第68話 異国の王子と小人さん いつつめ
「マーロウ王子殿下とジョルジェ伯爵令嬢、お越しです」
高らかに名前を読み上げられ、二人は滑るように広間へ入る。
マーロウは黒の上下に、青のドレスシャツ。タイとチーフは赤で、白銀の髪が良く映える優雅な出で立ちだった。
小人さんも負けてはいない。
シンプルなデコルテの薄青いドレスに、左肩から右下にかけて配された見事な花々。
大輪の山茶花を模した赤い花。重ねはオレンジの見事な花々に、揺れる垂らしはピンクと緑。
下にいくにつれ小花になり、腰の切り返しで今度は右から左にかけて花畑が広がっていた。
腰回りを絶妙に飾る花と紐細工。
ドレスの要所要所に配されたブーケのようなそれらも鮮やかな赤を基本とした花々で、ドレスの裾にはそれらの花々が立体的な刺繍で配されている。
一際眼をひくカップルに、周囲は勿論、壇上の王族らも声が出せない。
歩み寄る二人は滑らかな歩調で、恭しく頭を下げた。
「今宵はお招きにあずかり、恐悦至極。御尊顔を拝し奉る栄誉を賜りまして、ありがとうございます」
「御無沙汰いたしております、国王陛下」
マーロウの隣で、小人さんもニッコリと笑う。
長い黒髪を淡く結い上げ、ハーフアップにした髪にも大輪の山茶花。
久方ぶりに見た幼女の晴れ姿に、固唾を呑む王族達。
「いや、これは..... 美しいな、チィヒーロ。見間違えたぞ?」
「恐れ入ります」
ふくりと眼に弧を描く小人さんに、テオドールが声をかけた。
「素晴らしいドレスですね。どなたかの贈り物ですか?」
彼はチィヒーロのドレスを知っている。
王宮に用意された彼女の部屋を整える侍女らから話は聞いていたからだ。
あわよくば小人さんに贈り物をと考えていたテオドールは、物が被らないよう気にしていた。
その情報の中に、目の前のドレスはない。王宮に用意されている彼女のドレスはシンプルなモノばかりなはすだ。
となれば、残るは誰かの贈り物。あるいは伯爵家のお手製かである。
「御慧眼、恐縮です。マーロウ殿下からの贈り物にございます」
途端に、ギンっと睨めつける王家の男ども。
十一歳の子供に向けるべき眼ではない。
戦くマーロウだが、自分の手と重なる小人さんの指に勇気づけられ、シャキッと背筋を伸ばした。
「今宵の同伴を快く引き受けていただいた、感謝の気持ちにございます」
やや照れ臭げに小人さんを見るマーロウ。
それに微かな笑みを返し、二人は国王の御前を辞した。
わなわなと椅子の手摺を握り締め、ロメールに視線を流す国王が口を開く前に、ロメールは首を横に振る。
「なりません」
憮然と呟くロメール。
「だが、わしもチィヒーロに何か贈りたいぞ?」
「アレが理由もなく受け取ると思っておられますか?」
「しかしっ!」
「無駄です」
しれっと答えるロメールに、ぐぎぎっと食い下がる国王陛下。
周囲もヒソヒソと言葉を交わし合い、何やら不穏な雰囲気だ。
それを不思議そうに一瞥し、マサハド王子は弟を刮目して見た。
報告と違うではないか。まるで生まれた時から、この国にいるかのように、マーロウの所作や態度は洗練されて堂にいっている。
成績にも問題はなく、フロンティアの貴族としては及第点。さらに学べば上級貴族にも劣らないと報告が来ていた。
不味いな。計画が..........
弟とそのパートナーを藪睨みするマサハドを余所に、夜会は進み、楽団の演奏が鳴り響く。
それを合図に、国王陛下夫妻と王太子&婚約者がホールに滑り出した。
軽快なステップで踊る二組を眺めながら、小人さんは初めて見るウィルフェの婚約者に釘付けである。
あれがアリステアの御姉さんかぁ。綺麗だね。ウィルフェも国王に似て面食いなんだねぇ。
ふふっと小さく笑う幼女。それに果実水を渡し、マーロウは大きく溜め息をついた。
「助かったよ。ホント、あんなに緊張したのは初めてだ」
彼がチラリと視線を振ったのは、長衣を身に纏った長身の男性。
長袖のミンタンシャツに袖無しの豪奢なカフタン。シャルワールに合わせたロングブーツは滑らかな皮で、いかにも特権階級的な雰囲気を醸している。
カフタンに施された繊細な刺繍や宝石も眼を引き、異国情緒満載なその姿は、周りの貴族らから羨望の眼差しを集めていた。
ただ、頭のみがフェズではない。ゆるく絡めたターバンのような布を巻いている。
金糸銀糸の飾り糸がついた豪奢なモノで、鮮やかな色合いのカフタンと、良くマッチしていた。
「フェズはつけないの?」
小人さんの呟きに、マーロウは眼を見張った。
「よく知っているな。フェズは庶民の服装、略装だ。王侯貴族はターバンを使う。頭全体を隠して、神に敬意を払うんだ」
「創世神様?」
「あ~、それとは違う。土地神というか..... ドナウティルには別な神様の神話があるんだよ。ドナウティルを造った神様のな」
小人さんの胸が、どくんっと大きく鳴った。
「.....尊き御方?」
「なんだ。知ってるのか」
安堵に顔を緩めるマーロウ。
マジかぁぁぁ。
思わぬところから、ほつれた糸が見つかり、思わず天を仰ぐ小人さん。
