第67話 異国の王子と小人さん よっつめ


「うおおおおぉぉっ?!」


 立ち上る火柱。


「キープっ! そのまま、ゆっくり誘導して?」


 仰け反るマーロウを小人さんが叱責する。

 はっとした王子は、燃え盛る三メートルほどの焔を固定し、ずるっと動かした。

 ずるずると動く焔。その熱さに顔をしかめ、小人さんは指でつうっと焔を裂く。


「このまま維持して? もっかいやるよ?」


 さらに四等分に裂き、細い焔が蛇のように周囲をのたうち回った。


「この感覚を忘れないで? これがマーロウの基本系だよ」


 四本の燃え盛る蛇。それを各々自在に動かせる。これが彼の特徴であり、利点だ。


 あとは安全性。


「焔の周りを囲むように魔力を。安全装置だよ。攻撃に転ずる時は外せるように、薄くね」


 言われてマーロウの額に汗が浮かぶ。外界と切り離すように薄い魔力の膜を焔に張った。

 それを確認して、小人さんは焔の蛇に触れる。


「ヒーロっ?!」


 ぎょっと眼を見張る千早の前で、小人さんは焔の蛇の頭を撫でた。

 仄かに暖かいそれは、上手く魔力コーティングがされている。


「魔力操作もピカイチだね。良い魔法だにょ」


 ほにゃりと笑う小人さんに、マーロウは驚嘆の眼差しを隠せない。


「これが、俺の魔法..... やった。やったぁぁぁっ!!」


 両手を天に掲げて絶叫する王子。御学友の二人も魔力を溜めて、それなりの魔法が使えるようになっていた。


「本来、魔力操作が一番難しいんだけどねぇ。それが完全に出来てるもの。あとは簡単よね」


 クスクス笑う小人さんに、ドナウティルの三人は言葉もない。


 これが魔法.....


 マーロウは焔。残る二人は水と土。

 それぞれに特化した魔術を学び、三人はメキメキと力をつけていった。

 魔術に自信がついた事で拍車がかかり、初級だったクラスは全て中級、モノによっては上級となった彼等は、僅かな時間を破竹の勢いで駆け抜ける。


 双子と一緒に奮闘する三人が、各々形になったころ。


 ドナウティルから親善大使が訪のうた。





「初めまして。ドナウティル王が次子、マサハド・ド・カレリィーシャです」


「遠路遥々ようこそ。旅の疲れもありましょう。宮を御用意いたしました。ごゆるりと」


 やってきたのは第二王子。御付きの者らを十数人。護衛兵士が一師団。

 その人数に対応するため、フロンティアは離宮を用意し、親善大使らを歓待した。


「弟は何処(いずこ)でしょう?」


 問うマサハド王子にロメールが答える。


「マーロウ殿下は学院でございます。王都から一刻ほど離れておりますゆえ、今は馬車に揺られているところでしょう」


 人好きするロメールの笑顔に鷹揚に頷き、マサハド王子達は用意された離宮に向かう。

 それを見送り、国王陛下は細い溜め息を吐いた。


「兄君直々に来られるとは。やはり連れ帰るおつもりなのだろうな」


「たぶん」


 王宮に届いている情報によれば、王太子である第一王子が病床にあるという。

 あまり容態は芳しくなく、万一を危惧した第二王子派が、密かに暗躍し出したとの事だった。

 これを受けて、第一王子派も動き出す。

 目下は、第二王子の同腹の弟であるマーロウの確保。

 どちらも、第二王子の可愛がる弟を手中にせんと動いていた。

 第二王子派はマサハドの安寧のため。第一王子派は逆にマサハドを牽制するため。

 自国にあれば、第一王子の要求が無条件に通る。マーロウを奪われれば、マサハドは動けなくなってしまう。

 だから、留学中の今、マサハド側はマーロウを隠してしまおうと考えているのだ。


 リアルタイムの情報がフロンティアに届いているとも知らず、いけしゃあしゃあと第二王子が大使として訪れた理由は、それだろう。


「余所様の御家騒動だ。成り行きを見守るだけで良かったのだが..........」


「アレが関わってしまっては。傍観も出来ますまい」


 ロメールが胡乱な眼差しで天を仰ぐ。


 なーんで、あの子はピンポイントで揉め事の渦中に飛び込んでいるかなぁっ?


