔法しか発現出来てないんだよ」
含有出来る魔力は上限がある。そのため、半分も使うと大抵の人は体内で勝手にセーブしてしまう。
そうしないと昏倒するのを本能が危惧するからだ。
以前それを知らず、魔法石に魔力を注ぎまくり昏倒した小人さんに、ロメールがコンコンと教えてくれた話である。
マーロウは元々空だった人間に魔力が満たされたため、そのボーダーラインを越えたあたりで、身体がセーブを始めてしまったのだろう。
知らず蛇口が絞られたまま、その解放の方法も分からない彼は、チョロチョロと出てくる魔力で魔法を使い続け、魔力操作ばかりが上達してしまった。
そして繊細な魔力操作は、存外魔力を使う。
たぶんマーロウの身体の中の魔力は、ボーダーラインを行ったり来たりしているに違いない。
毎日必死に魔法の練習をする、彼のたゆまぬ努力が仇となっている。
「あんた、今日は魔法禁止っ!! 明日まで魔力を溜めておきなさいっ!!」
「お、おう」
魔法を習いにきたのに、魔法を禁止され、やる事のなくなったマーロウは、じっと皆の練習を眺めていた。
小人さんが水柱を立て、それを下から凍らせていくのに瞠目し、無意識に術式をなぞり真似をする。
あれが出来れば洪水にも対抗出来るなぁ。
河の氾濫で豊穣の恵みを得るドナウティル。だがそれは、反面、大きな水害にも見舞われやすいという特徴を持つ。
そんな被害は全て民に降りかかるのだ。軍が救援に動いても失われた民の命は戻らない。
一人でも良い。お伽噺にあるような魔術師がいれば..........っ!
幼いマーロウは、何度も神に祈った。
そんな中、隣国のフラウワーズに魔力が復活したと聞き、彼はマルチェロ王子と謁見して、その魔法を見せてもらったのだ。
まだ僅かばかりですがと苦笑しながら、マルチェロ王子は土で壁を造って見せた。
高さ三メートル、幅十メートルほどの壁。
厚さも二十センチくらいあり、十分な強度を持つ外壁。
これがあれば、街の周囲に防壁を造れる。
人手も資金も要らず、長い工期も必要ない。
どうやって魔法を手に入れたのか根掘り葉掘り聞き出し、マーロウはフラウワーズを挟んだ、さらに南にあるフロンティアが関係しているのだと知った。
今でこそ自給自足が回るドナウティルだが、その昔の失われた時代には、フロンティアからの食糧支援に助けられたと聞く。
いや、世界中が救われたと聞いている。
それぐらい豊かな魔法国家はドナウティルでも有名で、魔法に興味があるマーロウも知っていた。
フロンティアに留学して魔法を会得したと語るマルチェロ王子の話を自国に持ち帰り、彼は反対する家族を振り切って、飛び出すかのようにフロンティアを訪れたのだ。
後日あらためてドナウティルから使者がやってきて、好きにしなさいと遠回しに書いてある父王の手紙をマーロウに届けた。
そうやって彼はフロンティアの貴族学院に編入したのである。
必ず魔法を習得して見せるぞ。絶対に。
無意識に術式をなぞるマーロウの手を見て、ふっくりと眼に弧を描く小人さん。
夏本番を前に、満を持して、招かれざる親善特使がやってくる。
それは新たな巡礼への予兆でもあった。
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