心の中だけで小人さんが絶叫を上げていた頃。
城下町の冒険者ギルドに、三人の薬師が招かれていた。
「この本をギルドの書籍庫に置いていったのは貴殿方ね? どういう事か説明してくださる? ついでに詳細の解説もね」
にこりと微笑むマッチョなギルマス。件の薬師三人は、絶望的な顔で俯いていた。
まさか、古代文字を読める者がいるとは。
虫食いだらけの羊皮紙の本。その数冊をテーブルに広げ、ギルマスは問題の部分を指でなぞった。
「ここ。蟲毒の呪術って、クイーンの森にあった結界の罠の事よね? 他にも危ない呪術が沢山書かれているわ。しかもコレ、補足に使われてる文字、共通語じゃないわ。何処の言葉?」
ぎらりと炯眼に三人を見据えるギルマス。
彼は夢多き冒険者だった。
過去には幾つもの遺跡なども発見しており、その都度見つけた古代文字を読みたくて、独自に長く学んできていたのだ。
今回は、幸か不幸か、それが役にたった。
千早のために文献を改めていたギルマスの眼に、覚えのない数冊の文献が入り、確認したところ、とんでもない内容の本だったのである。
急遽出所を追及した結果、この三人が持ち込んだモノだと判明した。
ギルマスは三人の対向かいに座り、ニタリと獰猛に口角を歪める。
「じっくり御話ししましょう? 時間は、たーっぷりあるから」
ぞぞぞっと背筋を震わせ、怯える三人の絶叫が、一晩中冒険者ギルドに谺した。
各々の思惑を胸にすすむ夜。その一幕の夜会が幕を下ろそうとした時。事は起きた。
「きゃーっ!!」
大音響をたてて広間に入ってきたのは大勢の兵士達。
マサハド王子の護衛を勤める部隊が、突然武器を手に押し入ってきた。
「何事かっ?!」
驚くフロンティア国王を無視して、兵士らは一直線にマーロウを狙う。
マーロウを狙うという事は、傍にいる小人さんが危険という事だ。
瞬時に多くの魔法が放たれ、飛び交い、踏み込んできた大勢の兵士は、あっという間に無力化された。
「な.....っ?!」
何が起きたのかも分からないのだろう。殆どの兵士が絶句し、微動だにならぬ己の身体を見渡している。
脚をガッチリ捉える岩。身体を拘束する水の縄。武器を五寸刻みに砕いた風の刃。
そして周囲を徘徊する焔の蛇。
チロチロと赤い舌をチラつかせて兵士達を炙り撫でていく。
「何事かっ? ここはフロンティア王宮だぞ? 事としだいによっては、お前らの命はないぞっ?!」
小人さんを背中に庇い、焔の蛇を操るマーロウ。
おお、咄嗟でも、ここまで操れるか。大した進歩だにょ。
その姿に、マサハド王子も絶句した。まるでお伽噺の中の魔術師のようだ。
しかし、今はソレどころではない。
彼は眼をすがめ、護衛兵士らを一喝した。
「お前ら、何をやっているのだっ!! 誰がこのような暴挙を命令したっ?!」
怒鳴り付ける第二王子を嘲るかのように見つめ、兵士達は吐き捨てる。
「我等は正しく王家に仕える者です。逆賊に仕える義理はない」
「なんだと.....?」
驚愕に眼を見開くマサハド王子。それをチラリと一瞥し、小人さんはロメールを見る、
その小人さんに小さく頷き、ロメールは軽く右手を上げた。
すると拘束されていた兵士ら全てが床に呑み込まれる。
「取り敢えず地下に収監します。御話は後程」
にっと口角を上げるロメール。何事も無かったのように続けられる夜会。
騎士達にも動揺はなく、厳かに壁際で警備を続ける。
何が起きたのか。
絶句するドナウティルの王子二人を余所に、フロンティア王宮は平常運行で進んでいく。
「魔法国家とは知っていたけど..... 凄すぎね?」
唖然と呟くマーロウに、思わず苦笑する小人さん。
こういった非常時の訓練を騎士団に組み込んだのも彼女である。
魔法の効率的な使い方を考案し、即座に相手を無効化して鎮圧、収監する方法。
何度もロメールやハロルドと打合せをして、月に一度の非常訓練を行い、まるで流れ作業の如く行えるまでに騎士らを鍛え上げた。
王宮地下には元々牢獄があったが、そこへ転移出来るよう広間の床には魔法陣が描かれている。
ダビデの塔のような本格的なモノではないが、長年の研究で、数メートルならば移動可能な転移陣の開発にロメールは成功していた。
べらぼうに魔力を食うので、王族以外には使えないが。
今回、初の御披露目、中々に見事な手際である。
茫然自失なマサハド王子をロメールが休憩室へ案内して行くのを見送り、小人さんは複雑な顔で首を傾げた。
何が起きたのかは分からないけど、ただならぬ事態であるのは分かる。
招き入れた兵士がいきなり襲ってきたのだから。連れてきたマサハド王子もタダでは済まない。
ドナウティルとも、どうなってしまうのか。
マーロウを心配げに眺めながら、夜会は終わり、小人さんも王宮に滞在して、話を見届ける事になった。
誰も知らないところで蠢く何かの存在を知らぬまま、事態は徐々に昏く深く沼っていく。
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