 この情報をロメールらが手に入れた時、すでに小人さんはマーロウ側で熱心に色々教えていたのだ。

 昼食すらも同席して、カトラリーやマナー、所作などの指導を毎日やっていた。


 フロンティアの間者は魔法が使える。

 水鏡や風送りを使い、ほんの数分でリアルタイムの情報を送ってくるため、ロメールらは、あちらの実情を知っていた。

 しかし、ドナウティル側では、一ヶ月のタイムラグが発生する。

 

 なので第二王子達は、一ヶ月前のマーロウの情報しか知らなかった。





「マーロウ様の成績は上がっていないようです。これを理由に連れ帰りましょう」


「帰国のさいに南の離宮へマーロウ様を隔離し、鉄壁の護衛を配します。マサハド様は、何の憂いもなく王宮で兄君と対峙なさいませ」


「うむ。苦労をかけるが、玉座が近いとなれば、動かぬ道理はないからな。頼むぞ、そなたら」


 秘めやかに行われる密談。しかし、それが覆される未来を、今の彼等は知らない。





「駄目だっ! 別の誰かに頼めっ!」


「頼める誰かがいたら、頼まねーよっ!! この通りだ、頼む、ヒーロっ!!」


 盛大に拒絶する千早の前で、マーロウは拝むように手を合わせた。


 その正面には小人さん。


 エスコートする同伴者として、明後日の夜会に同行してくれとマーロウは千尋に頼んでいた。

 社交界デビューしていない者は夜会に参加出来ない。

 しかし、王族は公務の一環として、それに参加する義務を持つ。

 洗礼を終えた王族に発生する義務だが、準王族な小人さんには強制されない。

 だが、強制されないだけであって、参加資格はあるのだ。

 マーロウは、そこに眼をつけた。


「今回来てるのは兄さんなんだ。俺がちゃんとやれていると見せたいんだよ。だから、エスコートから、全部やりたいんだ、習ったとおりにっ!」


 デビュー前の未成年だ。同伴者なしに単独で広間に入るのも恥ではない。

 

 うーんと首を傾げ、小人さんは考える。


「毒を食らわば皿までかな。教えたんだし、最後まで付き合おうかにょ♪」


「ヒーロぉっ?!」


 驚愕に眼を見張る千早を尻目に、マーロウは喜色満面で瞳を輝かせた。

 その頭と背後にピコピコ動く犬耳や尻尾が見えたのは、幻覚だろう。


「俺にドレスを贈らせてくれっ! すこぶるつきなのを用意するよっ!!」


 がしっと小人さんの両手を取り、マーロウが嬉しそうに捲し立てる。

 

「今からじゃ仕立ても間に合わないしね。既製品で良いにょ」


 貴族が既製品などは着ないが、小人さんは厭わない。

 質の良い土台があれば、リフォームは桜やサーシャが、嬉々としてやってくれるだろう。


 反論を捲し立てる千早を宥めながら、小人さんは夜会への参加を決めた。


 それが随所に騒ぎを起こすのだが、今の小人さんは知らない。


 その夜、色目だけを選び、桜やサーシャが速攻で飾りの制作を始めた。

 摘まみ細工の花々や、ちんころや組紐を使った飾り結び。他にも縫い付けるだけの立体刺繍など、眼にも止まらぬ速さで制作していく。


「余分に作っても他で使えるからね。アタシらに任せておきな」


 ニヤリと笑う桜の後ろで、ピンセットを使い、チマチマと摘まみ細工に没頭するナーヤが見えたのは気のせいだろうか。

 娘の晴れ舞台に全力投球の伯爵家。一人、千早のみが頭をかきむしっていた。


「何で皆、やる気満々なんだょうぅぅっ、ヒーロを止めてよぅっ! お父ちゃーんっ!!」


 半べそかきながら二階に上がる千早を見送り、小人さんは小さく肩を竦めた。

 一気にお祭り騒ぎになった伯爵家を見渡して、マーロウは呆然と呟く。


「なんか..... 凄いな、おまえん家」


「まあ、お祭り好きなんでね。技術大国キルファンの本気が見られるにょ」


 にっと笑う幼女。その言葉の意味を知り、マーロウが絶句するのも御愛嬌。


「キルファンの元皇女殿下ぁ?? じゃ、おまえも皇女じゃないかっ!!」


 はくはくと唇を戦慄かせるマーロウ。

 それを悪戯気に一瞥し、小人さんは首を横に振った。


「キルファン皇国は滅んだんだよ。今はキルファン王国。アタシらには関係ないよーだ」


 詭弁である。


 今現在も、キルファンは桜を本家と定めているのだから。


 でも、そんなのは関係ない小人さん。


 絶句するマーロウと、千早に呼ばれて慌ててやってきたドラゴが、さらに大騒ぎして、今日も賑やかな伯爵家。


 阿鼻叫喚の序章は、ジョルジェ伯爵家から始まり、一気にフロンティアを呑み込んでいく。


 千早が雄叫びを上げた頃、遠く離れた城下町の冒険者ギルドで、ギルマスが顔を上げたとも知らずに。


 妖しげな羊皮紙の古い本が、その手に握られているとも知らずに。


「ヤバいわ、コレ。.....どうしましょう?」


 一人、冷や汗を流すギルマスは、事態が勝手に動き始めているのを知らない。


 各々勝手に動いているのに、何故か示し合わせたかのように揃っていく大きな流れ。


 その流れに運ばれているはずの小人さんは、今日も元気に筏の上で盆踊りを踊っていた♪

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